第14話




 搭乗口はフランクラッド王国へと向かう人々でごったがえしていた。僕らもまた彼らの列に並び、搭乗の受付へと進んでいく。


「チケット確認致しますね」


 搭乗口の前で陸上スタッフによってチケットの確認がされ、確認済みの判子が押された者から乗り込んでいく。そうして列が進んでいき、僕らの番になったときだった。


「おっと、待ち給え」


 ニニィの手が、セレスのチケットを確認しようとした陸上スタッフの腕をがしりと掴んだ。何事かとはっとして彼女の顔を見ると、彼女は眼光鋭く陸上スタッフの男を睨みつけている。


「あの、お客様……? このような事をされると業務に支障が出てしまうのですが」

「キミ、冗談は止し給えよ。本物のスタッフは何処へやった?」

「本物? いえ、私が本人ですが。お客様とはいえ、あまり失礼な事をなさるのであれば係りの者を呼びますよ」

「いいや、今キミはこの子のチケットじゃなく、この子自身を掴もうとした。昨日、宿に連中を送りつけてきたのはお前たちだな?」


 にこりと、業務的な笑顔をとどめたまま、スタッフの男の動きが固まる。何者かにセレスが狙われているのだと、そう気が付いた時には遅かった。


「ぬ、ぐぅっ!?」

『がぁっ!』


 突如として飛来したナイフに僕の身体は貫かれ、セレスの肩の上から吹き飛ばされる。同時に、背後から突き刺さった刀がニニィの胸の真ん中を貫いて、真っ赤な血を散らしていた。


「おねえちゃ!かみさま!」


「飛空艇の中でやる予定だったが、バレたなら仕方ない。巫女は頂いていくぞ」


 スタッフの男は突如として凶暴な笑みを浮かべ、セレスの腕を掴んで後ずさった。彼を拘束していたニニィの腕も、背後から刀に突き刺された衝撃で外れてしまっていた。


 突然の男の凶行に、飛空艇に乗るために集まっていた人々は恐慌状態になりながら散り散りに逃げてゆく。


「わ、たし、が……不覚を取るとは、ね。貴様ら、何者だ」


 がくりとその場に膝をつくニニィ。

 僕もナイフに急所をやられたようで、彼女を助けたいのに立ち上がることが出来ない。


 ふと、男の身体に霧がかかったようになり、陸上スタッフの格好をしていた彼の姿は長いローブを身に纏った魔導師の姿へと変化していた。髪の隙間から覗く耳の形から察するに、おそらくは森人族エルフ


、か。流石に我々が単独では無い事には気がついていたか」

「だが、衰えたなニニィ・エレオノーラ。俺の知っていたニニィ・エレオノーラは冷酷で命の重さなど知らぬ人だった。だが、戦士ニニィは死んでいたらしい。……残念だ」


 誰もいなかったはずの空間から、黒装束の男がもう一人現れた。身体のラインがよく見える服で、かなり筋肉質な体つきをしている。格好としては忍びの者に近い印象を受けた。こちらは尻尾と獣のような耳が生えていることから、どうやらこちらは獣人族スロゥプのようである。

 その手には先程僕に飛んできたものと同じナイフが握られており、腰には短めの刀が一本と空になった鞘がさげられていた。


「いずれお前も知ることになるだろうから、教えておこう。我々は【アイオーン】だ。そして私はアイオーンが【右頭】アルヴィ・ニグ・アリステラ」

「……【龍尾】テオ・サラメーヤ」


「なぜ、亜人がその子を狙う……聖堂騎士団のように、殺すつもりでも、無いのだろう」


「そこまで話す義理は無い。だが、あと数日もすれば貴女も理解するはずだ。我々の行いが正しかったと」


 エルフの魔導師の男はそう言うと、セレスと共にその場から姿を消した。おそらくは瞬間移動の魔法。最初に变化魔法を使っていたことや、今瞬間移動の魔法も使ったと言うことから相当の使い手だったことが伺い知れた。


『なっ……セレ、ス!』

「無理を、するな、セシル!瞬間移動ジャンプの魔法は、それほど遠くにはゆけない上に、連続使用も、でき、ない!」


 ずるりと自分の胸を貫いていた刀を引き抜き、口から鮮血を吐きながらニニィは立ち上がる。彼女が血まみれになった胸をひと撫ですれば、既に傷は無くなっていた。

 一人だけ残っていたスロゥプの忍者は、それを見て静かに刀を構えた。


「毒を塗っていたのだが、もう立ち上がるか」

「セシル、すぐに治してやる。だからそれまで耐えていてくれ」


 彼女の姿が掻き消える。

 次の瞬間、男の背後に回っていたニニィが自分に刺さっていた刀で彼を斬りつけ、咄嗟に刀で防御した男との間に火花を散らしていた。


のもお前だろう。今度こそ殺してやる」

「……その顔だニニィ・エレオノーラ。本気のお前と戦いたいと、ずっと思っていた」


 テオの目がすっと細められる。


 戦いの火蓋が切られたその瞬間、僕の思考と精神は深い闇の中へと落ちていった。











「あとは任せましたよ、サラメーヤ殿」

「はなして!いたい!」


 アルヴィの腕の中で、セレスはじたばたともがく。ニニィから離れてしまった事でかけられていた幻影の魔法は解け、スロゥプの特徴である獣のような尻尾と耳が完全に見える状態になってしまっていた。

 だが、それで騒ぎにならないのは、既にアルヴィが街を離れて森の中に入ってきているからであった。北の国イヴリースへとマギステア聖国の国境に沿って続いているアルバータ大森林。危険な魔物も潜んでおり命の危険もあるこの森だが、誰にも気づかれることなく国境を抜けるのであれば格好の通り道でもある。


 だが、今日ばかりはそうは問屋が卸さないようだった。


 突如として、アルヴィの足が止まる。


「はいはいストップ。そこまでだよ」


 アルヴィの行く手に、一人の騎士が立っていた。

 彼の髪の色と同じ、純銀の鎧に身を包んだ男性の騎士だ。彼の羽織っているマントには羽を象った紋章が刺繍されていた。


「第六聖天ボリス・ディアント……!」

「怪しい動きを見つけたから追ってみれば、大当たりだね。その獣人族の女の子を拐って、何をしようとしているのかな?」

「お前はここで殺す」

「あらら、会話にならないなぁ……まあ良いけどね」


 そう言うとボリスは細身の直剣を抜き放ち、その刀身に光属性と炎属性の2属性のオーラを纏わせた。対するアルヴィも、セレスを魔法によって創り出した木の檻に閉じ込めると杖をその手に召喚し、自身の周囲に結界を張り巡らせる。


「第六聖天、羽のボリス・ディアント、参る!」


 先に動いたのはボリス。降り積もった雪を吹き飛ばし、真っ直ぐに突き出した剣でアルヴィの結界を破壊した。だが、割れた結界の破片はそのまま消えることはなく、無数の刃となってボリスへと降り注ぐ。


「死ねい!ボリス!」

「流石にやるな、元ヒヒイロカネ等級冒険者というだけはある!」


 だが、ボリスは一歩も引かない。降り注ぐ刃をものともせず、その剣一つで全ての刃を切り落としてみせた。

 ボリス・ディアントを六大聖天の一人たらしめているのが、この恐ろしく速く正確な剣戟だ。力や魔法で他に劣っても、この速さがあらゆる暴力の全てを捻じ伏せる。


「ええい化け物め!」

「私なぞ、本物の化け物の足元にすら及ばないぞ?」

「目立つ動きは避けたかったが、背に腹は代えられん!【貫く流星の雨ステラ・テウルギア】!」


 二人の頭上に何百もの光の槍が生成され、その切っ先全てがボリスに狙いを定めた。本来はこのように一人を相手にする魔法では無く、広範囲を攻撃する為の魔法だったが、アルヴィはそうでもしなければこの男を倒すことはできないと踏んだのだ。



「こわいよ……たすけて、ににぃおねえちゃん」


 木の檻の中で、セレスは涙を流す。

 恐怖で胸が潰れそうになりながら、自分を助けてくれた二人の名前を呟いた。


「たすけて……せしるおにいちゃん」


 


――瞬間、遠くで光が弾けた


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