第7話




「くっくっくっ、まあ、気を取り直して行こうじゃあないか。キミみたいにノリで魔法を使ってるようなのだってそんな珍しくもない。それに、適当に作った呪文だって使い続ければ『本物』になることも有り得るとも」

『はい、ガンバリマス……』

「ンフフフっ、じゃあ魔力の操作から練習していこうか。なに、枠を作ると言っても、実際に自分で組むのは属性を指定する部分だけだ。そう難しいことじゃない」


 いまいち元気が戻りきっていないが、特訓していればすぐに忘れるだろう。というか、これ以上恥ずかしいことになりたくない。

 ちゃんと魔法の使い方を覚えて、次からは恥ずかしくない本物の魔法を使えるようになろう。そう心に決めて、全身に魔力を張り巡らせた。


「おお、気合い充分だねえ。良いよ、魔法を使うときは準備として【身体強化】は基本だからね。本能で身に付いていたのかな? きっと今までも魔法を使うときは無意識にそうしていたはずだよ」


 彼女の方を見上げると、指先から空中に向けて不思議な模様が浮かび上がっていた。


「今、私の魔力を可視化させた。こいつは炎属性の魔法陣。普段は見えないようになっている『枠』の部分だよ。ささ、体内を巡る魔力を操作して、君の顔の前にこの魔法陣を作り出してしたまえ」


 僕は彼女の顔を見て深く頷き、気合を入れ直した。











『【ともし火メアー】』


 ぱかりと開いた口から、シュボッと音を立てて小さな炎が吹き上がる。火属性へと変換する魔法陣がしっかりと成っている為に吹き出してきた炎は宙に浮かんだ状態で安定し、小さいながらも煌々と燃えていた。


「やるじゃないか。飲み込みが早いと教えがいがあっていいねえ」

『ほへ、はふふはいふへふね(これ、あつくないんですね)』

「あはは何言ってるのかわからないよ、キミい。そもそも口を長時間使えなくさせる魔法って、よくよく考えたら効率悪いよねえ」

『ぷはっ、ええ、なんですかそれ』

「ンフフフ、けどキミなら口使った方が戦いでは役に立つだろう? 人とは色々と違うこともあるからねえ、そこらへんは追々自分で使いやすいように調整したまえ」


 魔法陣を覚えるのに少々手間取ったが、とりあえず炎属性の魔法陣だけはすぐに組める程度には成長した。2時間程度でこれだけ出来るようになったのなら上々だろうと、ニニィも満足気な様子であった。

 早速次は雷属性で行こうかとなったところで、部屋の戸がノックされた。


「失礼します、お食事お持ち致しました」

「ああ、今開けるから待ち給え。おっと、キミはもう休んでいて良いぞ。夕食を食べながら旅の予定でも立てようじゃないか」


 彼女によって戸が開かれ、運び込まれた夕食がテーブルの上に並べられていく。

 白身魚の切り身と何種類かの野菜をトマトのソースで煮込んだようなものに、ローストビーフ、刻んだ葉物野菜とチーズのサラダ、パンの盛り合わせと、湯気の立ち上るグリューワイン。

 一人分にはいささか量の多い夕食だが、なんと豪華なものだろうか。田舎町の宿で暖かな寝床とこれだけの飯にありつけるの言うのだから、冒険者という職が人気だと言うことにも頷ける。


「いい香りだねえ。君の分も取りわけてあげるからテーブルの上においで」

『ありがとう、今いくよ』


 ベッドからぴょんと飛び降りて、テーブルの足を伝って上へと上がる。

 ニニィによって取り皿に料理が分けられ、僕の前に並べられた。


『こんなちゃんとした料理食べるの久し振りだな。……家族のみんなにも、食べさせてあげたい』

「家族ねえ。イノリってもしかして結構知能高いのかい? 随分と大切に思っているようだけど」

『あ、いや……僕とちゃんと会話出来たのは妹だけで、他は話すことも出来なかったんだけど。ただ、皆がいる時は人じゃなくなった寂しさが和らいで。だから皆を守ろうと頑張ったんですけど』

「あーっと、悪い事聞いたかな」

『いえ、いいんです。自然界で生きていく以上、いつか必ずそういう別れはあったんです。だから、僕は誰も恨んでいないし、今僕がこうして生きていて、ニニィに助けてもらえているなんて、奇跡なんです』

「……魔物っていうのも、大変なんだねえ。普段、冒険者稼業なんてしてるとサクサク殺しちゃうもんだから」


 人と魔物は所詮、まったく別の生き物。

 わかってはいたが、実際に話を聞くと一抹の悲しさを感じた。


 だが、生きるためには殺し合うのは生物である以上逃れられない事。この料理だって、多くの命を奪って作られたもの。

 だからこそ僕らはその命に感謝して食べている。

 他の命に、生かされている。


『そう考えると、魔物の僕とニニィが同じ食卓を囲んでいるなんて、やっぱり不思議ですね』

「確かに、キミがあんまりにも感情豊かなものだから、自然に感じてしまっていたよ」


 ニニィの手によって白パンが2つに割られ、片方がこちらに差し出される。


「まだその家族も生きているかも知れないんだろう。帰ったら、一緒に生きる方法を考えることぐらい、付き合うよ」

『こんな魔物の悩みに付き合おうなんて……本当に変な人ですね。僕もニニィに何か返すことが出来たら良かったんだけど、今の僕には何もないや』

「ンフフ、そこは出世払いで頼むよ。さあて、旅の道筋を決めていくとしようか」








 この世界の西側に位置している大陸『デュレシア大陸』。

 今、僕たちがいるのはその東端に位置している港町『チェアーノ』。


「今わたしたちがいるこの町『チェアーノ』だけど、『マギステア聖国』の領土内にある。でも、キミが住んでいたと思うデュレシア大陸中央部はね隣国の『フランクラッド王国』の領内なんだよね」

『つまり、国境を越える必要がある、と』

「そそ。そうなると、飛空艇港を使って最短ルートで行く場合はここに行かなきゃならない」


 彼女が地図の上で指差したのは、チェアーノのずっと北西に位置している街。


「『オラクル』。ガラス細工で有名な街だよ。ここから飛空艇でフランクラッド王国に行ける。それか、こっちもある」


 もう一つ、彼女が指差したのはチェアーノから見て真南にある大きな港町だ。


「『リヴィエール』。央海を通じて他の大陸との窓口になっている巨大な港町だよ。一応こっちにも飛空艇港があって、ここからでもフランクラッド王国に行ける」

『距離は、そんなに変わらないな』

「オススメは『オラクル』からのルートかな。『リヴィエール』は街自体の治安がちょっと悪いからね。あんまり居て良い気分じゃないよ」

『じゃあオラクルからのルートにしようか』


 治安が悪いというのは頂けない。ニニィは強いから滅多なことは無いだろうが、女性が犯罪の対象として狙われたり、僕みたいな魔物も小遣い稼ぎ程度に狙われたり、絶対に無いとは言い切れないだろう。

 どうせ長くなる旅なのだ。それならできる限り安全なルートを選びたくなるのが人情である。


「そうだねえ、それがいい。飛空艇でフランクラッドに行ってからのルートはだいたい同じさ。この辺りに行くなら一番近い街がここ『レインツィア』だねえ。レインツィアから東側にしばらく行けば、目的の場所に到着ってとこだあ」

『なるほど。でも、僕がいた村がどこかよくわからないんだよなあ』

「水田があったんだろう? 稲作が盛んな村で探せば、すぐに見つかるだろうよ。そう慌てることもにゃい」

『ん?』


 妙な語尾におやと思い彼女を見ると、温かいワインを飲んでほろ酔いになっていたニニィの目が、とろんと蕩けてきていた。

 夕食も食べきってお腹も膨れているし、寝るのにももう良い時間だ。きっと彼女ももう疲れているに違いない。


『お酒、弱いんだ』

「そんにゃあ訳だから、あすからはおらくる目指そうねぇ」

『うん、そうしよう。ニニィ、今日はもう疲れたし寝ようよ』

「う〜ん? キミは仕方無いなあ。仕方無いから、寝ようかあ……」


 彼女はふらふらと椅子から立ち上がると、ベッドにぐったりと倒れ込み、布団もかけずにそのまま寝始めてしまった。


『風邪、引きますよ』


 すうすうと静かな寝息をたて始めた彼女に布団をかける。自分の身体が小さい為にちょっとした重労働になってしまったが、どこか幼さの残る彼女の寝顔を見てそんな疲れもすぐに忘れた。


『やっぱり、可愛いな、この人』


 変人だし、強引だし、なんで会ったばかりの僕にどうしてこんなに絡んで来るのかもわからない。

 だけどたぶん悪い人じゃないし、なんとなく憎めなくなるような愛嬌もある。


『おやすみなさい、ニニィさん』


 ベッドから降りた僕は、部屋のすみへと行って身体を丸め、眠りについた。



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