第11話
『ぼく、が?』
「おや、責任重大だねぇ」
僕を抱き上げた彼女の目をじっと見つめる。
少女は僕を抱き上げながら嬉しそうに笑っていた。
『ほんとに、僕でいいの?』
「うん!かみさまがいい!」
『ほんとに、いいんだね』
満面の笑みを浮かべながら頷いた彼女を見て、必ず彼女の期待に応えなければと気合が入る。
彼女に似合う名前とは何だろうか。
目に映るのは、ふさふさと揺れる彼女の尻尾と、ぴくぴくと動く小さな狐耳。金糸のような綺麗な金色の髪に、真ん丸な瞳。
今は可愛らしい少女だけれど、いつか美しい大人の女性へと成長していくだろう彼女。
大人になったとき、胸を張って名乗ることが出来る、素敵な名前にしてあげたい。
『ニニィの養子になるから、苗字はエレオノーラ……』
「そうだねえ、よぉく考え給えよ」
『ニニィだったら、どうする?』
「私?私だったらねぇ」
彼女はコテンと首を傾げて少し考え込むと、ピンと人差し指を立てて言った。
「『ゴールデン・エレオノーラ』……」
『……えぇ』
「じょ、冗談だぞ!? 流石に私でもそんな名前は……なまえ、は。ま、まあキミが考えてくれ給え」
『うん、考えるよ』
参考にしようと彼女に聞いたのが間違いだったかもしれない。ネーミングセンスが壊滅的とかいうレベルの話ではない。冗談でも、こんなダダ滑りする名前を付けられる人は中々いないだろう。
頭をぶんぶんと振って余計な思考を揺り落とし、少女へと視線を戻す。そして、将来、成長した彼女の姿を思い浮かべてみた。
『……………「セレス」。セレスは、どうだろう』
「セレス・エレオノーラ。いいんじゃないか? なかなかに悪くない響きだねえ。何か、名前のモデルでもあるのかい?」
『僕の世界にそういう名前の神様がいたんだ。豊穣の神様って。この子の将来の姿を想像したら、大自然の中で笑ってる姿が浮かんだから。ぴったりかなって』
「せれす……せれす!」
少女はぎゅうと僕の身体を抱き締めて、満面の笑みを浮かべた。名前も貰えたことがよほど嬉しかったらしい。僕のことを抱き締めたり、くるくるまわりながら振り回したりとせわしない。
『あわわわわわ』
「ありがとう、かみさま!だいすき!」
『どう、いたし、まひっ』
「ンフフ♪楽しそうだねえ」
はしゃぐ彼女と振り回される僕。
ニニィはそんな僕らを見て、幸せそうにニコニコと笑っていた。
◆◆◆◆◆
「第四聖天オルキス・トラヴァース、現着した」
「オルキス様、よくぞここまでお越し下さいました」
雪の降る森の中。
身の丈190はあるだろう黒髪の男が、銀髪の美女と向かい合って立っていた。男は黒い鎧でその身を固め、羽織ったマントには牙を象った紋章が刺繍されている。
野営を張って待機していた聖堂騎士団達のもとに、第四聖天オルキス・トラヴァースはやってきた。マギステアでも北端に近いこの地域に、件の水竜とニニィ・エレオノーラが来ているとの噂を聞きつけて調査に来たのだ。
シェアト教皇からは第8隊と合流するようにと指示を受けていた事もあり、森で野営をしていた彼等の元をオルキスは訪れた。
「セレシア第8隊長。早速だが、これを渡しておこう」
「これは、『奇跡』、ですか……」
「シェアト聖下によれば、私にニニィ・エレオノーラを抑えさせ、その間に『奇跡』を使用した騎士によって水竜を討伐せよの事だ。『奇跡』を使わずに倒せるのであればそれが一番だが、邪なる龍神とは一筋縄でゆく相手ではない。追い詰められる度に急成長を起こす性質を持つ相手に、『奇跡』の使用は必須と言わざるを得ないのが私の本音だ」
セレシアの手の中で、虹色に煌めく宝石が埋め込まれたブローチがきらりと光を反射させる。
このブローチこそが『奇跡』とよばれているものの正体。ある程度強い身体を持っている者でなければ使用することはかなわず、使用できても
「奇跡などとは、程遠い力です」
「使えばひとときのみ神の如き力を手に入れられる。だが、使えばその命は失われる。セレシア殿、貴女も邪なる龍神と聖なる獣の伝説はご存知でしょう」
「ええ。世界を滅ぼそうとした龍神アイオーンが、英雄セシルと聖なる獣マアトによって倒されるお伽噺ですね。かの英雄セシルの冒険譚の一つでもありますから、知っている人も多いかと」
「そう、途方も無いほど昔、神代の伝説。良いですか、その神代の怪物が現代に蘇ろうとしているのです。『奇跡』を使うことに、躊躇いなどあってはいけませんよ」
「オルキス殿……」
オルキスはそう言うと、深い森の方へと視線を向けた。
雪の降る森は真っ白く染まっていたが、よく見ていると所々で赤い発光が明滅しているのが見える。
二人は野営地から森へと向けて歩き出す。
「さて、今は何を?」
「マギステア国内に侵入した
「逃走からどれぐらい経過した?」
「発見してからは半日ほど。見た目の様子から、おそらく一週間は経過しているものかと」
「一週間か……まずいな。追わせている部隊は?」
「全員、
「それならば、結構だ。私も戦いに参加しよう。場合によっては隊に大打撃を与えられかねんからな」
「ご助力、感謝いたします」
「気にするな、これも命令に含まれる事だ。では、また後で会おう」
「ご武運をお祈りしております」
セレシアがその場で敬礼をし、オルキスは振り返りながら軽く敬礼をして森へと入ってゆく。
昼間だというのに薄暗い森の中で、彼の鎧だけがオブシディアンのような重厚な輝きを放っていた。
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