第7話


 ヨシュアを先頭に森の中を探索していく。殿はこういうことに慣れてるらしいディランで、私とアンドロメダは彼らに挟まれてる状態。左手はアンドロメダの右手と繋がってる。

 彼女曰く「フィロメラってフラフラしてて、すぐどこに行くから心配なのよね」とのこと。

 遺憾の意。だけど、フラフラしてる自覚は多少あるので言い返すことはできなかった。

 他の生徒も森の中を探索してるはずなのだが、一向に見かけない。おそらく、ヨシュアがそういう道を選んでるからだろう。

 ヨシュアは人気ひとけが少い場所や道を見つけるのが上手く、私に庭園サボり場スポットを教えてくれたのも彼だ。

 心穏やかに探索できるので、ゆっくり歩きながらレポートのために森の中をじっくり観察する。

 木の上の鳥を見てたアンドロメダが視線を後ろにやる。

「ねぇディラン、調査レポートって具体的に何を書けばいいのかしら?」

「アー……どういう動物がいたとか、どんな果物があったとかそんなこと書いときゃ間違いない。あと、植物に関するレポートは薬草とかそこら辺にした方が後々調べたりするのが楽だな」

「さすが留年しているだけあってこういう時は頼りになるね」

「おーおー、喧嘩なら買うぜ? 眼帯野郎ヨシュア

 一瞬喧嘩でもするのか、と身構えたが軽口を叩き合ってるだけのようで険悪な雰囲気ではない。紛らわしいのでやめてほしいな、と思う。

 捨てられた子犬フェイスのアンドロメダは「調べやすい薬草って何だったかしら……」と、調査そっちのけで薬草を思い出していた。この様子だと思い出すのに必死で調査レポートのことは忘れてるに違いない。

「ね、ヨシュアとディランは午後の自由行動どうするの?」

「特にしたいこともないから、帰ったときにやりやすいようにメモしたことをまとめておこうかなって思ってるよ。その方が楽だからね。もちろん、フィロメラとアンドロメダにやりたいことがあるならそれに付き合うよ」

「前から思ってたけどお前、女が嫌いなくせにこの二人は大丈夫なのかよ」

 振り返って穏やかな笑みを浮かべるヨシュアにディランがそんなことを言った。

 彼の言う通り、ヨシュアは女性が苦手だ。正確に言うなら私とアンドロメダ以外の女性が、だ。

 話しかけられても素っ気ない態度で接し、口数も少ない。女子生徒達は非常に顔が整ってることと眼帯のこともあってか「ミステリアスでかっこいい〜!」などと騒いでて、彼女達は素っ気なさや口数が少ないことに関して何も言わない。

 顔が良いって素晴らしいな。

 にっこりと笑ったヨシュアが冷ややかな声で言葉を紡ぐ。

「フィロメラとアンドロメダはかけがいのない俺の大切な友達なんだ。有象無象と一緒にしないでくれるかな?」

「有象無象……」

「穏やかな外見に反して意外と口が悪ぃよな、ほんと」

「そうかな? 普通だと思うけど。それと、外見で判断するのはあまりオススメしない」

 くすくすと笑うヨシュアに何とも言えない複雑な表情になってしまう。

 今日もヨシュアの愛が重い。そういう所も好きだけれど。

「ディランは何するの?」

「昼寝」

「即答じゃん」

「昼寝以外にやることがねぇんだよ」

「ヨシュアみたいにレポート作成とかはしないの?」

「オレはそこまで真面目じゃねぇからパス。帰ってからやる」

「俺も別に真面目ってわけじゃないよ」

「てめぇがクソ真面目だったら仲良くなってねぇよ」

 テンポのいい会話を聞きながら、自分はどうしようかなと考える。

 森の中を散歩(探索)する前は眠気があったからアンドロメダが提案した昼寝でもしようかと考えてたが、体を動かしたせいか眠気がどこかに吹き飛んでしまった。

 ヨシュアと一緒にレポートの作成でもしようかな。

 アンドロメダはどうするんだろう。と思ってアンドロメダを見ると、くっきりと眉間にシワを刻んでブツブツと何かを呟いてる。

「ハッカとかなら調べやすいかしら……? でもハッカがこの森にあるかなんて判らないんだから、やっぱり見つけた植物で書くしかないわよね……、でも見つけたのが調べにくいものだった時のことを……」

 うん、必死にレポートのことを考えてるようだから声はかけないでおこう。怖いから話しかけたくないわけじゃない。

 集中してるアンドロメダが木の根とかに引っかかって転ばないように、とぎゅうっと繋いだ手に力を込めた。

「ヨシュア、止まれ」

「え?」

「ディラン?」

 低い声にヨシュアが足を止めた。ディランを見れば真剣な顔をしていて、何かあるのかと不安な気持ちになる。

 不安がる私にグランが「あなたに危害を加えようとしている存在はいない」と教えてくれたので、強ばっていた体から力が抜け、無意識に止めていたらしい呼吸を再開させる。

 危害を加えようとしてる存在が居ないのなら、どうしてディランはヨシュアに止まるように言ったのだろうか。

 それを聞こうと思った直後、木々の間からこぼれ落ちる陽射しに照らされ、ウロコがきらきらと輝いて見える一匹の小さな蛇が現れた。

「蛇……?」

「エヴァンズの使い魔ファミリアだ。生徒が森の奥に行って迷わねぇようにそこらかしこに放ってンだよ」

「ディラン、エヴァンズ先生だよ」

 ヨシュアの指摘にディランが肩を竦める。

 リーサ・エヴァンズ先生。ハニーブラウンの髪に翡翠色の瞳の女性で、今回の合宿の監督をしてる。

 使い魔ファミリアが居たんだぁ、とぼんやりしてると、その使い魔ファミリアが突然足に巻きついて上ってくる。

 ゾワゾワする感触に短い悲鳴が漏れ、繋いでいた手を放してしまう。

「……フィロメラ? ってはぁ!? 蛇?! ちょっ、フィロメラから離れなさいよッ」

「落ち着いてアンドロメダ! 大丈夫だからっ。ヨシュア! 噛まないと思うから魔術を発動しようとするのやめて!!」

「噛まない保障はないよね」

「落ち着けヨシュア。ソイツらが学生に危害を加えることはエヴァンズが禁止してる。マ、攻撃したら反撃されるからやめとけ」

 私の腕に巻き付いた蛇を離そうとするアンドロメダと、攻撃系統の魔術を発動させようとしたヨシュアがディランの告げた言葉に胡乱気な眼差しを向けた。

 ……ディランの口ぶりからして、攻撃したことあるな?

 呆れた目で見れば、彼は口許に立てた指を当てて笑った。

 問題児じゃん。

「フィロメラ、本当に大丈夫なの……?」

「うん、大丈夫。大人しい子みたい」

 人差し指を近づけると、チロチロとミルクを舐めるみたいに長くて赤い舌が手袋越しの指を舐める。牙は見えなかったから毒はないようだ。

 もし本当に危なかったから、影の中にいるグランが威嚇でもしていただろう。彼が何もしないということは、この蛇は私に対して敵意を持っていなく、危害を加えるつもりもないってことだ。

 私の指を舐める蛇をアンドロメダがじっと見つめる。

「ねぇ、使い魔ファミリアってこんなに人懐っこいものなのかしら?」

「さァな。エヴァンズ」

「先生」

「……先生の使い魔ファミリアが主人以外に気を許してるのはオレも初めて見た」

「気を許してる?」

「そうやって触れ合っていることじゃないかな。使い魔ファミリアは基本的に主人以外の触れ合いは嫌いだそうだから」

「へぇ……そうなんだ」

 気を許してもらってるのは、私が祝福された者だからかな。

 人間は瞳の色でしか判断できないけれど、野生の勘とかで解るらしく、今世では動物とかにモテモテ。……モテたくないものにもモテモテなのは困るけど。

「こっから先はもう行けねぇし戻るぞ」

「そうだね。そろそろ戻らないといけない時間だったからちょうどいいんじゃないかな」

「アッ。調べやすい薬草は見つけてないし、薬草に気を取られていたせいで調査してないっ!!」

「ア、やっぱり忘れてたんだ」

 忘れてると思ったんだよね、と言ったら「なんで教えてくれなかったのよ!?」と怒られた。理不尽。邪魔しちゃ悪いかなって思ったから声をかけなかっただけなのに。

 捨てられた子犬フェイスで呻き声をあげるアンドロメダにディランは軽い口調で言う。

「ンなもん適当でいいんだよ、これの評価はそこまで重くねぇ。成績が左右される心配もねぇよ。授業は真面目に受けてンだろ? なら大丈夫だろ」

「ディラン。アンドロメダとフィロメラに悪影響だからそういうことを言うのはやめてくれないかな」

「こーいうのは適当でいいんだよ。どうせ教師の好みじゃねぇレポートなんざ評価は低い」

 子どもの教育方針で揉める両親おやかな?

「……アンドロメダ、先に戻ろっか。戻りながら調べやすい薬草を探して、調査レポートに書けそうなものでも見つけようよ」

「……そうね。あの二人の喧嘩、長引きそうだもの」

 教育方針について話し合うお母さんヨシュアお父さんディランは放置することにして、私とアンドロメダは来た道を引き返して行く。

 こっそり蛇に「二人が魔術を使ったり、肉体言語で会話を始めそうになったら止めてね」とお願いしておいた。

 眠たそうに目を細められたから了承した、と思う。

 先生の使い魔ファミリアだから、目の前で生徒が喧嘩を始めたら止めてくれる……はず。止め方は少々手荒かもしれないが。

 蛇語は動物言語より複雑で解らない。

 知恵の指輪の力の使えば解るのだろうが、バレることを考えるといいかなって。

 午後は眠気に耐えながらアンドロメダとヨシュアとレポート作成をした。その傍らでディランは宣言通り昼寝。

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