生態系最底辺の魔物に転生しましたが、平和な生活目指して全力で生き残ります 〜最弱の両生類、進化を続けて最強の龍神へと至る〜

青蛙

第一章・産まれ落ちた小さな命

第1話




 ふと、目が覚めるとそこは水の中だった。

 若干の濁りと、巨大な水草と、水に流されていく奇妙な生物が目に映る。


 何故自分は水のなかに居るのか。巨大な水草や生き物の居る此処はいったい何処なのか。

 ふと、早く水から出ないと溺れ死ぬ!なんて思ってじたばたと藻掻くが、思うように手足が動かない。何と言うか、そこにあるはずの四肢がほとんど無くなってしまっているようなのだ。


『何が、どうなってるんだ!?』


 四肢と同様に喉も思うように動かず、言葉を話すことが出来ない。ただ無意味に口をパクパクと動かしただけ。それどころか、水中なのに何故か普通に呼吸が出来てしまっている。

 寝起きでぼんやりとしていた頭がはっきりしてきたせいか、そこでやっと自分の全身の感覚が普段と全く違うことに気が付いた。どうも頭はやけに大きくなっているし、手は短くて足は存在しないし、首あたりからは何かが延びている感覚があるし、胴はやけに長くて腰からは更に何かが伸びているような妙な感覚があるし。


 違和感を挙げ出したらきりが無いのだが、兎に角自分の身体の様子がおかしいのだ。明らかに人間のそれでは無くなってしまっている。


『待て待て待て、何が起きた? 僕は何をしてたんだ? どうしてこうなったんだ?』


 理由も無しにこんな事が起きるなんてあり得ない。きっと何かしらの経緯があってこんな事になったのだと思考を巡らせるが、何故か自分がこの状態になる前に何をしていたのかが思い出せない。


『あれ、何で……記憶が』


 うっすらと、自分が人間だった記憶は残っている。社会人で、毎日ろくに休みすらとれずに必死に働いていた事。それは覚えているのだが、細かい記憶がまるで思い出せないのだ。


『うう……仕方ない。兎に角今はこの状況をどうにかしないと』


 何にせよ、このまま水中でぼんやりとし続けるわけにも行かない。とりあえず此処はいったい何処なのかと周囲を見渡してみると、自分はゼリー状の何かから丁度出てきた所だと言うことに気付いた。そして、そのゼリー状の何かは巨大な水草に付着しており、自分の周りには同じようなゼリー状の何かが付着している事にも気付く。そして、その中に生物が入っているのを見付けた。


『これは……イモリ、か?』


 一瞬魚か何かかと思ったが、中に見えるのは明らかに魚では無い。どちらかと言うと、オタマジャクシみたいな黒い何か。一瞬カエルかとも思ったが、カエルと違って頭の方がウーパールーパーっぽいエラのついた特徴的な形をしている。

 大きさはだいたい今の自分と同じくらいでかなり大きい。そして、そのオタマジャクシみたいな黒い何かが入っているゼリー状のものに自分の姿が反射して映った。


『予想はしてたけどさ』


 なんとなくそうではないだろうかとは思っていたが、予想通り自分の姿はゼリー状のものの中にいる何かとよく似た姿をしていた。黒くて、エラが生えてて、手が短くて足が無くて、大きな尻尾がついている。違うのは前足が生えている事だろうか。


 イモリの幼生の姿、そのままだった。


 現実が受け入れられない。冷えきった頭によって思考は停滞し、絶望で自身の意識すらあやふやに感じられた。自身が人でなくなる事がこれほど恐ろしい事だなんて知らなかった。時折冗談で言うような「猫になりたい」だの「鳥になりたい」だの、そうした考えが例え冗談だとしても如何に考えなしか思い知らされる。


―――プチ……ミチミチ……


 ふと、背後から音がして振り返ると、今自分が乗っかっている水草に付着していた卵の一つから、自分と同じ姿をしたイモリの幼生が産まれてくる所だった。しかしいつの間にかぬるりと卵の外に出ていた自分とは違い、彼(もしくは彼女)はゼリー状のそれから抜け出すのに苦戦しているようで、何度もくねくねと身をよじらせている。

 どうしたものかと思ったが、イモリとは言え今の自分からすれば弟妹とでも言うべき相手。イモリになってしまった経緯は不明だし、これから何をするかも全く決まっていないが、とりあえず家族と言うものは大切にすべきだと言う考えから助けに向かう。


 足が無いので人のようにバタ足で泳ぐ事は出来ないが、身体全体をくねらせ続けることで前には進む。そうして弟妹の元へとたどり着き、卵の膜に噛みついて卵から脱出しやすいように穴を広げた。

 ゼリー状の卵の膜に苦戦していた弟妹はそれでなんとか卵から脱出し、手足の無い身体でゆったりと葉っぱの上に寝そべる。反応でも貰えないかとじいっとその顔を見つめてみたが、反応らしい動きは全く無し。目の前で首を傾げてみたり、葉っぱの上で転がってみたがやはり反応は無し。ただぼんやりと、その間の抜けた顔で水中を眺め続けるのみである。

 もしかしたら自分以外の弟妹達も元は人間だったりしないか、何て期待もあったのだが、残念ながらそう都合良くは行かない。弟妹のイモリはただのイモリのようだ。


『はあ……仕方ないか。ほんとに一人ぼっちになるよりは、ずっとマシだよね』


 こうなってくると心細い。突然見知らぬ場所に放り出され、その上イモリの姿に変えられ、人間だった時の記憶も曖昧で自分の存在が地に足付かず、元の生活に戻るための逃げ道なんて存在しない。

 周りに意志疎通が出来そうな存在も無く、ただただ不安がつのるばかり。


『心細いなぁ……なあ弟妹』


 先程助けた弟妹に近寄り、その背中に重なるように倒れこんだ。相変わらず弟妹はぼんやりと虚空を見つめるのみで反応は無く、人恋しさは紛らせない。しかし、確かにその身体から伝わってくる鼓動が生を感じさせ、仲間がいると言う事実がこの心細さをほんの少しだけ紛らしてくれた。



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