第13話


 何故か『恥ずかしがらずに愛を囁くことはできるのか』(前世で言うところの愛してる)ゲームが始まり、激闘の末、ようやく勝者を決める最後の闘いが幕を閉じた頃。

 このあとどうする〜? という空気になった。

 私としては話したいことは全て話したので解散で構わない。それを伝えると、

「レポートがまだ終わってないから図書館で終わらせて来るわ」

 と、しょんもりとした表情のアンドロメダ。

 そんなアンドロメダをディランが「クソ真面目だなァ」とからかい、苛立ちを隠さない声で「あんたはどうなのよ」と彼女が訊けば、全く手をつけていないという返答。

 それなのにも関わらず、

庭園ここで昼寝する」

 と、宣言するディラン。

 そんな彼の首根っこを掴み、

「暇だから二人のレポートの手伝いをするよ」

 と、柔らかな笑みを浮かべるヨシュア。

 図書館に行く三人(約一名は引き摺られてる)を見送ったのが数十分前のこと。

 図書館で本を読む気分でもなく、庭園でぼんやりする気分でもなかった私は寮の自室へと戻り、ベッドに座ったのが数分前。

 お馴染みの遮音の術と人避けの術をかけ、影の中にいるグランに出て来てもらい、お礼をしたいと言ったのが数秒前。

「……グラン?」

 彼は微動だにしない。くいっと袖を引っ張り名前を呼べば、困惑した表情で私を見下ろした。

「……フィロメラ」

「うん」

「お礼をしたい、とは、どういうことだろうか。俺の記憶が正しければ、あなたに礼をされるようなことは一切していないのだが……」

「え。た、たくさんしてくれたよ……? オノケリスの相手をしてくれた上にウェパルとマルコシアスの相手もしてくれたし、私が眠ったあとに先生達への説明だとかいろいろ後始末をしてくれたでしょう?」

「それはあなたの手を煩わせたくなかっただけで、俺が自分で決めてやったことだ」

 礼をする必要はないと言うグランに、ムッと唇をとがらせる。

「私がお礼したいの。……ダメ?」

 我ながらちょっとあざといのでは? と思いつつ、こてんと首を傾げて彼の冷たい手に触れる。ジッ。と見つめること数秒、しょうがなさげに彼の口元が緩んだ。

「それをあなたが望むのなら」

 計画通り。という言葉が頭に浮かぶ。

 嬉しさから声は自然と明るくなって、プレゼントを選ぶときのような気持ちだった。

「何かして欲しいことはある? 私にできることであれば何でもやるよ」

「……フィロメラ。そういう台詞は言わない方が良い。無理難題を言われたらどうするつもりだ?」

「言う相手はきちんと選んでるから大丈夫だよ。それに、グランは無理難題なんか言わないでしょう?」

「確かに俺はあなたに無理難題を言うつもりはない。信用されているのは嬉しいが、そういう問題では」

「マ、グランになら無理難題言われても良いんだけどね」

 いつもは私のお願いを聞いてくれるグランが私にお願いをする。それはきっと、自分だけの宝物を手に入れたことのように素敵なことなのだろう。

 幸せな気持ちに浸ってると、肩を押されて背中に柔らかな感触。頭はグランの手が添えられていてぶつけることはなかった。 

「グ、グラン? あの、」

 押し倒されてる。と理解して、どうしてと思う。状況がいまいち把握できない。深紅の瞳は苦しそうに歪められてる。

「あなたとキスがしたい。……そう言ったらあなたはするのか」

 ぱちぱち、と瞬く。グランの口から『キス』という単語が紡がれたことに吃驚してしまう。

 キス、キスか。この世界でもキスの場所に意味があるのだろうか。

 私を見つめる深紅の瞳を見つめ返す。この体勢だとちょっと難しいな。と思って「上半身起こしてもいい?」と訊けば、グランの手が背中に入って起こされる。

 親愛のキスを送る。体が離れていき目を見開いて固まってしまった。予想外の反応に、え、と声が漏れる。

「ば、場所の指定をされなかったら、頬でいいかなって……、ダ、ダメだった?」

 沈黙に部屋が支配される。重苦しく、冷たい空気に厭な汗が流れる。あのときと同じ、呼吸を許されていないような感覚。

 何を間違えてしまったのか、何が悪かったのか、何が拙かったのか。自分の言動行動を振り返っても思い当たる節がない。

 どうにかしなければ。と、焦りで思考が圧迫。泣きそう。

「ご、ごめんなさい」

 重苦しい空気に堪えきれず、謝罪を口にした。

 何が悪かったのか解っていないのに謝罪をしてしまった。馬鹿じゃないの、考え無し、と傷つけられる前に自分を傷つける。彼が私を傷つけるはずがないのに。

「フィロメラ」

 すぐに壊れてしまう物を扱うような、花にそっと触れるような、そんな声に名前を呼ばれる。

「……俺は、あなたをに思っている」

 ひやり、とした冷たい手が私の手を掬う。手のひらに薄い唇を押し付けられ、懇願するような口調で彼は言った。

「頼むから、煽らないでくれ」

 熱を孕んだ深紅の瞳。穏やかとは程遠い声色。薄い唇が触れた手のひらが熱い。

 どくん、どくん。彼に聞こえてしまうのでは、と思うくらい鼓動がうるさい。頬に熱がじわじわ集まって、高鳴った胸を押さえつけるように服を握りしめる。

 煽ってなんかいない。大事と大切の違いってなに。手のひらにキスをした理由は。頭の中で言葉が思い浮かんでは消えて、消えては浮かんできて、ぐるぐるとめぐって渦巻く。

 パクパクと金魚のように口を開いては閉じ、視線を忙しなくさ迷わせ、かすれた声でようやく口にできた言葉は。

「こ、恋人に向けるような表情かおをするな……っ」

 意味が分からない。という顔を浮かべるグランを恨みがましげに睨みつける。彼はくすりと笑って私の手に擦り寄った。

 感情がまた、強く揺さぶられる。落ち着けるように深く息を吐いた。

 そういうところだぞ、ほんとうに。

 いつの間にか重苦しい空気は霧散し、冷たかった部屋は熱を取り戻していた。

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悪魔に育てられた少女 真中夜 @mid_night

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