第10話
◆◆◆◆◆
部屋に押し入ってきて、獣人族の少女をさらっていこうとした賊を討伐してから数時間後。
予定よりも早く帰ってきたニニィによって、僕と少女はラバルト達の仲間がいるという場所に移動していた。
「こっちです、ニニィさん」
ニニィが連れてきた冒険者の男に連れられて、オラクルの街にある大きな宿屋へとやってきた僕らはとある一室の前に来た。
いくつもの部屋がつながっている、大きな客室だ。ラバルトの仲間たちは、守りを固めるために一つの場所にまとまっておくのが良いと考え、この大きな部屋を借りていたらしい。
「お、来たか嬢ちゃん!」
部屋に入ると、大部屋で待機していたラバルトが此方に駆け寄ってきた。軽く挨拶を済まし、話は一連の騒動についてに移る。
「ラバルト。全く、こっちも奴らの仕業だったよ」
「こっちも、って、何で奴らが……目的が見えねえなあ」
「まあ、この子について調べたいこともある。獣人族の文化については詳しい者もいるだろう。少し聞いていっても良いかな」
ニニィがそう聞くと彼は深く頷いた。だが、ニニィにかかえられている少女を見て少し困ったように眉間にしわを寄せる。
「勿論だぜ。その子のためになるってんなら皆協力してくれるさ。あー、あと、その子は嬢ちゃんが連れてくつもりって事で良いのか?」
「ああ。ろくな目にあっていなかったのか、よほど故郷には帰りたくないらしい。だから私が引き取って育てようかと思ってね。なあセシル、キミも手伝ってくれるだろう」
『え、ああ。引き取るのは初耳だけど、僕は構わないよ。でも、そんなに入れ込んで良かったの?』
「今回だけさ」
ニニィの瞳が薄く閉じられ、色っぽい笑みが僕の心を突き刺す。ニニィがたまにするこの笑顔、好きだけど、ちょっと苦手だ。いつまでも眺めていたいけれど、心の内を見透かされているような感じもする。
「え、何……嬢ちゃん、そういう感じなのか?」
「ンフフフ、どうだろうねぇ」
「冗談、だよな?」
目をまんまるにした彼が僕へと視線を向けてくる。
残念ながら彼が邪推したような事は無い。でも、僕が一方的にニニィに惚れているのは、たぶん、ある。
だから、僕は彼に何もわからないという風に首を傾げてみせた。
彼はそんな僕とニニィを見比べて、苦笑いしていた。
「それっぽいものは聞いたこと、ありますよ。同じ場所かはわからないですけど」
ラバルト達の仲間の間で少女の故郷についての聞き込みを初めてからしばらく。ラバルト達が救出した獣人族の中から一人、それらしきものを知っているという者が現れた。
「本当か。それならその話を教えてくれないか」
「ええ、いいですよ」
その獣人族はニニィが今日、救出してきた女性の1人で、名を『ソラスティア・ユーグル』と言った。
出身は北の国『イヴリース』で、森人族と獣人族の2つの人種が混在する村に居たという。だが、村が『フロストベア』の群れの襲撃を受け、追撃を逃れるように移動してきてマギステアに来てしまったそうだ。
共に行動していた森人族とは途中ではぐれてしまい、そちらの安否は未だつかめていないという。
話は、そんな彼女が昔に祖母から聞いた話だった。
「昔から、マギステアの地に私達『亜人』と呼ばれている人種は近付いてはならないと言われていました。それはマギステアの亜人排斥だけでなく、とてつもなく恐ろしいことが起きると言われていたからなんです」
「恐ろしい事?」
「恐ろしい事の内容まではわかりません。祖母に聞いても教えてはくれませんでしたから。ですが、そのマギステアの土地に唯一『亜人』が集まって集落を築いている土地があると言っていたのです」
彼女のその話に、ニニィが訝しげな表情をする。
確かに、マギステア国内に亜人の集落があるだなんて眉唾も良いところだ。あれだけ聖堂騎士団が亜人の動向を嗅ぎ回っているというのに、一つの地に定着しているだなどというのは有り得ない。
「おかしな話でしょう。私達にとってこれほど恐ろしい土地は無いでしょうに。ですが、もしもその話が本当だとして、外部の文化から隔絶された土地だとしたら、この子の境遇も考えられる可能性は出てきます」
「周囲から隔絶された土地、ね。私もいろいろな所をまわってきたが、そんな土地は見たこともないな。あるとすれば、よほど巧妙な隠され方をしているのか、それこそ古代の魔法でも使われていて誰も気付けないかってところだねえ」
「古代の魔法、ですか。あっ、そういえば、もう一つ祖母に聞いたものがありました。『怒れる龍神と、大いなる聖獣』の伝説は知っていますか?」
「話だけならね。気の遠くなるような昔にあったっていう、森人族と基人族の争いだろう? まさか、この子がそれに関係していると?」
「無くは、ないと思います。私達獣人族としては異常なほど多い魔力量、謎の多い出身地、それに……」
彼女の視線が此方に向けられる。
その目からは、若干の畏れのようなものが感じられた。
どこから伝わったのか知らないが、僕が様々な魔法を使うことを聞いていたのだろう。
「その子が言っていた『かみさま』とは、この水竜の事なのでしょう。水竜イリノアは、本来竜としてはとても弱い種族だと聞きました。ですが、この水竜はギャング数人を相手に、全てあっさりと倒してしまった。明らかに、異常です」
「こいつには私が戦い方を教えた。例え戦い慣れしている奴でも、そこそこの腕ぐらいなら簡単に倒せるさ」
「でも、もしもそうだとしたら……」
「例えそうだとしても、こいつは必ず私達の味方で居てくれる。そういう性格をしているからね。疑うのならこいつと話してみるといい。こいつはな、魔力を介せば会話が出来るぞ」
「え、遠慮しておきます……」
彼女はニニィの誘いを苦笑いしながら断った。まあ、明らかに人でないものが、急に人間の言葉を話し始めて知能まで人間並みだなんてなったら誰だって怖いだろう。
この姿で人と話すなんて、僕はほとんど諦めていたのだ。だから、ニニィやラバルト、獣人族の少女の三人と会話出来ているだけで満足だ。
ソラスティアさんの話を聞き終えて、僕らはこれからの行動についての話し合いを始めた。
その結果、獣人族の少女の故郷については、十中八九厄ネタに違いないだろうと言うことで捜索はしないことにし、当面の間は予定通り僕の故郷の村を探して旅をする事になった。
そして、
「キミもいつまでも名前が無いと困るからねえ」
「……!なまえ!」
獣人族の少女に名前を付けることになった。
冒険者のチームとも話し合った結果、彼女はこちらで預かること、というか、ニニィの養子にすると言うことが決定したからだ。
今までは少女と呼んでいるだけだったが、共に生活をしていくのなら名前があるに越したことは無いだろう。
「キミはどんな名前がいいか、希望はあるかな?」
「きぼう……?」
少女は小さな耳をぴくぴくと動かしながらひとしきり考え込むと、ニニィの隣りに座っていた僕をひょいっと抱き上げた。
「かみさまに、なまえつけてもらう!」
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