第12話


 波乱万丈だった合宿から数日後のこと。

 関係者への諸々の説明がようやく終わり、約束通りアンドロメダ達への説明(学院長とどこまで話すのか決めた)もし、これで肩の荷が下りたとぐーっと背筋を伸ばす。

 説明をした場所は人気ひとけのない庭園だ。遮音の術と人避けの術をかけたので、術が効いてる間は誰も庭園に近寄ろうとは思わないだろう。

 日差しがちょうど良くて眠れそうだなぁと思ってると、ふるふると体を震わせていたアンドロメダに肩を掴まれる。

「魔術師ソロモンの生まれ変わりってどういうことよ?!」

 喉を痛めちゃいそうな声の出し方だなぁと思いながら、聞き分けのない子どもに言い聞かせるような口調で言葉を紡ぐ。

「そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ。喉痛めちゃうよ?」

「大きくなるに決まってるでしょ! ソロモンってあのソロモンよね!?」

「私とアンドロメダの認識が同じならそのソロモンだよ」

「ソロモンの生まれ変わりってどういうことなの!?」

「うーん、さっき説明した通り、なんだけどなあ。これ以上はどう説明していいものか」

「説明されても意味が分からないから聞いてるのよ!」

「それはそう。でも、ごめんね。私も自分が未だにソロモンの生まれ変わりだって実感がないから、許してくれると嬉しいな」

 へにょりと眉を下げて笑えば、

「しょ、しょうがないわね……」

 と、引き下がってくれた。

 アンドロメダのそういうところが好きだなぁ、と改めて思う。

 ふいに影が蠢いて「あなたはソロモンの生まれ変わりだ」と珍しく拗ねたグランの声が頭の中に響く。

 珍しいその声に胸がきゅんとなる。緩みそうになる口元を引き締め、あとでご機嫌取りをしようと決めた。

 右手の薬指にはめられた知恵の指輪をまじまじと見ていたディランがはぁと感嘆の息を漏らす。

「これが知恵の指輪なぁ? 見た目は普通の指輪と対して変わんねぇんだな」

「見るのはいいけど触るのはダメだよ、ディラン」

「取らねぇよ」

「ア、大丈夫、そういう心配は一切してない。ただ、私以外がこの指輪をはめたり、指輪の力を使おうとしたら雷に打たれちゃうから」

「そういうのはもっと早く言えよ」

「アー……、サプライズ?」

「とんだサプライズがあったもんだなオイ」

 首を傾げてそう言うと、わしゃわしゃと乱暴に髪の毛をかき混ぜられる。

 やめてとその手を払い除け、私の名前を呼んだヨシュアを見る。

「手の甲にある刺青は顔以外にもあるの?」

「うん。着替えのときに見られないよう気を付けないといけないから結構大変だった」

「……なんか、マーキングみたいね」

 アンドロメダの言葉に苦笑する。

 マーキング。確かにそうかもしれない。これは私が彼の人の生まれ変わりなのだと証明するもの。ソロモンを見失わないために刻まれたもの。

 ハッ! と、何かに気付いたらしいヨシュアが弾かれたように私を見る。

「フィロメラ、ソロモンの生まれ変わりってことはまさか」

「あぁ……。その反応からして、目のことだよね」

 目を隠すために伸ばした前髪を掻き上げる。

 閉じていた瞼を開けると、の息を呑む音がはっきりと聞こえた。

「紫の、瞳……。フィロメラ、あんた、こんな綺麗な目をしてたのね」

「やだ照れちゃう」

「隠さなきゃ嫌がらせなんかされねーんじゃねぇの? ちやほやされんだろ」

「ちやほやはともかく、嫌がらせに関してはそうなんだけど……、誘拐とかされたら面倒なことになるから」

 疲れた声でそう言えば、確かにと言わんばかりにアンドロメダとディランが頷いた。

 気の毒そうな眼差しが結構心を抉るのでやめてほしい。

「フィロメラ、学院長をはじめとした教師は君がソロモンの生まれ変わりで神に祝福された者と知っているんだよね?」

「え、うん、知ってるけど」

「……へぇ、そうなんだ」

 含みのある言い方に、知らないって答えた方がよかったのかも、と後悔した。

 ……マ、私に害はないだろうから別にいいか。と思い直す。

 ヨシュアは私とアンドロメダのことが好きだから、私達二人に害が及ぶことはしない。ディランは巻き込まれそうだが。彼の場合は巻き込まれるのではなく、自分から巻き込まれに行くのかな。野次馬根性たっぷりだから。

「ブランシェット」

 思考が別なところに飛んでいると震えを押し殺したような声に呼ばれる。視線を投げると、

「すまなかった」

 と、謝罪を口にしたキースリングは私に頭を下げた。あのプライドの塊のような男の子が、だ。

 説明と口止めのためにいたセルゲイ・キースリング。

 アンドロメダとヨシュアが彼に向ける眼差しはとても冷え切っている。真冬の夜風よりも、極寒の海よりも冷たい。

「君に嫌がらせをしてすまなかった。許されないことをしたと思っている。許してくれ、とは言わない。いや、許さないでくれ。……本当に、すまなかった」

「っあんたねえ! 今さらそんな」

「アンドロメダ」

 ベンチから立ち上がり、怒りの形相でキースリングの胸ぐらを掴もうとしたアンドロメダを手で制す。

「あなたが私に謝罪したのは、私がソロモンの生まれ変わりで神に祝福された者だから。それってつまり、私がただのフィロメラ・ブランシェットだったら謝罪をしなかったって言ってるようなものだよ。そこはきちんと理解してる?」

「……そう、だな。うん、そうだな。全くもってその通りだ。ぼくは、ソロモンに憧れて魔術師になろうと思った。君はぼくの憧れたソロモンの生まれ変わりで、ぼくは憧れの人間に嫌がらせをした。それが耐えられないから君に謝罪をしただけだ」

 自嘲的な笑みを浮かべ、裁かれることを待つ罪人のように振る舞う彼に、にこりと微笑んだ。

「ねぇ、さっき許さないでほしいって言ったよね。許すよ、あなたの謝罪も受け入れる」

「……ブランシェット、君、性格が悪いと言われないか」

「悪魔に育てられたからね、性格はとびきり悪いんだ」

 引き攣った顔のキースリングにそう言うと「ブハッ」と吹き出す声。ディランだなと思って横目で見れば彼は口許を手で覆い隠してた。

 ブランシェット。と、もう一度呼ばれる。

「ぼくにできることがあったら言ってくれ。必ず君の力になると、セルゲイ・キースリングの名に誓おう」

「ん。そのときは遠慮なく頼らせてもらうね」

 よし、とりあえずこれで嫌がらせの件は何とかなりそうだ。

 ほくほく顔でキースリングを見送る。彼はこれから定期検診があるので。

 物言いたげな表情のヨシュアとアンドロメダが顔を覗き込んでくる。

「あれでよかったの? フィロメラ」

「甘すぎると思うけど」

「いいよ、別に。彼は私を利用しようなんて思わないだろうから。それに許したのは彼だけであって、他の人達は許したわけじゃないもの」

 ごめんなさい。と言われても、キースリングのときとは違ってそう簡単には許してやらない。一生許すかバーカ! という気持ちを貫くつもりだ。

 それを言うと、ヨシュアは「らしいなぁ」と微笑み、アンドロメダは額に手を当てて大きく息を吐いた。

 ……ディランは狂ったように笑ってて、放置で構わないだろうか。

「まあ、あんたがそれでいいなら私はとやかく言わないでおくわ」

「ありがとう、アンドロメダ」

「ヨシュアがどう思っているのかは知らないけれど」

「その言い方は傷付くなぁ。心配しなくても、俺もフィロメラの意思を尊重するよ」

 今なら聞いても大丈夫かな。と思って、二人の袖をくいっと引っ張る。

「あのね、聞きたいことがあるんだけど」

「なぁに? どうしたのよ、改まって」

「あの……さ、ふたりはどうして、普通に接してくれるの? 私が、生まれ変わりで祝福された者だって、判ったのに」

 だんだん声が小さくなっていき、最後は耳を澄ませなければ聞こえないほど小さな声だった。「俺も普通に接してるが?」という風な顔で見てくるディランに、ディランはちょっと変わってるからと言えば不貞腐れた表情かおをされる。

 アンドロメダとヨシュアはきょとんと、顔を見合わせる。そして、ふっ、と優しく微笑んだ。

「ねぇヨシュア。フィロメラには伝わっていなかったみたいよ」

「そうだねアンドロメダ。悲しいことに伝わっていなかったみたいだね」

「え、……え? なに。なに、突然始まったその茶番なに?」

 これから何が始まるんだと困惑してると、二人に抱き締められた。え。と声を上げるとぎゅうっと力が強くなる。

「私とヨシュアにとってフィロメラはフィロメラだもの」

「君がソロモンの生まれ変わりであっても、神に祝福された者であってもそれは変わらないよ」

 くすぐったい声にそっと耳打ちをされる。

「好きよ、フィロメラ」

「好きだよ、フィロメラ」

 イタズラが成功した子どものように無邪気に笑う二人の姿に、言語化することの難しい感情がじわじわと胸に広がり、意味の無い声を漏らしながら項垂れた。

 深く息を吐いて、これだけは言ってやらなければ、と使命感に駆られて言葉を搾りだす。

「…………ふたりって、ほんとうに私のことがすきね」

「あらっ! そんなことも知らなかったの? おバカさんねぇ」

「なッ……! バ、バカじゃないよ、失礼!」

 バッ! と顔を上げてころころ笑うアンドロメダを睨む。アンドロメダは眦を細くして、つんつんと頬を突っついてきた。ヨシュアもそれに習って頬を突っつく。両隣からつんつんされる私は間抜けな顔をしてるだろう。払い除ける気にもなれない。

 もう好きにしてくれ。という気持ちだ。

 物言いたげな視線を感じ、そちらに視線を向け、半目になる。

「……聞きたくないけど一応聞いておくね。ねぇディラン、なんで腕を広げてるのかな?」

「俺も混ざった方がいいのかと思って?」

「え」

「いいわよ、混ざらなくて」

「そうだね、混ざらなくていいよ」

「分かった、混ざるわ」

「えぇー……?」

「お前らの抱きしめ合ってるとこ眺めてるだけとか寂しいだろーが」

 拗ねた声でそう言ってディランが抱き着いてきた。

 意外と寂しがり屋なのかなと思ってると、どうやら顔に出ていたらしく「寂しがり屋ではねぇよ」と拗ねた声音で言われる。

 その拗ねた声音が何よりの証拠なんじゃ……と思えば、これでもかと思うほどぐちゃぐちゃに髪をかき混ぜられてしまう。

 ぎゅっぎゅっと抱き締め合って、もみくちゃにされて、頬や髪に唇を押し付け始めたのは誰が最初だったのか。

「ねぇ、なにこの意味わからん状況」

「私が知るわけないでしょ! はぁー……、馬鹿らしいわ」

「フィロメラとアンドロメダが抱き締め合ってるのは目の保養だけど、俺とディランは……、」

「言うな。俺もこの絵面きちぃなって思ってきた所だ」

 馬鹿らしいと言いつつも口元が緩んでるアンドロメダに笑みがこぼれる。

 何とも言えない表情のヨシュアとディランについては、一部の方々からは人気がありますよ。と胸の内で答えた。

「キツいなら離れたらどうなの?」

「それは何か違ぇだろ」

「意外と寂しがり屋なんだね」

「あ?」

「甘えたなだけかもしれないわよ」

「あ?」

 じゃれ合う三人の名前を呼ぶ。私を見る三人の瞳はやさしくてあたたかい。

「ねえ、だいすきだよ」

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