第8話




「い゛、ぎぃ……」

「早く吐きなよ。楽になるよ」

「誰が、てめ、え……なんか、に!」

「はあ……話のわからん奴だねえ。ま、そんなんだからギャングなんて下らないことやってるんだろうが」


 喚く男を見下ろしながら、軽く刀に魔力を纏わせて振る。

 目にもとまらぬ速さで振り抜かれた刀から魔力による斬撃が飛び、それは部屋のすみで見えない何かを斬り裂いて鮮血を散らす。


「なん、で……みえ………」


 何もなかったはずの空間から、身体を上下に真っ二つに斬り裂かれた一人の男が現れる。

 男は呆然とした表情でそう言いながら、どちゃりと音を立てて床に倒れて動かなくなった。


「気配でわかるに決まっているだろう。魔法を過信しすぎだ愚か者め」

「は……………?」

「今のが雇い入れた用心棒ってところかい。まあ、姿を消す魔法が使えるなんて、やるんじゃあないか?竜鉄等級の冒険者程度といったところかねえ」


 構成員が全滅したタイミングを見計らって、相手を全滅させて油断しているだろう私の不覚を取ろうとしたのだろう。

 だが、そんな不意打ちも最早常套手段の一つだ。


 いくら身を隠す魔法を使ったところで、この私が気が付かないはずなどない。


「う、嘘だ、あれは上が寄こしてくれた、腕利きの……」

「今、自分が置かれている状況を認識したなら、早いところ口を割ることをお勧めするよ。ま、キミが吐かないなら見つかるまで適当な壁を壊し続けるだけだがねぇ」

「わ、わかった……話す、話すから待ってくれ」


 男は拘束されながらも一つの壁へと視線を向け、口を開いた。


「あの壁は、扉に、なっている。すぐ横の……本棚に、開けるためのレバーが、ついて、いる」

「ふぅん。随分と古風な造りなんだねえ。キミはここで転がっていてくれ給え。なあに、後で傷は治してやるとも」


 男をその場に置き去りにして、話された壁へと向かう。

 言われた通り横に置いてある本棚を見れば、装飾用の金具に混ぜて隠すように小さなレバーが取り付けられていた。


「嘘はついていない、と」


 軽く、そのレバーを動かしてみれば、柱に見えていた部分から壁が外れ、奥へと引っ込みながら横にずれていく。

 そうして現れた部屋の中に、拐われた三人の獣人族の女性たちは居た。


 彼女たちは私の姿を見つけると、その場で必死に助けを求め始めた。


「……!……ん!ん!」

「んむぅぅ!」

「………!」


 三人とも叫べないように口に猿ぐつわをつけられ、両手両足には獣人族の高い身体能力を下げるための呪いがかけられた枷が付けられている。部屋から逃げられないように、壁に取り付けられた金具と足の枷は太い鎖で繋がれていた。

 見たところ、服に乱れもなくきれいなままであり、乱暴などを働かれた様子は確認できない。そこはラバルトの言ったとおりだったと言うことだろう。


 一応は金持ち相手に売り捌く『商品』なのだから、大事に扱われると。


「君たちを助けに来た。少し待っていてくれ」


 まずは刀を数度振って鎖と枷を全て破壊。

 一瞬で全ての拘束具が壊れたのに驚いたのか、びくりと震えた彼女たちに歩み寄り、それぞれに付けられていた猿ぐつわを取っていく。


「どうかな、怪我をしている子は居ないかい?」


「あ、ありがとうございます……!」

「お姉さん、ありがとう」

「…………あり、がとう」


 三人は少しの間呆然とした様子だったが、口々に礼を述べる。どうやらそれらしい怪我も無く、元気な様子だ。

 囚われていた不安はあっただろうが、しっかりと会話も出来ていることから精神的にもそれなりに安定している。


「さて、それじゃあ逃げるよ。私の後ろについてきたまえ」


 三人についてくるように伝え、隠し部屋を出る。

 先程捕えたリーダーも、情報収集の為に連れて行かなければならない。


 そう思って、彼を連れて行こうとした、その時だった。


―――カンッ!カンカンッ!ヒュンッ!


「ちぃっ、何者だ!」


 窓ガラスを貫いて、何本ものナイフが飛来した。

 ナイフは此方へも飛んできて、背後の三人にナイフが当たらないように咄嗟に刀を振ってナイフをはたき落とす。


 そのため、部屋に置いていた男への注意が外れてしまった。


「ぎゃっ、あ!……な、ん………で」


 飛来したナイフはおそらく数十を超えると言うのに、その内の一本だけが狙い澄ましたように真っ直ぐ彼の心臓を貫いていた。最初から、彼を殺すことが真の目的だったとでも言うように。

 男の顔が驚愕の色に染まり、そして苦痛に顔を歪ませた次の瞬間には動かなくなっていた。


「な、なに………?」

「……いきてる」


「はあ、つまり私はまんまと出し抜かれたと言うわけだ」


 窓の外、ナイフの飛んできた方向を見れば逃げていく人影がちらりと見えた。誰だか知らないが、よほどあの男の口封じをしたかったと見える。


「話に聞いていた雇い主とやらか、それとも奴らの上層部の連中か」


 奴のいた方向を眺めながら、手のひらの上で真空の刃を練り込んだ炎の弾を生成する。生成された弾はふっと浮かび上がると窓の外へと飛び出して下手人を追い掛けるように飛んでいった。

 今の魔法は過去三十秒以内の記憶から対象を一つ決めて、その対象を追尾する攻撃魔法だ。威力はそれほどだが、情報収集の為にせっかく連れて帰ろうとしたやつを殺されたのだ、一発やり返してやらないと気が済まない。

 あと十数秒もすれば、爆炎と無数の刃が下手人を襲うだろう。


「あの、大丈夫、なんですか」


「大丈夫だよ。私の側を離れなければね」


 足元に転がる死体を避けながら歩き、一階へと降りる。

 一階での戦いは残りの数人を殺して丁度終わった所だった。


「ニニィさん!そちらは、上手く行ったようですね」

「そうでもないさ。捕まえたここの頭をよくわからん奴に殺された」


 レジィの奴が駆け寄ってきて、後ろの三人を確認するとほっと安心したように息を吐く。


「貴女ほどの冒険者でも不覚を取られる程の相手が……?」

「三人を救出したばかりで気が抜けていたらしいね。面目無い」

「いや、無事に三人を救出してくれただけで有り難い。一階の戦いを有利に進められたのも、二階の連中を全て相手してくれたからだ。協力、感謝する」


 彼がそう言って、頭を下げた瞬間だった。

 建物の外で待機していた仲間の一人が慌てた様子で入ってきて、その仲間へと自然と視線が集まった。


「に、ニニィさん!緊急の連絡が!」

「………私にか?」


 嫌な予感がする。


「ニニィさんが宿泊していた部屋が、おかしな武装集団に襲われて……」


 その言葉を聞いて、またしても眉間に皺が寄った。

 そして同時に思う。これまた妙な争い事に巻き込まれてしまっているようだ、と。



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