第13話



◆◆◆◆◆



「ま、おう、かじ………は、え、いゆう、せし……るに? た、おされ――」


 難しい顔をしながらセレスはニニィから貰った小説を読んでいる。

 次の日、すぐに出発しようということになった僕たちは、陸路での国外脱出を予定しているラバルト達と別れ、オラクルの飛空艇港を訪れていた。


 飛空艇港はどんなものかと思っていたが、存外に建物はかなり大きかった。チケットの販売所から搭乗の受付までのフロアもかなりの広さがあり、利用客でごったがえしていた。中でも意外だったのは、飛空艇港の建物内に飲食品や本、雑貨などの店が並んでいた事である。いかにも中世風ファンタジーなこの世界でそんな光景を見ようとは露とも思っておらず、見た目以上に魔法の力で文化が発展しているのだなと実感させられた。流石にサービスの内容やセキュリティ云々については記憶の中にあるあの世界と比べて劣っている点は見られたが、ほとんど空港と遜色無いのではないだろうか。


 そんなわけで、フランクラッド王国にゆく飛空艇を待って、僕らは飛空艇港の休憩スペースで休んでいた。

 ニニィは近くの店で購入してきたコーヒーを飲みながらケーキを食べており、僕はニニィから貰った魔道具から魔法の本を読んで勉強、そしてセレスはニニィから貰った小説を読んでいる。


「变化魔法、あと少しで行けそうなんだけどなあ」


 この魔物の姿のせいで、何度かトラブルなどの原因になった。そろそろ人の姿になれると旅をするにも楽になって良いのだが、ニニィが以前言っていた通りに難易度が異常に高い。

 属性魔法を正しく使うことも難しいとは言っていたが、正直1個覚えれば他も同様に進められる為にさほど苦労することは無いというのが個人的な感想だ。属性ごとの得手不得手が個々人で存在するとも言っていたが、そちらも同様で自分はあまり差を感じていない。稀に全属性に対して適正を持っている人がいると聞いたが、自分はそれなのかもしれない。


「ニニィおねえちゃん、これ、ちがう、よ?」

「うん? どれが違うのかい?」


 ふと、難しい顔をしながら小説を読んでいたセレスが顔を上げた。ニニィに向けて手招きをして読んだ彼女は、ページを開いてニニィに見せた。

 小説の題名は『英雄セシルの冒険』。僕の名前の元になった、この世界の英雄の名前だ。魔王による侵攻により滅びかけていた人類の前に突如として現れた英雄セシルが、人類の英雄たちと共に魔王を討ち倒すまでの話らしい。何というか、ピンチにちょうど良くセシルのようなヒーローか現れるあたり随分と都合の良い話だと思ったものだ。

 セレスが開いて見せていたのは、その英雄譚の中でセシルが邪なる龍神アイオーンと戦った時の話。セレスが『かみさま』と呼んでいたものは、おそらくこの龍神アイオーンのことだろう。


「これ、かみさま、いのちすった、まちこわした、ちがう」

「つまり、どういう事かな」

「かみさま、ゆうしゃ、たたかった、あってる。けど、かみさま、いのち、すわない。かみさま、みずのちから。もやして、とかして、かえす」

「………は?」

「かみさま、みずのりゅう。けど、ほのおつかう、とくべつ。ぜんぶもやす、ぜんぶこおる、ぜんぶきえて、なくなる」

「……どこで、そんな話を聞いたんだ」

「かみさま、ところ」


 ニニィは何か考えこんでいる様子で自らの頬をさすり、そしてこちらを見た。


「つまり……セシルが水竜でありながら炎魔法を使えたから、『かみさま』だと思ったのか?」


 ニニィの顔を、冷や汗が伝っていく。

 まさか、生きていくために教えた筈の魔法がかえってややこしい状況を作り出していたとは思わなかったのだろう。


「私が、キミに魔法を教えたから、キミが聖堂騎士団に目を付けられることになったと、そういう事だったのか? だが、龍神アイオーンについて、炎を操る水竜なんて記述はどこにも……ただ、あらゆる命に滅びを与える神としか。それに、もしや怒れる龍神とアイオーンが同じなら、魔王の正体は森人族なのか……いや、だが、セレス達は獣人族で……」

『ニニィは悪くないよ。こんなの、偶然だ。炎魔法は魔法を学ぶ上で特に基本になるものの一つって、この本にもあった。だからニニィは僕にこれを教えたんでしょ?』

「いや、そうだ、その通り、だが……」


 これほどまでに動揺した様子の彼女を見るのは初めてだ。普段の余裕は何処へやら、見た目相応の少女のような不安そうな様子を隠す事も出来なくなっている。


「だがセレスも別の何者かに狙われていて、くそ、なんでここで龍神アイオーンが出てくるんだ?なぜそいつらはセレスのみを狙ったんだ?今何が起きている……」

『に、ニニィ?一旦落ち着いたほうが……』

「あ……あぁ、そう、だな。すまないなセシル、ああ、なんだかキミの声を聞くと落ち着くよ」


 彼女は一度コーヒーに口をつけ、ほっと一息ついて心を落ち着かせる。彼女は手の甲で冷や汗を拭うと、僕と再び視線をあわせた。


「いったん、状況を整理したいんだが、協力してくれるか?」

『もちろん。でも、ニニィはその龍神アイオーンの特徴について何も知らなかったの?』

「いいや、知っていたさ。本に書いてある内容であれば、な。龍神アイオーンは命を奪い取る力を持つ邪龍として描かれている。だから、性質としてはアンデッドに近い魔物だと思っていたんだ。絵の題材として扱われる時も、屍の姿をした龍として描かれている事が多い。だが、まさか龍神アイオーンが海龍で、炎を使う魔物だったとは。あまりにもイメージから遠すぎる」


 ニニィ曰く、英雄セシルが戦った龍神アイオーンとは、命を奪い取る能力を持った巨龍であったという。それは各国どの書籍によってもその通りであり、挿絵などでその姿が描かれる際は、その能力からアンデッドだとされて屍の姿をした龍として描かれることが多かったそうだ。現に、今セレスが開いて見せているページに描かれている挿絵の龍神アイオーンも、身体の大部分が骨で構成された巨大なドラゴンの姿となっている。

 だが、実のところ龍神アイオーンとは大きな海龍であったことが判明し、しかもその特徴が炎魔法を使うことであると私の特徴と完全に一致してしまったのである。


「つまり、セレスの故郷の者たちが何かを知っていて、龍神アイオーンの復活を恐れて聖堂騎士団が動いている……? いや、だがセレスを拐いに来た連中はどこのどいつだ。セシルの話なら、目的はセレスの身柄だけだったはず。つまり別の連中で……」

『ニニィ、僕は大丈夫だから。それよりセレスが』


 この頃に起きたこと。

 聖堂騎士団が僕とセレスを前にして、僕を優先的に殺そうとした事。グリセントファミリーの動きが活発になっている事。何者かがニニィを僕とセレスから引き離すように画策していた事と、それにグリセントファミリーが関わっているらしき事。そして、セレスを狙う別の組織の影。

 険しい顔付きになり、情報をまとめながら思考に耽っていた彼女に、僕はセレスの方をちらりと見て慌てて彼女に話しかけた。


「せれす、じゃま……?」

「セレス!いいや……邪魔じゃないよ。本当だ」


 ニニィは不安そうな表情のセレスを抱き上げると、自身の膝に乗せてぎゅっと抱き締めた。


「ただ、私は心配なのさ。私が君たちをちゃんと守れるのかと、心配になってね」

「ににい、おねえちゃん……」

「私も弱くなったかな。こんな事を考えたことなんて無かったんだけどねえ」


 ニニィの視線がこちらにも向く。

 その優しげな視線を見て、はっとした。


 僕が出会ったばかりの頃の彼女はもういない。人間離れした、人の身体に怪物を閉じ込めていたような彼女はもうそこにはおらず、優しい心をした女性がいるだけだった。


「いつか、キミは私の前から居なくなる。故郷に帰ったキミは、キミの家族とまた生きていく。最初から決まっていた事だけど、寂しくなるね」

『うん……僕も寂しいよ。けど、それと同じように妹の存在も大切なんだ』

「そっかあ……そうだよねえ。思っていた以上に、私はキミとの旅を楽しんでいたらしいな。心の奥で、もうキミとの別れを惜しんでいる私がいるんだ」

『………ニニィも、僕の故郷についたら、一緒に暮らさない? 僕を飼ってくれていた家族とは無理だけど、同じ村でなら』

「今さら、私が居付けるような場所なんてないさ。だけど、出来るならそうしてみたいものだね」


 セレスの頭を彼女の手が優しく撫でる。

 嬉しそうにセレスの目が細められ、彼女の頬がほんのりとピンク色に染まった。


 僕も、妹に再会できたら沢山彼女のことを可愛がろう。

 たった一人の血のつながった家族。もしランドが許してくれるのであれば、今度は妹も連れて広い世界を旅したい。ただのイノリでは知ることが無かった綺麗なものを、喜びを、厳しい自然を共に生き抜いてきた彼女に教えてあげたい。

 いつか、妹と共に平和な暮らしを手に入れて旅をする時、快適な旅が出来るように僕が人に化けられるようになっているとなお良い。

 ニニィとセレスの事も紹介して、できたらラバルトのような人間の友達も紹介したりして。せっかく自分がそれを出来る力を持って産まれたのだから、彼女には幸せに生きていてほしい。



――フランクラッド王国レインツィア行き便、12番搭乗口から搭乗開始致します。搭乗するお客様は○○時までに〜〜



『ニニィ、時間だ』

「うん、そうだねえ。私達も行こうか」


 ニニィは残りのコーヒーを一気に喉へと流し込むと、セレスを膝からおろして立たせ、荷物を背負う。僕はセレスの肩につかまり、そして一匹と二人で放送のあった搭乗口へと向かった。



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