第13話
農場からほど近い森は、それほど大きいとは言えない、中規模程度のものだった。そもそも、一応街の中に残っているぐらいの規模なのだから当然と言えばそうだが、いったん中に入ってみると随分と遠くに来たような感覚になる。
生い茂る木々によって光が届きづらく、昼間でも薄暗くしめったような環境がそうさせるのだろうか。
『足跡、続いてるね』
「それほど森の奥まではいかないはずだよ。さっきも言ったけど、一匹一匹はそれほど強くもない。群れでの連携は確かに厄介だけど、強い奴らを相手にするってことは相応に被害も出てくるのさ。だから森の深いところに棲んでる奴らとナワバリが重ならないように、比較的森の浅いところに巣を作る」
ニニィが魔法で地面を照らしながら、足跡を丁寧に辿っていく。
積み重なった枯れ葉や、うっそうと茂る草木に阻まれて足跡の追跡は困難になっていたが、彼女は僅かな痕跡も見逃さずにモノハウンド達が通ったであろう道を探し当てていた。
「……あった」
しばらく歩き続けてわずか数分。
ニニィが指差した方向には、一本の木が生えていた。
『……モノハウンド、いないけど』
「おお、本当にあった。よく見つけたなあ」
地中に巣を作ると聞いていたが、巣らしき穴も見当たらず首を傾げていると、巣を見つけたらしいラウルドが先程取り出していた結晶を片手に木へと近付いていく。
彼が木の根元近くから生えている草をかき分けると、盛り上がった根っこで形成されたウロが現れる。ウロは非常に狭く、とてもモノハウンドが通れるようには見えなかったが、確かにそれは地中へと続いているように見えた。
「それ、毒かい」
「おう。こういう巣にこもってるような奴にゃあよく効く、毒煙を撒き散らす道具だ」
「その大鉈を振り回さなくても良いのかな?」
「まあ確かにその方がしょうには合ってるがなあ、効率的に行けるんなら俺だってそうするんだぜ? それに、本当に強いやつはこんなんじゃあ死なねえ」
そう言うと、ラバルトは結晶をぐっと握り締めて、ウロの中へと投げ込んだ。
「【
そして即座に両手のひらをウロへと突き出し、大きな声で魔法を唱えた。すると周囲の土が盛り上がって壁のような形へと変化し、ウロの出入り口を完全に塞いでしまった。
「これで暫く待機、ってな」
『すごい、ラバルトが頭を使ってる』
「ええぇ、お前さん達の中の俺のイメージどうなってんだ」
ラバルトの眉がハの字になり、困ったように眉間のあたりにシワがよる。
そうしている間にも毒煙は巣穴に広がり始めたようで、土壁の奥から何かの走り回るような音や、鳴き声が聞こえ始める。
逃げようとしたモノハウンドが土壁に体当たりしているのか、ドスドスと地響きまでしてきた。魔法で作った土の壁は見た目以上に頑丈なようで、激しく攻撃を受けているにも関わらずびくともしていない。
『閉じ込めて毒攻めって、少し可愛そうだな』
「そんな事言ってちゃ冒険者なんて出来ないぜ。だいたいの依頼なんて、俺たち冒険者の腕に期待しての魔物の討伐依頼ばっかさ。いかに効率的に魔物を殺していくかって、大切なんだよ」
ラバルトは大きな身体を揺らしながら立ち上がると、背中の大鉈の柄を握って思い切り振り上げた。
「それに、『強え奴はこんなんじゃあ死なねえ』って、言っただろ?」
彼がそう言うのと、奴らが現れたのはほぼ同時だった。
ボコリと地面が盛り上がり、土の下から泥まみれの獣が顔を出す。以前見たものよりも二まわりは大きいだろう、立派なモノハウンドだ。
『土の下から!?』
「弱い奴らは毒煙でさっさと片付けて、強いやつは自力で一匹ずつ片付ける。普段、巣に籠もってるような魔物相手なら常套手段だねえ。まあまあやるじゃないか」
「いよおおぉし! 俺が雑に蹴散らすから、うち漏らしは頼んだぜ!」
「私一人の方が早いだろうけど。まあ任せなよ。セシル、行こうか」
『っ……うん!』
あの時はやられてしまったけれど、今度はそうは行かない。
まったく別の個体だとはわかっているけれど、同じモノハウンドである事には変わりはない。故郷に帰ったとき、もしもまた妹と暮らせるようになったとして、妹だけじゃなくあの家族のみんなを守るんだ。
『まずは、【
すぐ近くの地面から現れたばかりのモノハウンドに狙いを定め、魔法を使って能力を暴く。
無名 12歳 ♀
種族:モノハウンド
体長:121
状態:健康
生命力 160
魔力 33
筋力 102
防御 45
速度 90
魔術 16
技能:身体強化、火炎放射
『よし……前戦ったのより少し強いけど、能力自体にそれほど差は無い!』
「セシル、私は遠くに逃げるやつをやるから、近くのは頼んだよ」
『うん、任せて!』
ニニィの肩から飛び降りた僕は、土の中から出てきたばかりのそのモノハウンドめがけて駆け出した。
モノハウンドもスンスンと鼻を鳴らしながらこちらへと顔を向ける。僕の敵意に気が付いたのか、モノハウンドは歯をむき出しにして唸り声をあげる。
「グルルル……ガアッ!」
『【
土の下から飛び出してきたモノハウンドの口から激しい炎が吐き出される。
僕は小さな羽を羽ばたかせながら低空飛行で接近し、空中でぐるりと身体をねじり、炎の刃と化した尻尾でモノハウンドの吐き出した炎を切り裂いていく。
『ちぃぃ……ぇえすとぉぉぉっ!』
全力で振り抜いた尻尾はモノハウンドの口にするりと入り込み、その高熱をもってして上下の顎を一刀のもとに分断した。
『だあぁぁっ!しゃあっ!』
顎を斬り裂いただけでは終わらない。
着地すると同時に炎を纏った尻尾で地面を削りながらその場で方向転換し、守りの薄い腹部めがけて高熱を放つ尻尾で斬りかかる。
高熱の刃と化していた尻尾はモノハウンドの腹部を容易く斬り裂き、ジュウと音をたてながら裂けた腹部から臓物がだらりと漏れ出した。
「ンギャッ、ガウ……ゥ」
どさりとモノハウンドの身体が崩れ落ちる。
僕がルリイノリだったときはまるで勝ち目の無かった彼等が、こんなにもあっさりと死んだ。
確実に強くなっている事を認識し、ふつふつと勇気が湧いてきた。
「いいぞセシル! だいぶ慣れてきたじゃあないか!」
『ありがとうニニィ。きみのお陰だ!』
「ンフフ、私は基本を教えてやっただけさ。次、来るよ!」
『っ、うん!』
一匹倒しただけではまだ終わらない。
地面から出てきた奴らの大半はラバルトが片付けてくれているが、うち漏らしもそれなりに居る。
ニニィの魔法によってそうしたうち漏らしもほぼ全て倒されているが、彼女が主に狙っているのは遠くに逃げているもので、近くにいる奴は僕が相手をする必要がある。
今も、二匹のモノハウンドが近くの地面から顔を覗かせていた。
『【
威力の出にくい中途半端な魔法もどきも、炎魔法しか覚えていない今の僕にとっては武器の一つだ。
圧縮された水が口から発射され、二匹いたモノハウンドのうち一匹の目に命中し、視界を奪った。
『はあぁぁっ、だりゃあっ!』
「ギャンッ!?」
全力で走り抜け、視界を奪ったモノハウンドの喉元めがけて尻尾を振り抜く。その一撃でモノハウンドの喉はぱっくりと裂けて、血がどぼどぼと溢れ出す。
喉を斬り裂かれたモノハウンドはバタバタと悶え苦しみ、そして息絶える。
「バウッ!バウッ!」
『うぐ、ぎいっ!?』
だが、僕もまた攻撃した隙を突かれ、もう一匹のモノハウンドに噛み付かれてしまった。
ルリイノリだった頃よりも硬い鱗へと発達した事から、モノハウンドの鋭い牙も深く突き刺さる事は無かったが、このまま腹部を狙われようものならまた死にかけるかもしれない。
『ぃぃ、ぎぅ……【
正直、使う機会なんて無いだろうと思っていた魔法。
全身の皮膚から滲み出た魔力が毒液へと変化し、僕に噛み付いていたモノハウンドの口の中へと流れていく。
「ギャゥ、ゲェァッ、ゲアッ!」
『あぐっ、いたた……』
よほど酷い味がしたのだろう。
僕に噛み付いていたモノハウンドは口からよだれを撒き散らしながら悶絶し、噛み付いていた僕も放り出して苦しんでいる。
「セシル!」
『だい、じょうぶ!まだやれる!』
「頼むから、無理して死んだりしないでくれよ!」
ニニィも少しずつ本気を出し始めたのか、逃げまどうモノハウンド達を狙う魔法の数が目に見えて増え始め、威力自体も激しさを増してきている。
ここでニニィの手を借りれば、この戦いはすぐに終わる。
だけど、ここで引いたらきっと、僕はまた大切な『誰か』を守れずに終わる。
手を出そうとしてきたニニィを止めて、僕はモノハウンドに向き直った。ゲエゲエとヨダレと毒液を吐き出し続けていたモノハウンドだったが、飲み込んでしまった毒もほぼ吐けたのか、こちらに敵意の籠もった視線を向けてくる。
『【
尾に纏わせていた炎はそのままに、前脚の指先にも炎の爪を創り出した。ぐっと地面を踏み締めると、チリチリと雑草や枯れ草に焦げがつく。
「グルルル……ガァウッ!」
『負けるかあっ!』
奴が襲い掛かってきた。
口元から炎を溢れさせ、怒りの籠もった視線をこちらに向けてくる。
彼女らにもまた、家族がいたのだ。
それを今、こちら側の都合だけで皆殺しにしている。
僕が同じ立場でも怒り狂っていただろう。
だけど、あの日僕が戦わなければ妹が死んでいたように、戦わなければ守れないものもある。今は畑を荒らすだけにとどまっているモノハウンドの群れも、いずれ食料が足りなくなれば積極的に人を襲うようになるだろう。
いつかの被害を防ぐ為に戦う。
それが冒険者の仕事なのだ。
『だっ、りゃあぁぁぁっ!』
激しい火炎放射と爪によるひっかきを潜り抜け、尻尾で胴体を斬りつけながら炎の爪を立てながら奴の身体にしがみつく。
痛みに悶え暴れまわるモノハウンドにしがみつきながら噛みつきを繰り返していると、遂に毛皮に火がついて燃え上がり始めた。
『あちっ!』
元は自分の魔法によって生み出された炎であるが、自分の身体から熱が発せられている時とそうでない時とでは感じ方も違う。
燃え始めたモノハウンドの身体から飛び降りて離れると、モノハウンドの身体はすっかり炎に包まれて、しばらく悶え続けたのちに丸焦げになってぐったりと動かなくなった。
周囲を見ると、ラバルトもニニィもちょうどモノハウンド達を倒しきったところだった。
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