第3話





「いよっし〜、これで一緒に旅するのは決定だねえ」

『まあ、宜しくお願いします。僕弱いですけど』

「いいのいいの。私、強いから」


 一緒に旅をすることが決まり、彼女は随分とご機嫌になっていた。

 どうもマスコット扱いされているような感じだが、まああれだけ実力に差があればそうも見られてしまうだろう。


「それにキミぃ。元人間らしいけど、話してる感じ男だし。私みたいな美人と衣食住共にできるなんて役得じゃあないのかい?」

『なっ! べ、別にそういうのは無いですから! だいたい、こんなイモリを男扱いしないで下さいよ……中身は確かに男ですけど』

「私は見た目には拘らないタイプなのさあ。それに私ほんと暇してたからさ、キミみたいな面白い相手を見つけて結構してるのさ♡」

『全く、冗談も程々にして下さい……』


 彼女と話していると、どうにも調子を崩される。

 飄々としている癖に強引で、引き込んできて離さない。


 例えるなら、先程まで一人でロボットダンスを踊っていたのに、彼女との社交ダンスに無理矢理連れ出されたような感じ。


『しかし、それにしても本当に暇なんですね。こんな魔物一匹の用事に付き合おうなんて、普通の人は考えないですよ。それに、あなたの、その、年齢云々についても気になってますし。女性に歳のことを聞こうなんて、デリカシーないとは自分でも思うんですけれど』

「んっんー、まあ確かに気になるだろうねぇ。私が暇だっていう話に繋がる事だから簡単には話しておくつもりだったけどね」


 トントンと、彼女の指先が僕の羽をつつく。

 くすぐったい感覚に目を細めていると、ひょいっと持ち上げられてまた腕にしがみつく形になった。


 彼女を見ると、既に大きな荷物も背負われており、ここを離れるつもりなのだとなんとなくわかった。


「ま、一応私も目的があってここまで来ていたのだし、続きは歩きながらしようか」


 旅は道連れ世は情け。

 長い道のりを彼女に共に歩いてもらうのだから、僕も彼女の希望には応えていこう。


 そう思い、僕は彼女の瞳を見つつ静かに頭を縦に振った。











―――さく、さく、さく


 厚手のブーツが草木や枯れ枝を踏みしめる音が心地良く響く。

 半年も続いていなかった水中生活だが、毎日が命のやり取りの繰り返しで疲弊していたせいか、こうして地上の景色を眺めることが随分と昔のことのように感じられた。


「そうだなあ、どこから話そうか」

『話せる範囲でいいですよ』

「勿論だとも。まあ、キミもあまり話したくないだろう事を話してくれたのだから、相応に私も腹を割って話そうとは思うがね」


 そう言って薄く笑う彼女の横顔はやはりとても美しくて、とても200歳を超えた人間とは思えない。

 彼女の口ぶりからしても、この世界の人間だから200歳超えても若々しいままです、なんて事は普通ありえないのだろう。


「ふむ、キミは『冒険者』って、知っているかい?」

『いえ、知らないです』

「まあざっと言うとね、依頼を受けて貴重な植物なんかを取りに行ったり、危険な魔物を討伐したりするような仕事さ」

『腕っぷしを買われて動くなんでも屋、って感じだなあ』

「そんな感じだね。因みに冒険者になるには各地にある冒険者酒場での登録が必要だよ。ただね、冒険者は誰でも、何の資格もとらずになれる仕事だから強さも儲けも人それぞれなのさ。ま、基本的に食いっぱぐれる事はないから、人気の職でもあるけど」


 ふふんと鼻を鳴らすニニィ。

 そして、どこか得意気な様子で胸元にかかっているタグを僕に見せつけてきた。


「そんな冒険者だけど、私はそりゃあ大成功してる方だったのさ。このタグの色、光を受けると七色に輝く黄金、『ヒヒイロカネ』って呼ばれててね、冒険者の中でも最高等級と言うわけさ」

『つまり、一番強い……?』

「そうそう。ちょーつよい。そんな訳で超強い私は調子に乗ってたのさ。もう鼻も高くなり続けて天狗みたいになっててね、遂にやらかしちゃったんだよねえ」


 そこまで言うと、彼女の機嫌が目に見えて落ち込んだ。

 ふすんと鼻から深く息を吐き出し、昔を思い出して少し疲れているようにも見えた。


「手を出しちゃいけないものに、私は手を出したのさ」

『……ニニィ、さん?』

「ニニィ、で良いよ。いや、『ニニィ』と呼び給えよ。さて、そろそろ目的地だ。いったん話はやめて、観光と勤しもうじゃないか」


 次の瞬間、眩しい光が目に入り込んできた。

 突如として森がひらけたのだ。


 眩しさに目を細めていた僕がゆっくりと目を開いたとき、その先には白い砂浜と広大なコバルトブルーの海が広がっていた。

 眩しい太陽の光に照らされた海は宝石のようにきらめき、風に揺られてその姿を刻一刻と変えていく。


「『央海』さ。ここはいつ来ても綺麗だねえ」

『わっ、わっ、あ』


 海なんて見るのはいつぶりだろうか。

 こんなに綺麗なものを、僕は忘れていたなんて。


 その瞬間、またしても記憶が蘇る。


 まだ、父親が生きていた頃の記憶。

 親子3人で海へと出掛けて、日が暮れるまで遊んだ。

 幸せな、記憶。


「おや、また泣いているよ? キミ」

『なんでこんな大切な記憶、忘れてたんだろう、僕』

「……ふふ。人間、心が擦り切れると大切なものを見失いがちなのさ」


 涙を流し続ける僕の頭を、ニニィの細い指がそっと撫でた。



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