第2話 Snow falling in April~4月に降る雪~
1940年11月24日の朝に宮城県の村井知事に一本の電話が届いた
相手は、一太で、
「朝早くすみません
旧福島県の領土は、我々の支配下においていいという酒田宣言がありますから、会津県は、我々の管理下に置いてよろしいですよね?」
村井「あぁ、それでいいだろう」
一太「ありがとうございます」
それだけ言うと、一太は、電話を切りそのまま会津県に対して宣戦布告した
会津県と群馬県の戦争は、戦争というより群馬兵の障害物競走と言っても過言ではなかった
会津兵には、二正面作戦と共に、とめどない戦闘機や爆撃機、近接攻撃機による爆撃の嵐を受け、それから生き延びようにも今度は群馬兵の集中砲火を浴びるという地獄絵図であった
そして、一か月ほど経った12月26日に、会津県は、群馬県に対して降伏することとなった
そして、鶴ヶ城での講和会議で一太は、松平会津県知事に対して、
「会津藩の松平家の末裔であるあなたが、福島県が降伏したことを境に会津を復興しようとしたことは、攻め滅ぼした身ではありながら感服してるんですよ。実は、
ただ、それは四月に降る雪のようなもので、それは所詮、春の日差しの中で積もる事無く、虚しく溶けていくしかないんですよ」
というと、松平は、
「武士は命乞いなぞせん
一思いに、処刑でも何でもするがよい」
と突っぱねると、一太は、頭を振って
「ですから、私は、あなたのことを評価してますし、現代に誕生した藩政府を留めておこうとは思ってるんです
しかし、補給が切れてしまうのは困るので、資源地帯である喜多方市・南会津市の二都市を割譲させてもらいますよ
ですから、この鶴ヶ城、いえ、今では会津城と言った方が伝わりますが、ともかく、この城は松平家のものとして残りますよ」
というと、松平は、何も言わず短刀を自身の指にあて、そのまま血判を押した
喜多方条約により
①会津県は、喜多方市・南会津市の2都市は、群馬県に割譲する
②会津若松市に群馬県の傀儡県である会津県を建てる
以上二点を条約で締結することとなった
一人、知事室で死傷者数のグラフを見たにとりは
「会津県の死傷者数が、43180人に対してわが軍は、たった460人ですって?
キルレシオが、93.86956522なんて虐殺もいいところじゃない!!」
と叫んで、そのまま倒れてしまった
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