第2話
イモリの幼生はミジンコを食べる、らしい。
どこで聞いた話だったか、今の自分について考えていた時にそんな事を思い出し、何も食べないでいるのも良くないと思い水に流されてきたミジンコを一匹捕まえて食べてみた。
『………エビ?』
正直、味はよくわからなかったが、不味いものでは無い。なんとなくエビっぽいような、カニっぽいような、中途半端な味がして、悪いものでは無いだろうが若干の苦味がある。食べてから時間が経っても平気だったと言うことは、大丈夫なものだと考えて良いのだろう。
今、自分と弟妹たちがいるここはそれなりに水に流れが存在しているので、ミジンコのような微生物がちょいちょい流れてくる。僕がまず最初に目覚めた時に見たあの生き物は、そうした微生物の一匹だったと言う訳だ。
まあ、そんなこんなで水草の上に居ればそれなりに生きるには困らないと知り、暫くはそこでじっとし続ける日々が続いた。数日もすれば辺りの卵からは次々に弟妹が産まれ、一部はそれぞれ何処かへと旅立って行き、残りは僕と最初の弟妹を中心にして集まってくる。
今確認できるだけでも約20匹以上の大所帯であり、こうして密集しつつもそれぞれが自由にミジンコを捕まえて食べて暮らしている。
エサを食べるか、それ以外の時間はただぼーっとしているか。弟妹達のやる事はそれだけだ。旅立って行った弟妹達はもしかしたらアクティブに動いているのかもしれないが、とりあえず僕らはその限りではない。余りにも暇すぎて気が狂いそうになることもあったが、多少馴れてきた今はもう大丈夫だ。
ただ、そんな単調な生活の中でも発見はあった。
その発見とは、最近近くでよく見るようになった巻き貝の事だ。その巻き貝は僕らよりも少し小さいぐらいの大きさで、たまに僕たち弟妹が集まっている所の近くに寄ってきて、まだ孵化していない卵に付着した藻を食べて綺麗にしてくれる。
そんな巻き貝が、ある日水草の上から周りを観察していたところ、フナに似た巨大な魚に襲われているのを発見した。普段お世話になっているとは言え、相手は自分たちよりも圧倒的に大きな魚。僕たちがどうこうした所で、僕らも巻き貝も魚に食べられるのは目に見えている。そんな状況で助けに行くことも出来ず、ただ一縷の望みにかけて生き残ることを願っていた、その時だった。突如として巻き貝はむくむくと巨大化し、貝殻の色が薄い茶色から金属的なツヤのある青色に変化したのだ。
大きくその姿を変えた巻き貝は、更に驚くべき事に全身から電撃を放ち、襲いかかってきた魚を数秒で焼き魚にしてしまった。自分たちから見れば圧倒的捕食者であった魚を、一方的に攻撃して屠ってしまったのだ。
何故、あの時巻き貝はその姿を大きく変えたのか。
何故、電撃を放てるようになったのか。
謎は沢山残っているが、僕はあの一連の変化を『進化』のようなものだと仮定した。巻き貝は、あの圧倒的捕食者を前に、生き残るための変化をその身体に施したのだ。
きっとそれはどの巻き貝にも出来るようなものじゃない。特別強い個体であったから。急激な身体の変化にも耐え得る個体であったから。変化する準備があらかじめ整っていた個体であったから。理由はハッキリしないが、考え方は大方間違ってはいないはず。
それに、僕の知っている生物はあんな急激な変化はしない。蝶が芋虫からサナギになり、羽化して蝶の姿になるといった変化はあれど、何のステップも踏まずに生物として次の段階へと進むのは僕の知る世界ではあり得ない。
生き物の一つ一つは知っているものによく似ているけれど、本質的には全く別の生き物なのかもしれない。となると、この世界も僕の知る世界ではない可能性が更に高まり、余計にもとに戻るための手立てが失われてしまった。
見知らぬ世界にひとりぼっち。
心細さは増すばかりだ。
だがしかし、良くも悪くも例の巻き貝のおかげで自分の目指すべき姿はなんとなくはっきりした。もとに戻るための手立てが無いのなら、このまま生きていくしか無いのなら、死なないためにもあの巻き貝のようにより強く変化していくべきだと。
『弟妹達は……なんか呑気だけどさ』
近所で巻き貝と魚とで激しい戦いがあったにも関わらず、弟妹達は相変わらずの間抜け顔でぼーっと虚空を見つめている。仮にも野生動物のはずだが、自分たちの命にも関わる戦いを見たと言うのに、まるで対岸の火事とでも言う様子。まるで危機感が感じられない。
件の巻き貝も、進化した後もよく僕らの居る所を訪れては、相変わらず藻を食べている。多少姿が変わる事ぐらい、この世界では何でもないような事なのだろうか。
『でも、そろそろこの生活も変えるべきだよな』
ここ最近、短かった前足が少し延びてきて、後ろ足らしきものも小さいが生えてきた。それ即ち、自分の身体がより活動に適したものになって来ていると言う事。
今までは流れてくるミジンコをキャッチして食べるだけの生活だったが、そろそろ自分から動いてエサを集めに行かないと栄養が足りなくなるかもしれない。
『ねえ、弟妹はどう思う?』
いつものように横に並んでいる弟妹の一匹に目を向けて、言葉が出るわけでも無いのに口をパクパクさせた。あの日、卵から出るのを助けたやつだ。未だにオスかメスかもわからないが、なんとなく他の弟妹よりは仲が良いような感じがする。あとちょっとだけ知能が高そうな感じも。
――………?
が、しかし、その弟妹も反応こそしてくれたが怪訝そうに首を傾げるだけだった。反応してくれるだけまだマシだが、意志疎通が取れないのはやはり寂しい。
何だか悲しい気持ちになってぺたんと伏せていると、隣の弟妹が慰めるように寄り添ってきた。弟妹がそんな行動をとった事に少し驚いたが、そのお陰で悲しさや寂しさが紛れ、今度は此方から寄り添った。暖かさこそ感じられないが、トクトクという心臓が脈打つ音は伝わってきて、また少し安心する。
もう僕が人でないのなら。
完全にイモリになってしまったのなら。
僕は大切な弟妹たちを守るためにも、お兄ちゃんとして強くならなければ。
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