第8話
「おかしいなあ、昨日
次の日、僕はニニィの独り言で目を覚ました。
静かに瞼を開くと、既に起きていたニニィが椅子に座って何かを手のひらに乗せて眺めており、そんな事を呟いていたのだ。
「おや、キミも起きたのかい」
『ふわぁ……今、目が覚めたところ。ニニィは早起きだね』
「まあね。仕事柄、短時間睡眠が染み付いてしまってね。あまり良くない傾向だとは自覚しているのだけど」
そう言って笑顔を見せる彼女は美しく、そんな彼女の姿が眩しくて思わず僕は目を細めた。
『何か見てたみたいだけど、何を見てたの?』
「うん? それは、ナイショね。まあ大切なモノとだけは言っておくよ」
彼女は手に乗せていた物をちらりと一瞬見やると、素早く服の中に入れてしまった。指の隙間から隠したものが僅かに見えたが、どうやらネックレスのような装飾品の類らしい。
丁寧に作られたチェーンと、赤く光る宝石のようなものが確認できた。大切なものと言っていたし、誰か大切な人に貰ったものなのだろうか。
「しかしねぇ……うーん。ねえキミ、もしかして『長い黒髪を一つ結びにした男』とか知らない?」
『え? いえ、知らないですけど……』
「そっかあ、知らないかぁ。じゃあ何で反応してたんだろうなあ。不思議だ、本当に不思議だ。」
彼女はふいっと首を傾げて、そんな妙なことを呟いている。
長い黒色を一つ結びにした男とは、いったい何者のことなのか。
『もしかして、ニニィの大切な人なの?』
「いいや。そういうものじゃあないし、そもそも私は会ったことも見たこともないんだけどね。見ればわかると思うんだけど」
ニニィは窓の外、遠くの景色を眺めながらぼんやりとそう言った。
「私の事をいつか助けてくれる人、らしいよ」
まるで、他人事のように。
「ううんと、確か街の西側から定期便の馬車が出てたと思うんだけど」
『あっ、あれじゃないか。もう人が並んでるよ』
宿屋を後にした僕とニニィは、予定どおり『オラクル』の街を目指して移動するため、途中まで馬車を利用していくことになった。
ニニィが以前この町に来た時は町の西側に馬車の停留所があったという記憶から、町の西側に向かって歩いていたのだが、遠くに大きなバスターミナルのようなものが見えてきた。
「おお! 確かにあれだね。に、しても、私の記憶よりずっと立派になっているなあ」
『ここから幾つもの街に繋がっているんだな』
「一応航路に繋がる港町だというのに、昔はせいぜい2本ぐらいだったものなんだがなあ。今は、いち、に………6本もあるのか。町の規模はほとんど変わっていないのに、なかなか発展してきたじゃあないか」
幾つもある馬車の経路からオラクルへと向かう馬車を探し、人の列に並ぶ。オラクルへ向かう馬車の列は、飛空艇港がある為か他の馬車の列よりも少し長く、大きな荷物を背負った者たちで賑わっていた。
だが、ニニィが列に並ぶと、列に並んでいた人々は僅かに位置を変え、距離をとるような動きを見せる。
『え、何だこれ』
「気にするなよ、キミ。しばらく一人だったって言っただろう」
そうは言われても、奇妙な動きを見せた人々に僕は訝しげな視線を向けてしまう。別にニニィが何かしたわけじゃないだろうに、こんなあからさまに人を避けるような仕草をしなくてもいいじゃないか。
だが、ひそひそと聞こえてきた話の内容に、僕はその理由をなんとなく察した。
「見ろよ、あれ間違いねえ。『死ねずのニニィ』だ」
「うわ……本当に年取らねえんだな。化け物かよ」
「噂じゃ若い女の魂を喰いまくって生き続けてるらしいぜ」
「俺は男の心臓を抜き取って喰いまくってるって聞いたぜ」
「ほんと気味が悪い女……」
「噂通りすげえ美人だけど、化け物とは関わりたくないな」
聞こえてきた話の内容は、どれも根も葉もない噂話のたぐい。共通しているのは、ニニィが歳を取らない化け物だと言うこと。そんな噂話の中には、ニニィが女性の魂を喰らっていたり、男の心臓を喰いまくって命を伸ばしているなんていう馬鹿げたものまである。
確かに200歳を超えて生き続け、その上この美貌を保っているのは凄まじい話だ。だけどそれをニニィが望んでいたわけでは無いことぐらい、彼女と話せばわかる。ましてや人を食らう化け物などと、昨日の酔っ払った彼女の姿を見ていたらそんな噂なんてありえないとわかるだろうに。
『誰もニニィの事を、知らないんだ』
「気にするなって、言ったろう」
『でも、あいつら!』
「今はキミが居る。私はそれ以上望まないよ」
怒りの言葉を吐き出した僕に、彼女は小声で子供でも諭すように語り掛ける。そんな僕らの様子を並んでいた人々は目ざとく見つけ、また噂話を始めた。
「見たか今、魔物と話してやがった」
「やっぱり人間じゃないんだ……」
「魔物と会話するなんて、ますます気味が悪いな」
『っっ! う』
「キミは、悪くないよ。私の為に怒ってくれてありがとう」
ニニィは肩に乗っていた僕を両手で持ち上げ、ぎゅうっと抱き締める。
それから馬車がやってくるまでの数分ほどが、僕にはとても長く感じられた。
『馬車って言うから、もっと雑に運ばれるのかと思ってたけど、案外快適なんだな』
「どれぐらい昔の馬車の事を言っているか知らないけど、今は結構快適になったねえ」
馬車の荷台の中は人を乗せるために特化した造りになっており、ベンチのような席が4つ並んで置かれている。詰めれば横並びに四人は座れるようになっているが、荷物の事もあり一つのベンチには二人ずつ座っていた。
列に並んでいた人々を消費する為にか、3台の馬車が同時に停留所に到着し、今はその3台の馬車が一列に並んで走っているという状態だ。
そんな中で、僕とニニィは三台目の馬車の最後尾に座っていた。
「昔なんか、人を乗せる荷台は整備なんてされずに荷物同然、車輪の作りも雑で段差で揺れる度に尻を痛めていたものさ」
『それは長旅になると辛いだろうなあ』
「まったくその通りだったよ。正直自分の足で移動したほうが楽だとすら思っていたからね。魔法でも、それ以外でも、日々技術を発展させていっている人々には頭が上がらんよ」
「あ、あの、お嬢ちゃん。あんた、さっきから誰と話しているんだ?」
そしてもう一人。
ニニィと僕が座っている席には荷物を挟んで、筋骨隆々な壮年の男が座っていた。
馬車に乗り込む際、ニニィを怖がっていた人々はニニィから離れるように座っていったため、何も知らない彼がニニィと同じ席に座ることになったのだ。
哀れ、その大男とは言うと、さきほどから僕とずっと会話をしているニニィにすっかり怯えてしまっていた。
「誰って、ここにいるだろう。私のペットの『セシル』だ。可愛いだろう?」
「いやまあ、ちっせえし可愛いっちゃあ可愛いけどよお」
ニニィと共に旅をするにあたって、対外的な僕の扱いははっきりさせておくべきと言うことになり、今の僕はニニィのペットの魔物ということになっている。
なので、何も知らなかった彼は、最初こそただのじゃれあいだろうとニコニコしていたのだが、会話が成り立っているような様子があまりにも長い時間続いた為にすっかりニニィに対して萎縮してしまっていた。
ニニィについて何も知らない人でもこうなるのだ。魔物との会話なんて、よっぽと頭がおかしいかヤバいやつじゃなきゃやらない、というのがこの世界の常識なのだろう。
「でも、そいつ、喋れるわけないだろ?」
「私のセシルは特別なのさ。会話も出来るし、人間の魔法だって使える。信じられないなら一度話してみるといい」
大男の髭面が、こちらをじっと見つめてくる。
視線に気がついて、その目をじっと見つめ返すと、彼はびくりと肩を震わせて視線をそらしてしまった。
「わりぃ……遠慮しとくわ」
すっかり顔色の悪くなってしまった彼は、最初合ったときよりも一回り小さくなったように見えた。
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