第14話




 モノハウンドの群れを殲滅した僕らは、依頼者の農場主に無事にモノハウンドの討伐が完了した旨を伝え、冒険者酒場へと向かっていた。


 予想していた規模よりは少し数の多い群れではあったが、とりあえず無事に討伐に成功したのでひとまずこれで暫くは大丈夫だろうと言うことだった。

 討伐したモノハウンドの数も結構な数字になった為、報酬も少し上乗せしてくれるらしい。やはり良い依頼を受けられたと、ラバルトはホクホクしていた。


「あ、二人とも、ちょっと待っててくれや」


 冒険者酒場への帰り道。

 市場へと差し掛かったところで、彼はふと立ち止まり近くの屋台で何かを買ってくる。

 戻ってきた彼の手には、香ばしい香り漂う串焼きが乗った紙製のカゴがあった。


「今日はなんだかんだ俺の用事に付き合わせちまった感じになったからな。埋め合わせっていうにゃあしょっぱいが、まあ今日のところは勘弁してくれや」


「ほう、意外と殊勝なところもあるんだな」

『串焼きだ! なんのお肉だろう』


「人付き合いは大事だからな。ニニィちゃんも、何があったのか俺は知らねえけどよ、自分のことを受け容れてくれる相手とは仲良くしてったほうがいいぜ。ちなみに、これは【ダムランダ】っつう鳥の魔物の串焼きだぜセシル。程良く脂が乗ってて、口の中でとろけるみてえに旨いんだこれが」


 食べ歩きは散歩の醍醐味。

 差し出された串焼きを受け取り(僕のぶんは串から抜いてカゴに乗せてくれた)、二人と一匹で歩きながら肉に齧り付く。


 鳥の魔物の肉だと言っていたが、その通りに鶏肉のような味がする。歯ごたえもほど良く、ぎゅっと詰まった肉は硬過ぎることもなく、口の中で繊維に沿ってほろほろと崩れた。

 彼が言ったような『とろけるみたい』な感じとはまた違うが、確かにその肉は柔らかく旨味がぎゅっと詰まっている。


『おいしい!』

「だぁろお? 結構気に入ってんだ、これ」

「むぐ……ごくん。屋台飯なんてほとんど買わないけど、なかなかいけるじゃないか。普段働いてるのはフランクラッドだって聞いたけど、こっちにも結構くるのかい?」

「まあな。ちょいと受けてる依頼の傾向のせいで、マギステア聖国にくる事もよくあるんだ。嫁さんと居られる時間が減るのはまあキツいがな」

『ラバルトのお嫁さんか……家族と一緒の時間って大事だよなあ。その時間を削るほどって、そんなに大事な仕事なの?』

「おう、滅茶苦茶大事だぜ。まあ半分は嫁さんの為なんだがな」

『お嫁さんの為……』


 僕がそうぽつりと呟いた時だった。

 人々の行き交う市場の先が急に騒がしくなる。

 よく眺めていると、白い鎧を着込んでいる、明らかに只者ではない雰囲気の集団が市場の喧騒を無理矢理掻き分けて進んできていた。


『あれは……?』

「うわ、嫌な奴らに出くわしちゃったよ」

「やっべえ。俺、ちょっと別行動するから、じゃあな」

『えっ、ラバルト?!』


 彼等を見つけた途端、ラバルトは身体を小さくしながら市場の人混みへと消えていってしまう。

 市場の喧騒の中に残されたニニィと僕は、そんな彼の背中が小さくなっていくのを見届け、鎧姿の集団が通れるように道のはしへと移動した。


『ニニィ、なにあれ』

「『聖堂騎士団』の連中さ。正直、関わり合いになるだけ損だから、私達もさっさとお暇しようか」


 ニニィもそんな事を言って、するりと人の間を抜けていく。


 ニニィが『聖堂騎士団』と呼んでいた集団はきっちりと隊列を組みながら進み、さきほどまで僕らのいた場所を我が物顔で通り抜けて行っていた。


『……何なんだよ、あいつら』

「後で話してあげるから。今は静かにしてるのが吉だよ」

『……わかった』


 知識豊富な彼女が言うことなのだ。

 僕は彼女の忠告を素直に受け入れ、冒険者酒場のその日に泊まる部屋へと行くまでの間、静かな魔物のペットに徹した。











 白い湯気で充満した狭い空間。

 暑い湿気とシャンプーの香り。


 そう、ここは風呂の中。


 湿気は正直平気だったのだが、この暑さだけはどうにも慣れないものだ。魔法でならば自分から炎を放ったところで平気だと言うのに、やはり元々変温動物(魔物だからといってそこは変わっていないらしい)だった事が影響しているのだろう。


 それに何より――



「ンフフフ……やっぱり可愛いなあキミは」

『暑い……』


 僕を温かい風呂につからせた上に、ぎゅうぎゅうと抱き締めるとは、いったいどういう了見なのだ。

 確かに後で可愛がってやるとは言われたが、迷惑料としてもわりとキツい。


 水竜とかいうものに進化しても、身体はほぼ両生類なので暑さで結構ぐったりしてきているし、中身は人間の男なので彼女の豊満な双丘に挟まれているのも精神的につらいものがある。


『に、ニニィ、かんべん、して』

「やめないよ♪ せっかく可愛いんだから私の癒やしになってくれたまえよ、キミぃ」

『かんべんして、つかぁさい……』


 お湯にどっぷりと使った僕は、ぐったりと彼女の腕に寄りかかった。


「まあまあ、キミが駄目にならないくらいには冷やしてあげるから」

『ニニィいぃ……』


 彼女が僕の頭上に手をかざすと、そこからひんやりとした風が吹いてきて、すっかりのぼせあがった僕を冷やし始めた。

 そのお陰でいくらか楽になってきて、疲れていた僕はふうと息をつく。すると、彼女の手が伸びてきて僕の顔をむにゅりと左右からつかんだ。


「ンフフ、やわらかいねぇ」

『ににぃ、なにひへふのは』

「何ってお仕置きに決まってるだろう。今日は楽な仕事を適当にこなして終わりにする予定だったんだぞお」


 そう困ったような声をあげながらも、彼女はその整った顔をだらしなく緩め、僕の顔をふにふにと揉みほぐして遊んでいた。

 すっかりマスコット扱いだ。主人とペットの関係だって、対外的に使う仮の関係として二人で決めたのに、本格的に彼女のペットになりつつある。

 美人に飼われて、住むにも食うにも困らず、何かと命の危険が多いこの世界で死ぬリスクから遠ざかる。大変めぐまれた環境にいるのは間違いないのだが、一応僕も心だけは人間の大人なのでヒモのように感じてなんとも情けない。


「しかも今日はあいつらまで出てくるし……ああ、そういえばキミに話すって言ってたねえ」

『むぎゅう……それって『聖堂騎士団』の事?』

「そそ、聖堂騎士団。一応、この国の治安を守る武装組織って事になっているんだけど、こいつが曲者でね」


 バスタブの中で彼女はぐっと身体を伸ばした。

 彼女の腕から解放された僕はぷかぷかとバスタブの中に浮かび、彼女が動いた事で出来た波に流されていく。

 流されるままに湯の上で回転していると、ふと彼女のガーネットの瞳と視線が重なった。


「マギステア聖国、まあ名前通り一つの宗教から始まった国なんだけどね。聖堂騎士団は、国を運営してる中央教会の直属の組織なのさ」

『つまり、軍隊、みたいな?』

「軍、軍か。確かにそうだねえ。まあ、実際戦争なんて起きれば聖堂騎士団なんてごく一部なんだけど」


 ちゃぷんと音がして、白い湯の中から足が外にのびてくる。

 瞼を閉じながら顔を上に向けた彼女の口から、ほうっと吐息が漏れた。


「問題は教会の教えなのさ。さっき聖堂騎士団は国の治安を守る武装組織だって、言っただろう?」

『うん。ちょっと怖かったけど』

「ああ、奴らは怖いよ。別に私の敵じゃあないんだが、兎にも角にも話が通じない連中でねぇ」


 ざぷんと白い湯が波打ち、浮かんでいた僕の身体はニニィによって引き寄せられ、また羽や頭を弄り回される。


「教会は『亜人を邪神の遣い』だとして、魔物と同様に扱っている。聖堂騎士団の仕事の一つは、国に入ってきた『亜人』を皆殺しにする事なのさ」


 彼女は僕の角を指先で撫でながら、そうぽつりと呟いた。




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