第9話




 救出した三人をレジィ達に預け、私はセシルと獣人族の少女が居る宿の部屋へと急いだ。

 本当は傭兵として雇われている仕事中なのだが、緊急性が高いことと、この件が先程全滅させたギャング共の構成員が関係している可能性がある事から、レジィに仕事の一環として事の顛末を確認して伝えてほしいと言われてあの場所をあとにした。


「それで、キミなら部屋を襲った奴らが誰だかわかる、と」

「全てわかるわけじゃないですが、しばらく監視もしていたので、大体の構成員の顔は把握しています」


 一応、こちらにも彼等の仲間の一人がつけられた。

 グリセントファミリーの動きを監視していた冒険者の一人だ。普段は金等級の冒険者で集まったパーティーで活動をしており、そこで斥候を担っているという。

 確かに金等級以上の冒険者であれば、斥候の仕事もかなり信頼できる。冒険者の等級なぞ、竜鉄等級以上にもなると昇級の判断材料がほぼ戦闘力のみになる為、斥候の質だけを考えれば金が最高と言っても良い。


「なら、助かるよ。今私の周りで何が起きているのか、全て把握しておきたいからね」

「一応腕利きで通ってますけど、期待しすぎないで下さいね」

「いいや、期待しておくよ」

「…………やっぱなんか怖いな、この人」


 何かボソボソと言っているが、何も聞かなかった事にしておこう。




「あっ、来ました。ニニィさん!」


 冒険者酒場に到着すると、既に建物の外まで人が集まっており騒がしくなっていた。外は寒いというのに、件の武装集団とやらのせいで野次馬が集まってきてしまっているらしい。

 一応建物の玄関に出ていた受付嬢がこちらの姿をみつけて手を招いている。


「通してくれ、まったく傍迷惑な」


 野次馬を掻き分けて建物の中に入り、受付嬢に案内されて部屋の場所へと行くと、廊下には血のシミが出来ており、扉のあったぶぶんは大きな氷の壁で塞がれていた。


 血はともかく、誰がこの氷の壁を作ったのか予想はつくが、彼もこの短期間で随分と強くなったものだ。


「セシル、私だ。この氷を溶かしてくれないか」

『その声は、ニニィ! ちょっと待ってて。うわ、これどうしようかな』


 数秒もすれば、じわじわと氷の壁が溶け始めた。

 薄くなってきた氷の向こうにすっかれ荒れた部屋が見える。


「派手にやったねえ」

「え、人? 死んで……うわぁ」


 氷が溶け切ると、中がどうなっていたのかよく見えるようになった。

 そこらじゅうの壁や床に賊がやったものと思われる傷が残り、部屋のすみに氷漬けになった死体が集められている。同じように、彼等が持っていたと思われる武器もまとめて置かれていた。


 そんな部屋の中で、セシルはベッドの上で縮こまっている少女の隣で丸まっている。

 少女は賊の襲撃を受けてすっかり怯えてしまっているようだったが、隣で丸まっているセシルを触ることでいくらか落ち着いているようだった。


「これ、キミがやったのかい?」

『うん。この子を狙ってやってきたみたいで。他の人も殺されたりしたみたいだったから』

「ふぅん。迷いが無くなったのは良いことだね」


「え、なに……話して、る?」


「この子は賢いんだよ。話せばちゃんとわかってくれる」


「え、えぇ……んな馬鹿な」


「さて、キミにも頼むよ。こいつらが何者なのかちゃあんと把握しておかなきゃならないからねえ」


 そう斥候の彼に頼むと、こちらの様子を気にしながらも粛々と作業を始めた。

 氷漬けになった賊の遺体を丁寧に動かし、衣服や持ち物の特徴、顔、生前の大体の能力などを探っていく。


「……あ、これ」

「うん? どうしたのかな」

「あー、いや、ちょっと見つけたくなかったものというか、これで大体断定できるって言うか」

「ハッキリしたまえよ。結局、こいつらは何なんだ」


 彼は氷漬けになった男の1人のポケットから、あるものを取り出した。

 それは小さな懐中時計のようで、蓋の表面にはいにしえの大鷲の怪物『フレズヴェルグ』をかたどった紋章が描かれている。


「これ、グリセントファミリーの幹部クラスの構成員に与えられるものなんですよ。結構あっさり殺しちゃったみたいですけど、なんでこんな所にそんな奴が……」

「わざわざ自分から出向いてきたって事かい。よほどこの子を拐いたかったと見える。と、なると、私が戦力としてあちらのアジトに向かったのも、誰かがそうなるように仕組んでいた可能性があるねえ」

「そんな、じゃあ私達があなたを雇うように、誰かが仕組んだって言うんですか」

「そうだって言ってるだろう。実際、それなりの腕利きは雇われていたけど、アジトにいた連中は私をここから引き離しておく為の生贄だった訳だ」


 なんとなく、今の状況が見えてきた。

 おそらく、グリセントファミリーの構成員が獣人族の女性三人を拐ったのは、奴隷として売るためではない。ラバルト達のような冒険者達に救出に来させる為だ。

 しかも、その中に私を巻き込ませる為に腕利きの用心棒まで連れてきて、その情報をわざと彼等に流した。


 そうして、まんまと部屋から離れた私のすきを突いて、獣人族の少女を拐おうとしていたのだ。


「と、なると……最後のあいつが怪しいな」

「あいつ、とは?」

「レジィの奴に聞けばわかる。話してあるからな。だが、お前たちも気を付けたほうが良い。ギャングよりも危険な奴を相手にしている可能性がある」

「え、ええ」


 あの時、三人を守りながら戻らなければならなかったからやらなかったが、やはりあの人影はしっかりと追い掛けて仕留めておくべきだっただろうか。

 脳味噌から情報だけを吸い取れれば楽なのだが、そんな便利な魔法は存在しない。アジトの奴も、こちらでセシルが殺した連中もどちらもグリセントファミリーの構成員だったが、黒幕がそのまま奴らのボスだとも限らない。


 今の所は、とりあえずこの街を離れていく事が一番の選択肢だろう。


「セシル、その子と一緒においで」

『どこへ行くの?』

「とりあえず、ラバルト達の仲間と合流する。この国の情勢に関しては、彼等の方が詳しそうだしね」

『わかった。ね、行くよ』

「…………ん」


 セシルが起き上がると、一緒に少女も立ち上がる。

 駆け足で寄ってきた少女を抱き上げた。


『そういえば、部屋、どうしよう』

「原因はこの男達だからね。とりあえず冒険者組合がこいつらの身ぐるみ剥がして修繕の足しにするだろうよ。私達がなにかする必要は無い」

『なんか、悪いことしちゃったかな』

「構わないさ。彼らも仕事だからねえ。それより、キミもわかっているだろうが、少し忙しくなるぞ」


 

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