第4話
この世界には何故、オメガバースやケーキバースのようなバース系統の本がないのだろうか。あと
適当に偉人を決めた私は放課後、図書館にてアンドロメダとヨシュアと一緒に資料を集めてる。
魔術師を育成するための学院ということもあってか専門書が多く、資料集めには困らない。
ただ、本の量がかなり多いので探すのが一苦労なだけで。
専門書の他にもベストセラー小説や児童書も置いてあったり、禁書の書庫があったりと幅広いジャンルが揃えられているから暇つぶしにはちょうど良く、入学してから放課後はここで過ごすことが多かった。
司書の人達に顔を覚えられて、世間話をする程度には利用してる。
話は戻るが、どうしてオメガバースとかケーキバースとかバース系の本はないのか分からない。それとも置いてないだけなのか。
置いてない、は多分ない。さっきも言った通りこの図書館には幅広いジャンルの本が揃えられていて、誰がこんな本読むんだよって思うような、誰の趣味で取り寄せたのかも不明な本まで置かれてる。
それを踏まえると、本自体がないんだと思う。
どうしてだ、と絶望。バース系は海外が発祥だというのに。ここは異世界だが、海外なことには変わりないのに。英語圏じゃないか。
同性愛がないのはやはりあれだからだろか。同性で恋愛をするのは間違っている。男は女と、女は男と恋愛すべきだという思考のせいか。
異類婚姻譚とかあるのになぜ。人ならざるものには気をつけましょう。という注意喚起のためか。
異世界に転生してまで『自給自足』という
レポートと全く関係ないこと、他人にとってはくだらないと思われるようなことに思考を割いていれば、ページをめくっていたアンドロメダの手が止まったことに気づく。
「10文字か100文字で終わらせたいわ……」
「アハッ。だったらいっそのこと白紙で提出しちゃえば?」
「文字数に制限はない、ってヘルシング先生は言ったけど評価は確実にE判定だろうね」
「さすがに白紙で提出しないわよ、……レポートなんて嫌いよ」
「好きな人間はあまり居ないよ、アンドロメダ」
「そうかしら? 研究者とかは好きそうじゃない? 論文を発表しているんだから」
「彼らは好きなのは研究だけで、レポートや論文は好きじゃないと思うな。論文を発表しているのはそうしないとスポンサーが得られないからね」
ヨシュアの言葉にアンドロメダは項垂れてテーブルに突っ伏した。
この世界、論文やレポートの書き方なんて本はないからちょっと大変かもしれない。
論文やレポートの書き方を本にして爆発的な人気となるだろうな、とメモを取りながら思う。爆発的な人気とならなくとも需要はあるはずだ。
見本がないからこそどうやって書けばいいのか分からなくて悩み、嫌いになってしまう。
レポートにおいて大切なのは内容で、適切な分量を書くのがベスト。
その適切な分量が分からないから、アンドロメダは項垂れてる。
1000文字以外だと内容が薄くなるし、逆に多すぎても薄くなって適切とは言えない。
だから。
「文字数は、1000〜10000文字を目安にしたらどうかな?」
と、提案する。その提案にヨシュアが「俺もそれくらいが妥当だと思うな」と同調。
「でも重要なのは内容だから、文字数には囚われないでね」
「その内容を考えるのが嫌なのよ……!」
「がんばれがんばれ」
「……腹立つわ、それ」
「なんと。えー? 可愛くない?」
「大丈夫、フィロメラは可愛いよ」
「ヨシュア、フィロメラを調子に乗らせないでちょうだい」
「ひどい」
戯れるのはこのくらいにして、真面目に作業の続きでもしようとすれば冷ややかな声。
「何故貴様が
声の主はセルゲイ・キースリング。カスタードクリームの色の髪にアンバー色の瞳をした男子生徒。同級生だ。そして、何が気に入らないのか私に嫌がらせをしてくる人代表。
「目障りだ、消えろ」
話しかけて来たのはそちらだというのに。嫌いで、目障りで、消えてほしいと思うのならば話しかけなければいいのに。
視界に映ってしまったのなら「あぁ、嫌なものを視界に入れてしまった」と思って立ち去ればいいのに。
それなのにわざわざ嫌いな人間に話しかけるなんて構ってちゃんなのかな、としか思えない。
図書館じゃなければアンドロメダはキースリングの胸倉を掴んで揺すっていたかお奇麗な顔を殴っていただろうし、ヨシュアもヨシュアでアンドロメダを止めずにGOサインを出していただろう。
自分で言ってしまうが、アンドロメダとヨシュアは私のことが大好きだから。私もそんな二人が大好きで、二人が悪く言われたら殴ることはしなくても何かしらの行動はしてる自信がある。
「悪魔に育てられた女がこの学院に居ること自体が間違いなんだ」
「ねぇフィロメラ、これどういう意味かしら?」
「どこ?」
「学院長が何故貴様の入学を許可したのかが」
「ここよ、ここ」
「あー、それはね」
「おい! ぼくを無視するのはやめろ! 悪魔の子のクセに生意気だぞ!!」
バカだなぁ、そんな大きな声を出したら。
「セルゲイ・キースリングくん」
平淡な声でキースリングを呼んだのは、司書のひとりであるマリア・アーネルさん。ミルクチョコレート色の髪にサマーグリーンの瞳をした20代くらいの知的な女性。左目の泣きぼくろがなんとも色っぽい。
ビクリとキースリングの肩が跳ねる。
「図書館ではお静かにお願いします」
「……すみません」
「今回は注意だけですが、次に騒いだら問答無用で図書館を退出してもらいますから、そのつもりでお願いしますね」
にこ、と笑ってアーネルさんは去っていった。
図書館で騒いではいけない。図書館では大きな声を出してはいけない。図書館では魔術を使ってはいけない。図書館に飲食を持ち込んではいけない。図書館の本を傷つけてはいけない。
それが、図書館のルール。
もしルールを破ったら図書館から強制的に退出させられる。それに対しては文句を言っても無駄だ。守れるルールを破った方が悪い。
私が放課後、図書館を利用するのは何も暇つぶしのためじゃない。
「クソ……! 覚えてろよッ」
お決まりのセリフを吐き捨ててキースリングは図書館を出て行った。
ムスッとした顔のアンドロメダが図書館の扉を睨みつける。
「私、あいつ嫌いだわ。フィロメラが許してくれたらぶん殴ってやるのに」
「気持ちだけもらっておくね。アンドロメダが謹慎になったり、停学処分になったら自分が嫌いになっちゃうからしないでね」
「そうだよ、アンドロメダ。そういうのは誰がやったのかバレないようにしないと」
あれ? ヨシュアさん?
「真っ先に疑われるのはフィロメラで、その次は俺か君だ。疑いを向けられるのはこの際仕方がないと諦めて、犯人だとバレないように細工をしておく必要がある」
「どうやって細工するのよ?」
「ちょっとヨシュアさん? アンドロメダを焚きつけるのはやめてくれます?」
「いい加減俺達も君に対する嫌がらせに腹が立ってるってことだよ、フィロメラ」
「えー……、私は気にしてないから」
くすりとヨシュアが笑った。蠱惑的な笑みを浮かべる。
「君が気にしなくても俺達が気にする。本当は今すぐ君に嫌がらせをする生徒に痛みや苦しみを与えて、教師に彼ら彼女らが今までしてきたことを晒してやりたい気分なんだ」
「あら、ヨシュアったらお優しいわね。私だったら手始めに誰かの首を刎ねて、あのムカつく男に刎ねた首をラッピングしてプレゼントしてやるのに」
「あはは、物理的に殺したらそこまでだろ? 俺は彼らに社会的な死を与えてやりたいだけ。死んだら美化されるなんてこともあるから、殺すなら社会的に殺してからだよ」
「ほんっとやめてね、絶対しないでね、やったら怒るからね」
物騒な内容に、聞き耳を立てていたと思われる生徒の顔色が悪い。
嫌がらせをした生徒に何かがあったら真っ先にこの二人が疑われることが決定してしまった。最悪だよもう。
友情が重たい。と思ったが、そのあとすぐにそういう所も好き。と思ってしまうのだから、私も大概なのだろう。
◇◇◇
殺気立つ二人を宥めつつ閉館時間ギリギリまで作業し、読むことができなかった本は借りて、帰りに食堂で夕食を食べたあとは解散した。
魔術学院は4年制で全寮制である。
基本はふたり部屋となってるが、監督生と呼ばれる生徒はひとり部屋だ。
私の同室はアンドロメダで、同室だったからこそ彼女と仲良くなることができたと言っても過言ではない。
学院に入学してから日課となった日記を書き終えて、凝り固まった体をぐ〜っと伸ばす。
シャワーは浴びたのでこれでいつでも寝ることができる。
日記は誰かに見られた時のことを想定して日本語(この世界ではジパング語と呼ばれてる)で書いてある。よく異世界転生とかである日本語が古代語、という設定は残念ながらない。古代語とされてるのは前の世界で言うヘブライ語だった。
ジパング語は極東と呼ばれる、日本を彷彿させる国の言語だ。
極東を知ってる人間が見たらこの日記に書かれてる文字がジパング語だと判るが、ジパング語をマスターしてる人間なんて早々居ないので見られても大丈夫。
日記の内容としては、私に嫌がらせをした人間の名前と嫌がらせの内容。何かあったときに役立つはずだから。あと、受けさせたい拷問の内容を書いてる。これはストレス発散を兼ねていた。ストレスは溜め込まず発散しないと体に悪いから。
日記を片付けて図書館で借りた本に手を伸ばす。ぱらぱら本を読んで忘れないように大事な部分をノートに書き込む。今日中に読み終わらせて、明日の昼休みに本を返して、放課後に図書館で作業の続きをしようかな。
『眠れないのか』
頭の中に影の中にいるグランの声が響いた。
『レポートしてるだけだよ』
『そのレポートはまだ期限があるはずだが』
『暇な時にやっておかないと時間がもったいないもの。合理的でしょう?』
ちらりと自分のベッドで眠ってるアンドロメダを見る。彼女はぐっすりと眠っていて、一度寝たら起きる時間になるまで起きたことは今までない。
それでも念の為に、と魔力を乗せた声で子守唄を歌っておく。
これは魔術と言うよりもおまじないに近い。夜泣きしたり悪夢を見て泣きじゃくる子どもに使うような、気休め程度のものだ。
「グラン、出て来ていいよ」
音もなく現れる。私が読んでる私を覗き込んで彼は言った。
「ツェリェア・ハーミングか」
「うん」
ツェリェア・ハーミング。前の世界の偉人でたとえるなら、シュヴァリエ・デオンのような人。男装の麗人。
「調べやすそうだなと思って」
「俺の力は必要か?」
「ううん、大丈夫。前みたいに魔術史の先生に詰め寄られるのはやだから」
「そうか」
表情が変わらないグランをじっと見つめる。
「グラン、分かってるとは思うけど」
「ああ、教師にも手を出さない。あなたが困るようなことはしないから安心してほしい」
「ありがとう」
微笑みを向けて作業に戻る。グランは作業の邪魔にならないよう無言で私を見てる。
気にならないと言えば嘘になるけど、今回は擦り合わせをしないため仕方ない。
呼ばない方がよかったかな、と思ってグランをチラリ。目が合うと綺麗な赤を甘く細められて、不覚にもドキッとなってしまった。
そうして作業を進めること2時間後、次のページをめくろうとした手に大きな手が重ねられた。耳に口が寄せられ、低い声が囁かれる。
「フィロメラ」
「……ん、分かった。今日はここまでにしておく。明日起きれないのは嫌だから」
読み終わらなかったので、朝早く起きて続きを読もう。寝起きはよくないが目は覚めやすい。
薄いカーテンの向こうから月光を譲ってもらって読んでいた本に栞を挟み、ひんやりとしたベッドに潜り込む。
目をつむろうとして影の中に戻っていないグランに手を伸ばす。彼は優しく微笑んでベッドサイドに座り、伸ばした手を握ってくれた。
「ねぇ、グラン。私が眠るまで、影の中に戻らないでいてくれる……?」
「ああ。あなたがそれを望むなら」
「……ありがとう、おやすみなさい」
「おやすみ。良い夢を」
冷たい手を握り返して今度こそ目をつむる。
人の気配があるのはいつまで経っても慣れないし落ち着かない。アンドロメダが私を傷つけることはないとわかっていても慣れないものは慣れないし落ち着かなかった。
寝付きもあまりよくというのに、この日はすぐに眠ることができた。
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