第26話 三大欲求・力 2
~語り手・リリジェン~
がらごろと馬車が進む。普通の馬ではなく、機械の馬なのでスピードは速い。
馬車には緊張感が漂っていた。第一王女の離宮が近いからだ。
この辺からそろそろ、本道を逸れて枝道に入る。馬車を隠すためだ。
離宮から見えず、こっちから見えるという位置にフィーアが泊めてくれた。
4月の夜はまだ寒いけど、我慢。
馬車から出た私とベリルは、術に入りました。使うのは私ですが。
まず『インビジビリティ(透明化)』をかけた上に、『浮遊』の術をかけます。
離宮の最上階を目指します。『シースルー(物体透視)』で最上階を覗き見ると………王女様らしき人が居ました!危ない!
『インビジビリティ』と『浮遊』をかけなおし、延長。空中でしばし待ちます。
王女様がいなくなりましたので、少しづつ最上階に近寄ります。
王女様は帰って来ません。では『物体透過』して部屋に入り込みます。
最上階は大きな広間でした。豪華ですが、くつろぐって感じではありません。
最低限暮らせるだけの丁度は、質のいいものを揃えてあります。
戦魔は気付いていません、不意を打つ必要はないので、正面に回り込みます。
ん?という顔でこっちを見つめる戦魔。私は術を全部解きました。
「こんにちは、ちょっとお話に来たんですけど、お時間良いですか?」
「へえ………こっちの人間もやるもんだね。俺が何か分かっているんだろ?」
「上級戦魔さんですよね。でも、実は「ブレイク」させて貰うつもりなんです」
「………俺はまだ楽しんで居たいんだがな」
「でしたら賭けをしませんか」
「賭け?どういうものだ?」
「貴女とこちらの女性が勝負をして、こちらが勝ったらブレイクで余計な文句はなしという事でお願いしたいんですが………どうでしょう」
「ほう?その女が俺より強いというのかよ」
ここでベリルさんがようやく口を開きます。
「強いぞ、男。お主も強いようじゃが、今迄の動きから見て決定的ではないと見た」
「そうかよ、女。名を名乗れ」
「斬殺女王、エンベリルという。男よ、名乗れ」
「シャービアンだ。上級戦魔シャービアン。その勝負、受けようじゃないか!」
「よかろう、戦おうではないか!」
いきなり戦いが始まりました。これは二人とも完全に本気です。
私は『広域エリアサイレンス』をかけました。
この最上階は一切の音がせず、魔法も使えない空間になりました。
無音の世界で、シャービアンとベリルが真っ向から勝負します。
私の目から見て、筋力も敏捷性もシャービアンの方が上。
なのに、押しているのはベリルなのです。
シャービアンが斬りこめば、巧みに剣先を逸らされ、体勢までも崩させる。
防御は巧みにかいくぐり、シャービアンに傷がつく。
ベリルは決して真っ向から剣を押し合わせようとしなかった。
呪文は今使えませんが無音のもの―――ブレスなどは使えます。
ベリルは氷雪のブレスで相手を驚かせ、その隙を狙ったりもしています。
とにかく全てのベリルの動きは、最終的に相手を追い詰めるためのものでした。
相手がからめ手に打つ手を失って、直線的な攻撃に出たところを―――。
チェックメイト。
シャービアンの首筋にベリルの剣が突きつけられました。
私は『広域エリアサイレンス』を解除。荒い息遣いが聞こえるようになりました。
「シャービアンさん、ベリルさんの勝ちでいいでしょうか?」
「クソッ………一撃も入れられなかったか。なのに俺はこのザマだ」
シャービアンさんの全身には、ベリルが入れた浅い切り傷があります。
「わざと深くきらなかったな?」
「当然じゃ、そんな労力のかかる事はせぬ。最後で入れば良いのじゃからして」
「そうかよ………あせってまんまと誘導された俺が間抜けだって事か」
「これでハマらんものは、そうそうおらぬよ」
「慰めるなよ………恥ずかしいな。良し、決めた。ブレイクに関しては黙認してやらぁ。ただ、エンベリルを訪問する権利が欲しい。こんないい女そうそう居ないぜ」
「お主もいい男だと思うぞ?そうじゃ、毎朝の鍛錬に付き合ってたもれ」
「望む所だ、どうすればいい?」
「リリジェン、記憶球とやらで、こやつに鍛錬場の情報を流してやっておくれ。マナーも含めての。それと変装指南もじゃ」
「私が万能だと思ってません?やりますけど………まず冒険者登録からですね」
私は中ぐらいの記憶球を作り出した。今回はベリルの記憶がベースです。
記憶球は、他者の記憶を、受け取り頭に当てた相手に、強制的に流し込む術です。
シャービアンさんは、ためらわず受け取り、さっさと自分のものにしたようです。
「へえ、いい場所あるんじゃねえか。お前以外に手ごたえのある相手はいなさそうだが、遊ぶにはちょうどいい。お、将来性のある相手もいそうだな。俺は将来性のあるやつを鍛えるのも大好きなんだ。まあ、その前にお前から吸収させてもらうけどな」
「交渉は終わった。無理に勝つ必要もない故、お互いに高め合おうぞ」
「全くだ。こんな小娘に負けたんだからな」
2人は談笑していますが、そろそろ帰らないといけません。
私はおそるおそる二人に王女様が来るとまずいことを告げます。
「おお、そうじゃったな。そういえばお主、どこまで王女に力を貸しておる?」
「下級と中級の悪魔の兵団と、カリスマ、軍団指揮だよ」
「念を押すが、ブレイクの時にそれも取り上げるからな?」
「マジか………まぁ、1人だと何もできないひよっこだ。自力で学ぶがいいさ」
「いいんじゃな………よし。では事が片付いたら―――どう連絡したらいい?」
「あ?普通に念話で………使えねーのか?!おい、そこのガキ!エンベリルに念話を教えてやれ!生活魔法とかは使えるのか?使える?なら詠唱するだけだしいけるな」
「えーと、エンベリルさん呪文はこうです………覚えました?やってみてください」
無事、シャービアンさんに通じた模様。
「ではまたの!ブレイクはすぐじゃから、別れの言葉でも準備するがよい!」
そう別れの挨拶?をするべリルをお姫様抱っこして、ここに来るまでの手順をもう一回繰り返しました。馬車に帰りつきます。
「報告はギルドに帰ってからで。全員、馬車と一緒に転移拠点!」
馬車は、冒険者ギルド・実技試験場の近くに出ます。
私たちは、ギルマスの部屋に帰りつきました。
アッシュさんも察したらしくテレポートしてきてくれました。
「妾の勝ちじゃ。ブレイクしても、召喚者の能力を剥奪しても何も言われぬぞ」
「うん、やはりな。君の方が強かったか」
「あれは、悪魔としては若いのじゃろう?妾も若いが経験の差じゃな」
「ああ、その通りだ。ではブレイクしようか………ブレイク!………完了したぞ」
「引き続き能力の剥奪だ………うん、器に見合わぬ能力がいくつもあるね。剥奪だ」
アッシュさんが言うには、ブレイクされた時点でシャービアンさんは、下級と中級の悪魔の軍勢を連れて魔界に帰ったそうです。
さすが戦魔、引き際がいい、と褒めて?いました。
「それでアッシュさん、ブレイクと能力剥奪の報酬って?」
「ああ、それね………私は芸事を見るのが好きでね。特にダンスが好きだ」
「はぁ、芸事………ですか?」
「私の為だけに、最高のダンサー………3人いるようだから3人にしよう………に、私の為だけのダンスを考案して躍らせて欲しい。それと有望なダンサーを100名集めて、王の間で舞わせて欲しいな。わたしはこっそり王の前で鑑賞するよ」
「王の前って………バレません?」
「大丈夫だ。私の能力に抵抗できるものは、この国にいないと断言できる」
ギルマスの顔が引きつりました。私は慌てて話題を変えます。
「練習期間とかは………?いつダンス鑑賞会を開催します?」
「まあ、わたしもいいものが見たいので、1年与えよう。鑑賞会は来年の今日だ」
「………分かった、王にお伝えしよう」
「今、伝えてくれるかね?」
「………分かった」
ギルマスは王と連絡を取るためにデスクに向かった。
多分何人も大臣を経由したのだろう。えらく時間がかかった。
国王への説明もある。ギルマスは念話器の前で疲労を濃くしている。
「アッシュさん、それ、私達も見れますかね?」
「さあ?彼に聞けば?」
さすがに念話の邪魔はできないので、後で聞くことにしようっと………。
~語り手・エンベリル~
念話中のはずのギルマスがばっと顔をあげてこちらを見る。どうしたのかの?
「カリスマ、軍団指揮の亡くなった王女が、傭兵団を解雇したら、暴れ始めたそうだ!違約金代わりにこの館の物を貰っていくとか言って!お前たち、もう『テレポート』できるんだろう?行って加勢して来てくれ!王がこちらの落ち度だから条件は飲めんとかいう前にだ!言わないとは………そこまでバカではないと思うが!」
何と。その王女はよほど荒くれ者の指揮に向いておらぬようじゃな。
さっさと行って鎮圧しよう。
「リリジェン、『テレポート』を頼むぞ」
リリジェンがはい、と返事をして『テレポート』を4人分かける。
流石に今日は魔力を使いすぎなゆえ、魔力石を使っておるようじゃな。
妾達は、離宮の中庭に出現した。
おお、ガラスが割られ、火の手が上がっておるの。
妾は、暴れている奴の方に向かって行く
「降伏するなら良し、でなければ切るぞ!手加減できねばあの世行きじゃ!」
~語り手・フィーアフィード~
ううん、僕は何をしたらいいんだ?とりあえずスーザンと避難誘導でもするか?
僕は離宮の中にはいり、火事で火にまかれていた人たちを、スーザンに乗せて外に出る、を繰り返す事にした。火を消すのはリリジェンがやるだろう。
火事の現場から人気が無くなると、外に走り出てくる連中を選別する。
傭兵だったら、スーザンと一緒に黙らせて、避難してくる人なら一纏めにする。
正直、これぐらいしかやる事がなかった。
~語り手・クリスロード~
私は、屋敷の中を怪我人を探しては治したり避難誘導したりしています。
傭兵の場合は治した後『中級光属性魔法:ルーンロープ』で縛っておきます。
火にまかれる心配はないでしょう、リリジェンが鎮火に向かいましたし。
王女の元からついている王国兵も到着し始めました。
私は彼らに傭兵を引き渡し、ギルドからの応援だとアピールする事にしました。
そんなこんなで、時刻は夜明けになってしまいましたね。
あそこで泣いている甲冑を身につけた女性、確かあれが王女様です。
悪魔を読んだ報いを受けた事になりますし、同情はしません。
あれだけの悪魔を呼び出したのです、生贄は間違いなく人間でしょうから。
事態を収拾し始めた王国兵に、帰ってもいいか許可を求めると、けが人の治療だけ頼むと言われました。了解しました。
疲れているリリジェンには休んでいてもらって、ひとまとめになっている人々の元に歩み寄り、手をかざして『治癒魔法:閃光の癒し』をかけます。
「他にけがをしている方!いたら申し出て下さい!」
王国兵が数人やってきます。傭兵との戦闘結果でしょう。
1か所に集まってもらって『閃光の癒し』をかけてあげました。
最終確認をすると、王国軍指揮官に帰還する事を告げ、メンバーを呼び集めます。
「転移拠点!」
~語り手・リリジェン~
大変な一夜でした………。
この後、ギルマスが国王との交渉で説明に難儀してたり、アッシュさんのお帰りに付き合ったり(病院の皆と会えました!)色々あったのですが。
とりあえず、王女様とかベルニウ公爵とかの禍根も置いといて。
依頼は、解決しました………!
とりあえず休みます。戦闘はしてないのに魔法の使い過ぎで死にそう………
ただ、今後シャービアンさんが度々遊びに来るようになります。
その時は、想像もしてませんでしたが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます