第30話 キューピッド・パニック 後
~語り手・エンベリル~
シャービアンに当たって、他の女子といちゃつき出す可能性を考えると、考えただけで青筋が浮かびそうになるわ。
はた迷惑な奴―――ゲンコーが現れたら、どうしてくれよう?
手打ちにするわけにもいかんから、矢を盗んだ店に突き出して好きにしてもらうか?
妾達は森の入口まで来ておった。
「オルタンシア」と念じながら進めばいいのじゃな。
しかし何故オルタンシアじゃ?確か
そのまま進んで行くと、その答えが見えてくる。
その店―――「オルタンシア」~願いを叶える魔道具屋と書かれている―――の看板が見えてくると同時に、咲き誇る紫陽花が目に入ったのじゃ。
もしかして、これは季節を通してずっと咲いておるのか?
みなで顔を見合わせたが、リリジェンが先陣を切って店に入った。
店の中には10人ぐらいは座れるテーブルと椅子があり、カウンターが奥にある。
周囲は不思議なもので一杯じゃ。
謎の仮面が大量に壁に飾られ、台に扉のついた置時計や、普通の物品に見える靴や服がある。ランプや帽子のコレクションもあった。
何より特別目を引いたのは、ここの住民とおぼしき2人組じゃった。
一人は紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。
両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめておる。
艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。
もう一人は青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。
青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。
左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。
淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身
この2人は紫陽花の化身のようじゃった。
~語り手・フィーアフィード~
紫陽花の化身の様な2人を見て、挨拶するのを忘れていた。
そうしたら2人の方から話しかけられた。小柄な方が
「こんにちは、私はルピスと申します」
と言い、長身の方が
「どうも!わたしはラキスという!」
と自己紹介してきたのだ。
「「ようこそ、ここは願いの叶う魔道具屋。私たちは店員でございます」」
「えっと………ここがゲンコーがキューピッドの矢を盗み出した店か?」
「そうです、あの方はお客様でしたが、同時に泥棒も働いて行ったのです」
「もともと、透明マントも邪な目的で買って行ったんだけどね。女風呂覗き放題、とか言ってたよ?着替えものぞき放題ーとかね!」
「うぇ、せめてもうちょっとシーフらしい目的で買って行けよ………同じシーフだと思いたくねえ。捕まえたら透明マントも没収しようぜ」
「それがよいの。ゲンコーの奴、そこまで女の敵じゃったか」
「わたしはその人を知りませんが、サイテーなのはわかりました!」
「………弁護の余地もありませんね。同じ男として情けないです」
「それで「縁壊しの矢」を買いに来られたのでしょう?」
「いくつ買って行く?3本につき、献血1回だ」
「システムについては、ギルドマスターさんに聞いているんでしょう?」
「うちは献血人数が多いほどありがたいけどな!」
「おう、聞いてるぜ。1人3本だ」
「それでは献血をお願いします。量はゴブレット1杯程度ですからご心配なく」
出てきたのはごつい注射器だった。髑髏がついている。あと針がなんか白い。
俺達が引いているのが分かったのだろう、小柄な方が
「これはヴァンパイアの牙で出来た針なのです。これによってヴァンパイアは、自分が牙を立てて飲んだ時と同様の血の味を再現できるのです」
そう言って説明してくれた。髑髏の方は?と思っていると、長身の方が
「ちなみにデザインは単なる飾りだから気にしなくていいよ!」
と言った。普通気になるように思うんだが。
「では。痛くはありませんからね………」
小柄な方が採血していく。
順番は僕、リリジェン、ベリル、クリスだった。
ちなみに本当にちくりともしなかった。
「矢を取りに行ってきますので、少々お待ちくださいませ」
そう言って小柄な方が店の奥に消える。
「うちは店頭に出してない品の方が多くてね。私はどこに何があるか大雑把にしか覚えてないから、ルピスが行くのさ」
長身はそう言ってカラカラと笑った。
笑うような事ではない気がするんだが、気のせいか?
~語り手・クリスロード~
ここの2人は対照的で面白いですね。意外と仲は良さそうですが。
おや、ルピスさん(小柄な方)が帰って来ました。
手には矢じりから矢羽根まで真っ黒な矢を持っています。
「「縁壊しの矢」12本でございます。使い方をお聞きになりますか?」
「教えて下さい。どういう使用法ですか?」
「まず1つは、キューピッドの矢の効果の打ち消しです」
「というと、もう1つあるのですか?」
「はい、キューピッドの矢の効果を受けていない人に用いると、その人の「縁」の中で、一番の「悪縁」を消す効果があります。この矢は使い捨てです。あと、弓で撃たなくても、手で刺すだけで効果がありますので」
「それはそれで、使い道がありそうな気がしますね。余っても大切に保管するべきでしょう。どこまでゲンコーさんがやらかしているかで、変わってきますが」
「そうだ、ゲンコーはいまどこだ?あんたたち、わからないか?」
「分かりますよ、ラキス!」
「はいはい」
ラキスさんがカウンターの裏から、大きな銀の盆を出してきました。
テーブルに置くと、そこにルピスさんが『コールウォーター』で水を張ります。
なるほど、水鏡に対象を映し出すというものですね。
「「透明化のマント」を使用中ですが、この水鏡では見えますので」
そこに浮かんだ光景を見て、私は久しぶりに焦りを感じました。
もうギルドまでさほどもない辺りまで、ゲンコーさんが来ていたからです。
「これは………早く帰りましょう、みなさん!」
「ちょい待ち!キューピッドの矢って使い捨てか?それだけ確認し忘れてた!」
「再利用可能ですね。実は弓で撃たずに突き刺しても使えますが………あのお客様は知らないと思います。説明書には「キューピッドの矢」としか記載されていません」
「あ!透明化のマントって 『センスマジック』で看破できますか?」
「魔道具ですので、見えますよ」
「なおさら早く帰らないといけません!」
~語り手・リリジェン~
私たちは店員さんへの挨拶もそこそこに、店から飛び出しました。
しばらく進むと道が見えてきたので、幻獣に乗って走ります。
飛び込んだ冒険者ギルドは、昼なので割と閑散としています。
そしてあんまりな光景が。
仲間が引き離そうとしているようですが………。
戦士(男)とドワーフ(男)が濃厚なキスをしています。「愛してるよ」「俺もだよ」
早く、縁壊しの矢を。
クリスさんが縁壊しの矢を2人に突き刺します。
「おええー!」「あいつはどこ行ったぁー!」
そのパーティによると、ゲンコーがいきなり目の前にあらわれて、女性メンバー目がけて矢を打って来たのだとか。
しかしゲンコーは弓矢は×技能。びょいんっと逸れて男二人に。
全然痛くないので、顔を見合わせたのが敗因だったとか。
私は『無属性魔法:拡声』で、現在の状況をアナウンスする事にしました。
「現在刺さると次の瞬間に見た者を愛してしまう矢を持った男が透明になって徘徊中!十分な注意をして下さい!なお、そいつの弓矢技能は×技能!」
ちなみに×技能というのは、本人は何故か得意だと勘違いする傾向があります。
「『センスマジック』!」
冒険者ギルドなので、光るものは沢山ありますが、人型のは………いた!
「受付の方です!」
みんなで走って私の指さす方に向かいます。
辿り着くまでに、いぶかしげな顔のテフィーアさんが受付の窓を開けます。
そこに現れる、水色のフード付きマントをかぶった人!
「愛してくれっ!」
と叫んでテフィーアさんに矢を打ちましたが、びょいんっと音を立てて矢はテフィーアさんをすり抜け、後ろにいた人物に!
ギルマスー!!!
ギルマスは矢を受けるとよろめいてカウンターに。
置かれていた雑誌を目にすると「綺麗だよ××さん………!」と雑誌に頬ずりを!
変被害その2です!
受付まで駆けつけた私達を見て、ゲンコーは私とベリルにウインクし
「愛してしまいな!」と矢を放ってきます!
思わず避けた私達。避けた後にはフィーアとクリス!
「げっ」と声を残して掻き消えるゲンコー。
私とベリルは、見つめ合って抱擁を交わしかけていた2人に「縁壊しの矢」を打ち込みます。むごい光景は回避されました。
フィーアとクリスはものすごく気まずそうな顔になっています。そうでしょうね。
ギルマスにもカウンター越しに矢を突き刺します。
正気の戻ったギルマスは、怒りで真っ赤になり「ゲンコー!!」と叫んでいます。
「ゲンコー!!貴様の冒険者登録は抹消だ!!」
もう一度『センスマジック』して、奥への通路を走っていくと、女性冒険者の集団がいます。しかもそこにゲンコーの反応が!
「ふっ、誰からが良いか迷ってしまうな!端からキッス担当、なでなで担当、膝枕担当、ハグ担当………大丈夫、ローテーションしてあげるから!」
ゲンコーが残った矢を全て放ちます!
「おい、君達!今は危険だ!」
丁度良く、ゲンコーと女性たちの間に割って入る男性。
矢は全て彼のお尻に着弾しました。
ごめんなさい、ありがとう見知らぬ男性!
変な事になる前に、男性に「縁壊しの矢」を突き刺します。
そして、消えて逃げ出そうとしているゲンコーに『中級風属性魔法:ライトニングバインド』!怒っているので『バインディング』ではなく、動くとダメージの入る『ライトニングバインド』です!
そして私がフードを脱がすと、現れるゲンコーの姿。
私はゲンコーを玄関の広間まで引きずって行きました。
そして悪事を『拡声』で広めます。
さっき狙われた女性や、最初にキスしていた男性たち、ついでにギルマスとフィーアにタコ殴りにされるゲンコー。
「クリス、参加しないのですか?」
「虚しいので、いいです………」
その後のゲンコーの身柄は、最終的に盗賊ギルドに。
盗みが行えなくなる魔道具をつけられた上で強制労働だそうです。
フィーアはどんなものか知っているようで、ざまあ、と言っていました。
私たちは、回収した「キューピッドの矢」を「オルタンシア」に返しました。
縁壊しの矢は6つほど余ったので、城で保管する事に。
もう2度と、こんな騒動はゴメンです………
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