第6話
空を見上げると、自然とため息が漏れた。幸せが逃げてしまうので吸い直す。三秒ルールのため幸せは逃げてはいない。
見上げた空は憎たらしいほど快晴で、雨が降りそうな気配は全くない。むしろ今降られても困るので降らないでほしい。
憂鬱だ。とため息がまた漏れる。
これならまだ学院で嫌がらせをされていて、同情するような眼差しを向けられる方がよっぽど……、それはそれでイライラするな。
プラチナブロンドの髪を高く結い上げたアンドロメダに「手が止まってるわよ」と指摘され、作業を再開させる。
「この森ってさ、学校の私有地なんだっけ?」
「ええ、学院が管理してる土地らしいわ」
「へぇ……そうなんだ。金持ってるね。裕福な家庭が多いから?」
「そういうことは口に出すんじゃないわよ。それにしてもめちゃくちゃ森ね……、森って虫が居るからあんまり好きじゃないのよね」
「虫除けの護符は?」
「持ってるけどそれでも嫌なものは嫌よ」
「んー、それもそっか」
目的地に着いて、合宿を監督するアリウス・ラフィーニア先生とリーサ・エヴァンズ先生に言われたことは3つ。
ひとつ、テントの設営。
ひとつ、水の確保。
ひとつ、火の維持。
この3つを優先し、協力し合うこと。
食料はあらかじめ持って来てあるから確保しなくていい。上級生の場合、現地で食料を確保しないといけないらしく、来年か再来年辺りは絶対に参加しないことを誓った。
私とアンドロメダが話しながら何をしてるかと言うと、平らで人が少なさそうな場所にテントの設営だった。
「
「フィロメラ、言い方」
「ごめん。でも燃やすものって言った方が分かりやすくない? あと、水の確保もしないとだ」
しゃらっと耳元で聞こえた鈴のような笑い声。肌にまとわりつく生ぬるい風で髪が靡き、きらきらした粒が降ってる。
……学院に居る時よりも落ち着くけれど、これはこれで落ち着かないな。こわい、と似てるようで違う感情に支配されそうだ。
「フィロメラ?」
「……アンドロメダ、この森、妖精が居るみたいだから気を付けてね。妖精はイタズラが好きだから」
「……前から思っていたけど、あんた、そういう気配によく気付くわよね」
「えー、そうかな? 自分じゃあんまり分からないなぁ。妖精の気配に敏感なのは多分、学院に入学する前は妖精が多い場所で暮らしてたからかも」
嘘は、言ってない。入学する前、学院の人間が来るまでは、私達は人が訪れないような場所でひっそりと暮らしていた。
「燃やすのって小枝となんだっけ?」
「木の皮よ。火口を作るのに必要なの」
「ふぅん。アンドロメダは物知りだね」
「あんたが先生の言ったことを覚えてないだけよ! 全く……本当になんで試験で10位以内に入ることができるのかしら? 普段の勉強の仕方の問題……?」
ぶつぶつと言う彼女に「またそれか〜」と思いつつ、不正した、と言わない彼女のことがやっぱり好きなことを実感する。
他の生徒は私が不正したと主張していたのに。不正云々は教師陣によって否定されたので、表ではなにも言わなくなった。そう、表では。裏ではお察しだ。
「試験前になったらまた一緒に勉強しようね。勉強なんかひとりでやってもつまらないから」
「そうね。あんたとヨシュアの教え方は分かりやすいから勉強が捗るわ」
「そう言ってもらえると嬉しいなぁ、やる気も出るし」
話してる内にテントの設営が終わり、小枝と木の皮を集め、集め終わったら火をつける作業。
「こういう作業やってるとさぁ……普段自分がどれだけ魔術に頼ってるかが分かるよね」
「そうね……。枝を集めたら魔術で火をつけるだけだもの、簡単よね」
火を上手くつけられないのか、じっと薄青の瞳に見つめられる。テントの設営はほとんど任せてしまったしなぁ、と思いながら火打ち石を受け取る。
「枝を集めるのだってやろうと思えば魔術で出来るけどね」
「そこまで魔術に頼っていたら魔力がなくなった時に何もできなくなるわよ」
「異議なし」
そうこうしてる内に火がついた。日が暮れる前についたことにホッと胸を撫で下ろし、空っぽのやかんを手に取る。
「火もついたことだし、水汲んで来るね」
「ひとりで大丈夫?」
「大丈夫! アンドロメダは火打ち石の練習して待ってて」
「練習の時は上手くできたわよっ!」
本番で上手くできなきゃダメだよ〜。と笑いながら手を振って川へと向かった。
やかんに水を汲みながら、ふと思う。
この川の水って飲んでも大丈夫なやつなのかな、と。
水が飲めない場所でキャンプ実習なんて鬼畜なことはさすがにしないとは思う。下級生なので。魔術で水は出せるけども、お腹を壊すみたいなことを聞いた気がする。試したことがないし、試す気もないので判らない。
小説や漫画で川の水は沸騰させないと言われていた。ほら、川って脳を溶かしちゃう感じのアメーバさんが居るから。
異世界だからそういう概念やらはないのだろうか。でも川の水を生で飲むのはなぁ……、沸騰させれば大丈夫かな。
そのことについても話された気がするけど、やっぱり思い出せそうにない。川で顔を洗う時とか体内に入れないように気を付けよう。
『フィロメラ』
『うん、分かってる。──居るよね』
川の中、奥底に──何かが居る。敵意はない。ただ、じっ、とこちらを伺ってるだけ。
悪魔、ではないと思う。悪魔だったら気配で判る。妖精か水妖辺り、だろう。様子を伺ってるのは影の中にグランが居るから。
襲って来ない内に、とテントに戻る。
「ただいま、アンドロメダ」
「おかえりなさい。遅かったわね」
「ちょっとね。アンドロメダ、川の中には入らないようにしてくれる?」
「? えぇ、分かったわ。中に入らなきゃいいのよね?」
「うん。本当は水辺に近寄らないでほしいけどそれは難しいから」
先生達にも言っておいて、注意喚起をしてもらって、警戒しておいてもらおう。万が一、キャンプで誰かが怪我をしたり死んだりしたら私のせいにされかねない。
何でもかんでも自分のせいにされる、と思うのは被害妄想が激しすぎると思われそうだが、実際に関係ない自分に飛び火したこともあるのだからこればかりはしょうがない。
「日が暮れてきたわね」
「そうだね。ヨシュア、大丈夫かな?」
テントの設営場所は男女で別れていて、ヨシュアとは目的地に着いてから会っていなかった。
「大丈夫でしょ。あいつのペアは留年した先輩で慣れているでしょうから」
「えっ、と……?」
「ディラン・ガルシア。留年したせいで私達みたいに距離を置かれてる人間よ」
……アー、あの人か。
脳裏に思い浮かぶのは、短めのライトブルーの髪にレモンイエローの瞳の、見た目が爽やかな夏の人。
制服をかなり着崩してたからよく覚えてる。その人にヨシュアが教室や廊下で話しかけられたり、話しかけたりする姿を何度か見たこともあった。
仲がよさそうとは思っていたけど……そっか、同室だったんだ。
「アンドロメダは話したことある?」
「ヨシュア経由で何度かね。……そういえば、フィロメラはディランと話したことなかったわね」
「う、ん。なんか、タイミングが掴めなくて」
「明日辺りに話してみたらどう? このキャンプって基本、自由行動なんだから」
「んー……、そう、する」
気難しい人間じゃないといいなぁ。
ぐぅーと空腹を訴える音に二人で笑って、夕飯を作ることにした。
◇◇◇
寝ては起きて、起きては寝てを繰り返しながら朝を迎えた。眠っていない時間の方が圧倒的に多かったので正直眠たい。
身支度を整えて顔を洗った頃にアンドロメダは起き出した。
「おはよう、アンドロメダ」
「……は、よ……ん……」
「んふっ」
ぴょんと跳ねてる髪に寝ぼけた彼女が気付いていなかったので、笑いを噛み締めながら直した。
身支度を整えたアンドロメダと手早く朝食を済ませ、先生達に今日のを聞かされる。
2日目の日程、午前中は森の中を探索。具体的に言うと調査と植物を採集する。後日、調査レポートと採集した植物のレポートを作成して提出しないといけない。
それを聞いたときのアンドロメダの顔はやっぱり捨てられた子犬みたいな顔だった。
午後はまた自由行動。親睦会みたいなことはしないらしく、自由行動の間に仲良くなっておけよみたいな感じのあれなのだろうか。
話が終わり、あくびをこぼす私の手を引いて歩くアンドロメダの背中をぼんやり眺めてると、「フィロメラ、アンドロメダ」と耳に馴染んだ柔らかな声音。
視線をやればヨシュアと、ディラン・サージェント。
「おはよう、ヨシュア」
「おはよう、アンドロメダ。フィロメラは眠たそうだね」
「ん、寝不足。おはよう」
またあくびをこぼすと「自由行動の時に眠ったら?」とアンドロメダに言われる。
うーん、と悩む。どうしようかな、そうしたほうがいいかな。自由行動の時にレポートを終わらせようと思ったけど睡眠の方が大事だ。そうする、と頷く。
「フィロメラはまだ彼と話したことがなかったよね。彼はディラン・ガルシア」
「ディランでいい」
「フィロメラ・ブランシェット。私もフィロメラでいいよ」
「嫌われ者同士仲良くしようぜ」
「あはは……」
ディランの場合、嫌われてると言うよりも腫れ物みたいに扱われてるだけでは?
唇の端を吊り上げる彼に苦笑い。
気難しそうな性格じゃなくてよかった。
「朝食は食べ終えた? 食べ終わっていたら一緒に森の中を探索しない?」
「私はいいわよ。フィロメラは?」
「う〜ん……」
ちらりとディランを見る。
どうしようかな、アンドロメダとヨシュアだけならまだしもディランはなぁ。
うーんうーん唸ってると「フィロメラ」と、耳に馴染んでいない声に名前を呼ばれた。
「お前が気にしてること当ててやろうか? お前といつも一緒にいるヨシュアとアンドロメダはともかく、俺が悪く言われたらどうしようとか思ってんだろ」
「……」
「無言は肯定な。ンなこと気にしないでいいぜ。俺は留年してるから一年は腫れ物みたいに扱ってくるし、陰でコソコソ言われんのも嫌がらせされるのも気にしねぇよ」
「……マ、
「決まりだね」
ディランと私のやり取りを黙って見てたヨシュアが蕩けるような微笑みを浮かべる。
その笑みを見て、本当にいいのかなぁ、という気持ちが、まあいいか、という気持ちになる。
ヨシュアが私に甘いように、私もヨシュアに甘いのだ。
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