第3話
また数週間が経過した。
僕の身体は大きくなり、前足と後ろ足はしっかりとした形になってきている。今まで外に出ていたエラも中へと引っ込んできて、肺呼吸に移行する準備が進んでいるようだ。
弟妹の中でもそうした個体はちらほら現れてきていて、特にいつも隣にいる弟妹は僕の姿にだいぶ近い。よく食べる子だったから、成長もそれなりに早いと言う事だろうか。
まあ、そんな訳で弟妹達が成長してきたのは良かったのだが、そこで問題が生じる。
エサが、足りなくなってしまったのだ。
今までは流れてくるミジンコやボウフラなんかを食べているだけでどうにかなっていたのだが、成長して身体が大きくなってきたことで、それだけでは足りなくなってしまった。
このままの生活を続けていてはみんな餓死してしまうだろうし、これからは自分の力で食べ物を確保しなければならない。
『少し怖いけど、頑張ろう』
今までは天敵から隠れやすい場所にいたから大丈夫だったが、狩りをするならば自分から天敵の存在する場所に飛び込んでいかなければならない。
とりあえず目当てとして考えているのは『ボウフラ』や『イトミミズ』あたりだ。
ボウフラは居るとすれば水面近く。怖いのは遮蔽物や隠れる場所が一切無い所と、水面近くを泳ぐ魚や鳥に襲われる事。
イトミミズは居るとすれば水底。怖いのは、泥に隠れているザリガニのような生物や、ヤゴなんかに襲われてしまう事。特にヤゴはあの目にも止まらぬ速さで伸び縮みするアゴが恐ろしい。
と、言うか。そもそも全身から電撃を発したりする巻き貝がいる世界で、その脅威を見た目だけで判断出来ない事が一番恐ろしい。どんな生物がいるのか完全に把握している訳でもない。
生物に関しての自分の知識が一切通じないのかもしれないのだから、何も知らずに突っ込むよりも中途半端な知識で安全だと判断してしまう事が怖いのだ。
『でも、やらなきゃみんな死んじゃうからね。お兄ちゃん、頑張らないと』
死ぬのが怖い。こんなにも弱い身体で、たった一匹で見たことの無い場所に行くことが怖い。
でも僕はイモリの兄妹で一番のお兄ちゃんだから。弟や妹達の為にも僕がまず頑張らないといけない。
『じゃあ、行ってくるね』
いつもの隣の弟妹に目で合図をして、住み処の葉っぱの上から飛び降りた。
下の様子を確認しながらゆっくりと沈んでいき、やがて水底近くの葉っぱの上にたどり着く。そこから見下ろした水底の様子はドロが溜まっているような状態で、見た目だけなら田んぼを連想させるような環境だった。生き物らしき姿は……大きなものは、見当たらない。ブラインシュリンプに似た姿の生き物や、イトミミズらしきものが泳いでいる以外、生物らしき姿は見当たらない。
『いけるかな……?』
一見するとあっさり食料を確保できそうな雰囲気だが、油断は禁物だ。こういう食料の豊かなところほど、捕食者も集まってくるのが世の常だ。
とりあえず、近くの葉の上に落ちていた枯れ葉を口で引き寄せ、ドロの上へと放り投げてみる。何かがドロの中に潜んでいれば反応を示すだろうし、そうでないなら一定の安全は保証される。
枯れ葉はくるくると回りながら沈んでいき、底につくとぶわりと泥を辺に散らした。その瞬間、視界に動くものの影が映った。
―――ゴボッ!
土煙を勢いよく撒き散らしながら、ドロの中から巨大な口が現れた。それは凄まじい勢いで落ちてきた枯れ葉に噛み付き、生き物ではないとわかった途端に吐き出してブルブルと身体を揺らす。
『……いたのか』
それは平べったい身体をした大きなカエルのようだった。
自ら身体に付いたドロを落としてくれた今こそその全体像がハッキリと見えているが、ひとたびドロに潜られればすぐにわからなくなってしまうだろう。平べったい身体による隠密性もさることながら、体色までドロの色にかなり寄っている。これでは見つけるのに苦労するはずだ。
『どうにか見つけやすくできないかな。それっぼい特徴とか、あ!』
少し観察してみると、カエルの目玉の部分だけぼっこりとふくらんでいる事に気がついた。あれだけ平べったい身体でも、ドロに潜るときにあの目は少し飛び出すんじゃないだろうか。
そう考えて辺りをよく観察してみれば、そう数は多くないが確かに見える、カエル達の大きな目。情報ゼロの時は全く気が付かなかったが、いるとわかれば探しやすい。ビー玉のようなツヤツヤした目がドロの下から覗いている。
『よく見れば、結構見つけられるな』
ただ、彼等の潜んでいる場所自体はこれでよくわかるようになったが、恐ろしいことに変わりは無い。何より身体の大きさが違うせいでスピードに差がありすぎる。先程、枯れ葉に反応した時の飛びつくスピードといったら、今の僕ではまず避けられないほどの速さだった。
例え相手の隠れている場所がわかっていたとしても、近くを通ったり泥を撒き散らしてしまえばすぐに襲われてしまうのは目に見えている。しかし食糧難の今、狩りをしなければ飢えて死んでしまう事もまた事実。
天敵を恐れて飢えて死ぬのであれば、今は弟や妹たちのために腹を括れ。何か切り抜けるための方法はあるはずだ。
思い出せ、人であったことは覚えているんだ。カエルの知識ぐらい、頑張ればきっと思い出せるはず。
『カエル、カエル……あ、そうだ!』
確か、水棲のカエルは獲物に襲いかかる条件が陸生のものと違っていたはず。陸生のカエルは視界に入った動くものを反射的に飲み込む習性をしていたはずだが、水棲の生き物ではそもそも視界による情報が有効である事が少ない。
で、あれば観察次第で糸口が掴めるはず。
『目以外に確認できるものはあるか?』
再度じっくりと観察を行う。
予想通りというか、あまり目を動かして周囲の確認をしているような様子はない。
ならば、彼らはどうやって獲物を探している? 何もないと言うことは流石に無いと思うのだが。
『そういえば、さっき枯れ葉に飛びついたときどんな動きをしてた?』
本能に基づいて行動を行う生物なのだ、動作の一つ一つに必ず理由が存在しているはず。
水草の茎に絡み付いていた枯れ葉をまた一枚引っ張って持ってくる。そしてカエルが隠れているだろう場所の確認を行い、枯れ葉を投げ落とした。
―――ゴバッ!
枯れ葉が底につくと同時に巨大なカエルが飛び出し、
あれだ、間違いない。
『手だ。獲物の居場所が視認できてたら手なんか使ってわざわざかきこんだりするもんか。おそらく視力は見た目ほどは無い。手で周囲の動きを検知して、獲物の位置を把握しているんだ』
仕組み自体ははっきりとはしていないが、ほぼ確実に手を使って獲物を探っている。それならば、彼等の検知範囲を避けながら狩りをする方法もあるはずだ。
あとは泥から覗いている目を参考にして慎重にルートを割り出せば、多少の危険はあれど移動は可能だろう。
『よし、行こう』
腹をくくって泥の上に降り立つ。
ふわりと水中に泥が巻き上がり、こちらの動きが勘付かれていないかの緊張で皮膚がぞわりと震えた。
幸い、周りのカエルたちには気付かれなかったようで、こちらに対して何かが襲い掛かってくるような気配は感じられない。
『さっさと狩りを終わらせて帰ろう』
イトミミズやブラインシュリンプに似た微生物の姿はそこらじゅうに確認できる。無茶をするまでもなく、充分な食料の確保は出来るだろう。
周りのカエルたちに気を付けつつ、ひとしきり狩りをした僕は、水草の茎を伝って家族たちの住処へと戻るのだった。
だから、その時は気が付かなかったのだ。
水面近くを悠々と泳ぐ巨大な影に。
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