第8話 外伝~集合~
~語り手・エンベリル~
妾はまだ空が暗いうちに目覚める。
とうっ、と窓の木戸を開いても、空は暗い。寒いがいい空気じゃ。
全裸(就寝は全裸派じゃ)に風が吹きつける、心地が良い。
高級宿とは違うゆえ、窓にガラスなんぞ嵌っておらんからなぁ。
よいしょ、と、妾はいつもの服を衣装かけから下ろす。
全く防御を考えておらんように見えて、バニーレオタードには鉄版がいれてある。
かなりの高額で加工した一品じゃ。
寒くないのか、じゃと?………お洒落は我慢じゃ!と言いたいところじゃが、本当は妾に氷精の血が混じっておるから寒さは感じぬのじゃ。
もちろん、氷(水)系の呪文は得意じゃし、火系の攻撃は苦手じゃ。内緒じゃぞ。
精霊の血が入っておるからして、妾への物理攻撃は効きにくい。
これが今の服装でも前衛が務まる理由じゃ。
妾は物理攻撃を好む。軟弱なエルフの里が窮屈になるのも当然よなぁ。
齢200の記念日に飛び出したわ。飛び出してもう140年。俗世にまみれた………か?どうも未だに人間の時間間隔はわからん。
今のパーティにはフィーアフィードの小僧も居るゆえ、ちょっぴり気楽じゃ。
そんなことをつらつら思い出しながら、妾は身支度を終えた。
窓を開けておるので、人が見ておれば逆ストリップじゃが、裏庭には誰もおらぬ。
パーティ参加の証として貰った、テントウムシの時計で時間を見る。5時じゃ。
もう人が来ているであろう鍛錬所にでも行くか。まだ酒場は開いておらぬゆえ。
鍛錬所には、朝が早い連中が集まっておった。馴染みの面子じゃ。
「妾と戦いたい者はおらぬか?おったら相手するぞ」
「じゃあ俺が戦ってもらおう」
いつも突っかかって来る奴じゃな。周りが賭けを始めたぞ。
(「とうとうあいつが勝つと思うか?」「いやぁ、今回もエンベリルだろう」)
試合は、終始妾のペースじゃ。フラムベルジュを軽々と振り回して妾は「踊る」
それに押されて相手が下がる。下がり続ければ後に待つのは終いよ。
カンッと、相手の剣が高々と宙を舞い、地に突き刺さった。
「うむ、いい運動になったわ。毎回じゃが精進しろよ、貴様」
そう言い捨てて、妾は鍛錬場の端に引っ込む。剣を研ぐのじゃ。
周りの目など気にも留めぬ。妾は鍛錬場を後にした。
6時。そろそろ受付と酒場の開く頃よ。今日は受付で聞きたい事もあるゆえなぁ。
総合受付にテフィーアの姿がある。それを見て妾はすたすたと近寄っていった。
受付の窓をコンコンと叩くと、テフィーアが「はーい」とこちらに来た。
「テフィーアよ。結局今日妾達は呼ばれるのか?先に聞いておきたいのじゃが?」
「呼ばれますよ………これまでにも候補には上がっていたのですが”聖”クリスロード様の加入がトドメです。今日の正午に呼ばれてます」
「時間指定とか、感じが悪いのぅ」
「お偉いさんが集まるので、仕方がないんですよ、我慢してください」
仕方がないのう、と昼までには集合するであろう皆を思い描く。
妾と同じく朝早いが、宿の手伝いで遅れるリリジェンは、8時頃であろうか。
フィーアの小僧は、やはり妾と同じく朝早い。7時頃には出てくるであろう。
”聖”クリスロードは、昨日の酒盛り対決がこたえていた様子だが、律儀そうな性格をしている。ので、約束の午前中までには来るであろう。
妾が心配することは何もないなっと、妾は酒場に向かった
~語り手・フィーアフィード~
昨日の酒盛りのあおりで若干頭が痛い。そう思いながらも僕は起きだしてきた。
つけっぱなし―――実は非常に気にいっている―――の黒猫の腕時計によると6時だ。普段と同じ時間である。癖になってるな―――と僕は思った。
パジャマから暗殺者兼盗賊としての服装に着替える。どっちも真っ黒だが、暗殺者の服には音の鳴らないよう、ミスリルであまれた細い細い鎖帷子が仕込まれている。
手入れの面倒だが、有能な服を着込んでいく。
エンベリルの奴は、どうせケロッとして起きてきているんだろうな………と思い、若干ゲンナリするが、鍛錬場に行くのはいい事だ、僕は行かないが。
暗殺者の技は人前で披露することはない。するとしても盗賊ギルドでだ。
盗賊の道具を確認し、暗殺者の道具に移る。
こないだ買い込んだまま出番のなかった投げナイフだ。
刃を黒い木炭で塗っておく。絞首紐はピンと張ってみたが異常なし。
その他暗器を確認し終えると、僕は酒の残滓を落とすように水を飲んだ。
どうせ後でエンベリルにつられて飲む気はするがそこはそれ、気の持ちようだ。
宿から出ると、まっすぐ酒場に行く。どうせエンベリルが………ほらいた。
「おはようさん、ベリル。相変わらず早いよね」
「戯け、一時間しか違わぬではないか。他の客など極少数だぞ」
「思ったんだけど、俺ら妙に時間にこだわるようになってないか?」
「どう考えても、腕時計の恩恵であろうなぁ。重宝しておるぞ」
「やっぱりお前もか………リリジェンが元々時間にこだわるんだよなぁ」
「どう考えても影響を受けておるの、悪い気分ではないのがタチが悪い」
全くだと、僕は頷いた。
~語り手・”聖”クリスロード~
私は目が覚めるとまず、何を置いても『治癒魔法:視覚代行』をかけます。
視界が開けました。まずフェンリルのプリシラが視界に飛び込んで来ます。
「おはよう」枕になってくれていたプリシラに声をかけます。
「クゥ~ン」プリシラは顔をすりよせて来ながら「おはよう」と鳴きました。
フェンリルの言葉が分かるのか、ですか?
なんとなく分かります。幼少期からずっと一緒ですから。
グリフィンのスーザン、ケルピーのリエラも別格ですが、プリシラが一番です。
火の召喚獣は使えますが、普段使いません。私の属性が水なので、苦手なのです。
昨日の酒盛り対決は堪えました。まだ頭がふらつきます。
昨日貰った「犬の」腕時計を見ます。7時。寝坊………でしょうか?
私は普段、厳格に時間を定めていなかったことを自覚します。
今後は、この時計で6時に起きましょう。
着替えします。私は両足の関節が不自由なので、ゆっくりした着替えになります。
なので私の服はローブです。昔からそうです。
ズボンとか履いてみたいのですが、それは無理というもの。
今のローブなら歩けはするのですが、そんなものを履いたら立つのも困難。
なので履けても、ローブに負けずゆったりしたものになるでしょう。
私はローブの上に、装飾―――金の太陽神のシンボルの装飾された青い上着―――を羽織ります。これには一応、厚い鉄版が入っており、ブレストプレート扱いです。
それが終わったら、丁度腰の位置に来てくれていたブリシラに座ります。
髪を梳かします。もつれやすいので丁寧に………。
一応、この髪の長さ―――地面に触れるほど―――を維持しているのは、平和への希望―――願掛けですので、丁寧に。
終わったら、聖職者の帽子をかぶって、出発です。
プリシラに揺られて、ほどなくして着きました。
8時。この犬の時計は、色は違うものの、プリシラに似ていて可愛らしいですね。
酒場にはもう、まばらに人影がありました。私のパーティメンバーもいます。
「おはようございます」
「おお、早い方ではないかクリス。妾は、まだダウンしておるのではと思ったぞ」
「ははは、そこまでは引かない体質でして」
「それで―――飲むのだろうな?」
私の前に葡萄酒の水割りが差し出された。
~語り手・リリジェン~
「いやっほぅ、エサが丸太のごとく転がってやがるぜぃ」くまの目覚まし時計で起きたら、空にはまだ夜が居座っていました。寒いです。
まだ11月。雪は降っていないのですが、寒さはもう冬です。
常春の異空間病院にいたせいか、すっかり温度変化が苦手になってしまいました。
起きだして「いやっほぅ………」と言いかけの目覚ましを止めます。
今日は深い赤の修道服を身につけ、フィーアさんが選んでくれた薄いけど有能な防寒具を身につけます。
それから冷水が部屋の戸口に置いてくれてあるので、それで洗顔します。
冷たさに震えながら「火属性魔法・ウォーム」「火属性魔法・ドライ」をかけます。 暖かさが周囲を包みます。同時に湿気もやさしく飛びました。
魔法の贅沢消費ですか?大丈夫、冒険者ギルドに着くまでには回復しています。
いつものお手伝いをしに階下に下ります。厨房のバーサおばさんから、雑巾と箒とバケツを受け取ります。食事処部分と、宿中の廊下を手際よく掃き清めます。
こういう事をしている間は、寒さを忘れられるんですけれど。
さらに玄関の掃除をします。それが終わったら最後に食事処の準備。
バーサおばさんは、私に「いつも有難うねえ、リリジェンちゃん」というと、鳥のささ身がたくさん乗ったサラダを差し出しました。
これは料金外で、お手伝いのお礼だと言われました。
私は「ありがとうございます」と言うと、お客さん―――もうそろそろいらっしゃいます―――の邪魔にならないよう、カウンターの隅で、サラダを食べ始めます。
食べ終わって、「ごちそうさまでした」をいうのが最近の日課。
今日は、冒険者ギルドで呼び出しがあるかどうかが決まる日、ハルベルトを携えて、いつもの時間に向かいます。ベリルとフィーアはもう来ているでしょう。あの二人は、ギルドで宿をとっていますし。
昨日仲間になったクリスさんはどうでしょう。
ベリルと飲み合いなんてしてたから。二日酔いになってなければいいんですけど。
冒険者ギルドに着きました。
酒場にはもう、クリスを含めた仲間たちが揃っています。
聖なる花を求めているだけのはず。
なのに、心に入り込んで来る仲間が(昨日仲間になったばかりのはずなのにクリスも)私はとっても大事になっています。
「おはようございます、リリジェン」
「おはようさん、やっぱ8時に来るのな」
「おお、来たか!朝聞いたら、正午にギルドに呼ばれておるらしいぞ!心せよ」
大切な、仲間が、ここにいます。
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