起点-8

 寅三郎と翔は老舗探偵社の入っている雑居ビル前に覆面パトカーを止め、車から降りる。

「悪いね。残業代でないのに付き合わせて」手を合わせて謝る寅三郎。

「いえ、気にしないでください。

やっぱり、同じ奴らの仕業でしょうか?」

 翔は、探偵社が使っている2階の割れた窓を見上げる。

「どうだろうな。取り敢えず、急ごう」

「はい」

 二人は、雑居ビルに入り階段を上がるとすぐそこに老舗探偵社はあった。

「所長ぉ~」寅三郎は呑気な声を出しながら、探偵社のドアを開け入る。

 それに続く翔。

「遅い!掃除終わって帰って来るって。あんた、私のこと舐めているでしょ!」

 そう言ってこちらを向いて仁王立ちしているのが、寅三郎の雇い主の所長なのだろう。

 にしても、美人だ。

 セミロングの綺麗な黒髪、端正な顔立ちでレディーススーツに身を包み、大人の色気を醸し出していると翔は思う。

 あまりの美しさに見とれている翔に声を掛ける寅三郎。

「どうしたの? ぽぉ~っとしちゃって」

「きっと、私の美しさに見とれているのよ」髪をなびかせ翔にウインクする所長。

「はい」頷く翔。

「おいおい、マジか」寅三郎は顔を引きつらせる。

「取り敢えず、そこの段ボールで窓を塞ぐわよ」

 急遽、近所の店からかき集めてきたであろう段ボールを指す所長。

「はい!」

 翔は元気良く返事をすると、段ボールとガムテープを手にするとそそくさと窓を塞ぎ始める。

「君、良いわね」

「ありがとうございます!」

 所長の一言に喚起する翔を見て「こんな女が、タイプなんだ。」と思う寅三郎を他所に翔がほぼ一人で、割れて開いたままの窓を塞いだ。

「彼、やるわね。誰かさんと違って」ちくりと寅三郎に嫌味を言う所長。

「そうですか」軽く受け流す寅三郎。

「よしっ! これで大丈夫です」

 最後の窓を塞いだ翔は脚立から降り、手をパンパンっと叩く。

「ありがとう。え~っと」翔の名前を把握していない所長。

「翔です。瑠希 翔といいます。宜しくお願い致します。

所長さん」一礼する翔。

「まあ瑠希君は、礼儀まできっちりしているのね。感心。感心」

「そんなぁ」照れる翔。

「そんなことより、所長。

やられたの何時ですか?」寅三郎が聞く。

「さぁ?夕方、17時頃まで事務仕事して腹減ったから飯食いに行って帰って来たらこれだから。

精々、30分位じゃない。

それよりあんた、暴走族とやりあっているって言ってたわね」

「元・暴走族。元。ですから」

「やったのは、元じゃないでしょう。多分、自分たちの後輩にやらせているのよ」

「そんなことは、分かってます」

「何を~? 所長様のアドバイスが素直に聞けないのか?」

 寅三郎にチョークスリーパーを掛ける所長。

「所長! パワハラ!おい、観てないで助けろ! 新人君!」

 寅三郎は傍らで見ている翔に助けを求める。

「所長さん。もっとやってください。僕の言う事全然、聞かないんで」

「了解!!!」

 所長はそう返事すると、寅三郎をどんどん締め上げていく。

「落ちる! 落ちる!」

 所長の腕をタップし続ける寅三郎。

 寅三郎への制裁が終わった数分後、捜査会議を始める三人。

「全く、君は本当に優しいね」寅三郎は、首を擦りながら翔を見る。

「この優しさに感謝してください。

これに懲りたら、少しは僕の忠告聞いてくださいね」

「はいはい」

「で、君達はこれからどうするの?」

 所長はそう言いながら、翔にだけ珈琲を出す。

「イエローリボンの人間を追ってみようと思っています」

 あたかも自分の考えのように堂々と答える翔。

「考えを改めてくれるのは結構だけど、それ俺がずーっと君に言ってた事だよね。」

「そうでしたっけ?」とぼける翔を良い性格してるなと思う寅三郎。

「じゃあ、私はここに石投げた奴を追うわ。

しっかりと、償ってもらわないとね」

 所長はバキボキと指を鳴らし気合いを入れる。

「お願いします。」そう言うと翔は、出された珈琲に口をつける。

 口に含んだ瞬間、口内に珈琲とは何か違うしかも糞不味い味が一気に広がり翔は吹き出しそうになるのをこらえ飲み込む。

「ああ、口にしたか。」寅三郎は、ニヤニヤしながら苦悶の表情を浮かべる翔を見る。

「不味かった?」心配そうな顔で聞いてくる所長。

「いやそんなことは・・・・・・・」

 翔は言葉を選びながら、味の感想を伝える。

「個性的な味ですね」

「素直に言えばいいんだよ。不味いって。

事実、不味いんだから」

「あんたは、黙ってなさい」所長は、寅三郎の頭を叩く。

「ごめんね」謝る所長。

「いえ、気にしないでください」

 気分が悪くなり、意識が飛びかけている翔。

「新人君。俺達は黒道に紹介してもらった女友達、当たろうか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 寅三郎が無言の翔を見ると、顔が青ざめて意識がないのか今にも倒れそうだった。

「毒の耐性なかったかぁ~」

「嘘!? 気絶してるの!!」

 まさか、自分の淹れた珈琲で人が気絶するとは思わず所長は戸惑う。

翔は倒れ机に顔をぶつけてそこで、意識を取り戻す。

「はっ! 僕は」

「おっ、蘇生したか。良かった」

 ほっとした表情で翔を見る寅三郎と所長。

「今日は、もう帰って休んだ方が良いよ」と寅三郎。

「そうそう」頷き賛同する所長。

「はあ。では、失礼します」

 翔は急に帰るように言われ腑に落ちないまま事務所を出ると、事務所前に止めたはずの覆面パトカーが無かった。

「え?」

 辺りを見回すと覆面パトカーをけん引していくレッカー車が走り去ろうとしていた。

「そこのレッカー!! 待ってぇ!!!!!!」

 全速力で追いかける翔の叫び声が、夜の五反田の街に木霊する。

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