第3話


「私がここに居るってよく分かったね」

「当然よ! だって私とあんたは友達なんだからあんたがどこに居るのかなんて解るに決まってるでしょ!」

 ふふん。というな顔で話す彼女はアンドロメダ・メイヨール。

 緩く腰まで伸ばされたプラチナブロンドに、猫のようにきゅっとした薄い青色。乳白色の肌はきめ細かく、桜の唇は口紅を塗らなくても淡い紅に彩られた美少女。

「フィロメラ、また水をかけられたって聞いたけど大丈夫だった?」

 心配そうな顔をしてる彼はヨシュア・ベネット。

 夜みたいな藍色の髪、バーミリオンというよりは鮮やかな朱色の瞳。右目は眼帯で隠されていて、ミステリアスな雰囲気を醸し出してる非常に顔が整ってる男の子。

「うん、大丈夫だよ。ずぶ濡れになっちゃったけど、優しい悪魔ヒトが乾かしてくれたから」

 にこり、と笑う。

「へぇ……この学院にそんな人間がまだ居たんだ。驚いたな」

「あんたが世話になったんだからお礼を言わないとね。名前はきちんと聞いたの?」

「ううん、乾かしたらすぐいなくなっちゃったから聞いてない」

「あら、そうなの? 乾かしてくれた奴の特徴は?」

「う〜ん……」

「覚えてないの?」

「や、覚えてないって言うか……その、ね?」

 困った。どうやって誤魔化そう。

 ヘタに特徴を言って捜索されても困る。もし万が一、その特徴の人物が居たら面倒なことになってしまう。

 でもアンドロメダは考えるよりも先に行動するタイプの人間で、諦めも悪いから見つけるまでは捜索を絶対やめようとしない。

 困った、困ったな、どうしようか。

 助けを求めるようにヨシュアを見れば、彼はしょうがなさげに笑って助け舟を出してくれた。

「アンドロメダ、君の言い方だと問い詰めているようにしか聞こえないよ」

「! わ、わたし、私そんなつもりじゃ……!」

「うん、俺とフィロメラはきちんと君を理解しているから安心して。名乗らなかったってことは極力関わりたくないんじゃないのかな? 恩を仇で返すのはやめた方がいいよ」

 ヨシュアの言葉に少し悩む素振りを見せ、「それもそうね」とアンドロメダは納得して追求をやめた。

 ふぅ……納得してくれてよかった。

 友達に隠し事をするのは苦しい。でも、こればかりはしょうがない。使い魔ファミリアが居ることぐらいは言ってもいいのかもしれない。だけど、どんな使い魔なのか聞かれても答えることはできないし、ただでさえ二人は私の友達ということで目立ってる。

 無知は罪だって言うことはある。でも、知らないことで救われることだってこの世にはあるから。私は優しい友達に今日も嘘を吐く。

「それより、授業が始まるからいい加減教室に戻ろうか」

「えー……遅刻すると思うからサボろうよ」

 私の言葉にヨシュアは困ったように眉を下げて笑い、アンドロメダは苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた。

 だって間に合わなかったから先生に怒られることは確実で、それをくすくす笑う奴はこの世界にも居る。だったらいっそサボった方がマシである。遅刻する方が圧倒的に悪いと思うのだけど、他人の失敗を笑う必要があるのかと聞きたい。

「あんたねぇ……そうやってサボってるくせに試験の結果がいいから嫌がらせされるのよ! この前の試験だってそうよっ。授業はサボり気味なのに10位以内に入るんだから!」

「わぁーい、アンドロメダに褒められちゃった。照れちゃう」

「褒めてないわよ!!」

 ぷんぷん怒るアンドロメダをやっぱりかぁいいなぁと見つめると「ニヤニヤしてんじゃないわよ!」とまた怒られてしまう。

 うん、かぁいい。

 試験に関しては無駄に歳食ってるヒト達が教えてくれるから、いい結果を残さないと申し訳なさを感じる。

 でも、たまぁに世間では公表されてない、まだ明るみになっていないことを教えてくれるから気をつけないといけない。

 特に魔術史。

 知らない魔術史の先生(20代後半くらいの男の人)に詰め寄られたことは記憶に新しく、その時の先生は「今までの研究がひっくり返る!!」と興奮しててちょっと……、かなり怖かった。

「フィロメラ、走ればまだ間に合うよ。先生に叱られるのも、嫌な視線も三人なら大丈夫だから」

「ヨシュアの言う通りよ。私達のことを笑う奴なんかぶん殴ってやるから。ほら、行きましょ、フィロメラ」

 春の陽だまりなみたいな微笑みを浮かべて私には手を差し出す二人。

「……う、ん」

 ちょん、と二人の手に自分の手を重ねる。

 ヨシュアとアンドロメダは笑みを深め、私を勢いよく引っ張りあげる。立ち上がったことを確認すると走り出した。

 どうしてヨシュアとアンドロメダがここまでしてくれるのか分からない。分からないけど、友達に恵まれてると思う。授業が始まるからとわざわざ捜しに来てくれて、私の手を引いて走ってくれる人間なんてこの二人だけだ。

 この繋がりだけは、壊れないように壊されないように大切にしたい。そう思った。


   ◇◇◇


 なんとか間に合った魔術史では、船を漕いでたり眠ってる生徒の姿がほとんどだ。

 アンドロメダは眠そうにしてるが寝ないように必死に我慢していて、ヨシュアは背筋をぴんと伸ばして講義を聴き続けてる。

 居眠りをしたい気持ちはよくわかる。昼食後の授業は睡眠欲が掻き立てられる上に、魔術史は

 だけど、居眠りはあんまりおすすめしない。

 魔術史の先生──ルードヴィーク・ヘルシング先生の眉間にはくっきりと皺が寄っていて、居眠りしてる人間の課題が増やされることが決定した。ざまぁみろって気持ち。

 ヘルシング先生はちょっと気難しそうな貴族のおじ様って感じの人で、常にしかめっ面をしてるせいか生徒に怖がられてる。でも本当は生徒思いの先生で、私が知らない魔術史の先生に詰め寄られた時に助けてくれて、たまたま通りがかった別の先生がその先生をシバいてるときにこっそりとお菓子をくれた。

 ヘルシング先生は多分、不器用なんだと思う。そこが何とも可愛らしい。

 残念なことに、先生の可愛らしさを理解してくれる人に出会えたことはない。アンドロメダやヨシュアに言っても怪訝な顔をされる。前の世界ならば理解してくれる人は居たというのに。

 男の人に対して失礼だとは思うが、とても可愛らしいのだ。あの気難しそうな容貌だというのに、持ち歩いてるお菓子はチョコレートというギャップ。

 持ち歩くチョコレートは溶けそうと思われそうだが、そこは魔術師なので溶けないように魔術がかけられてた。魔力の無駄遣い、などと言ってはいけない。それだけチョコレートが好き、と思ったら可愛い。

 ぱたん。ヘルシング先生が教科書を閉じた。

「寝ている者は起きなさい」

 魔力が込められた声(日本で言う言霊に近い)に、船を漕いでたり居眠りしてた生徒達が強制的に起こされた。

 声に魔力を込める……上乗せさせるのは意識してやると実は難しい。呪文を詠唱する際に無意識に声に魔力を上乗せてるらしいが、意識してそれをやると途端に上手くいかなくなる。

「好きな偉人、または気になる偉人に関するレポートを作成してもらう。文字数・形式の制限はない」

 レポート、か。しかも文字数と形式などの指定がない自由課題。せめて文字数くらいは決めてほしかったな、と思うが、文字数の指定がないということは、レポートに必要な分量はどのくらいか自分で考えなさいと言うことだろう。

 うーん、シヴィ。

 アンドロメダの顔が可哀想なくらいくしゃくしゃになる。彼女はレポートがとても嫌いで、いつもめそめそ泣きながらレポートを作成してる。

「この評価は成績に大きく影響するので、気は抜かないように」

 ふぅん、なるほどね。

 成績に大きく影響するなら評価はB以上をとりたいかな。そうすれば試験の結果が悪くてもなんとかなると思う。書きやすい偉人は誰だろうか。

 授業の終わりを告げる鐘が鳴った。

「今日はここまでだ。居眠りをしていた者はそれとは別に、『革命』をテーマにレポートを1000文字から1500文字以内で提出してもらうのでそのつもりで。……各自、しっかり予習と復習はしておくように」

 居眠りしてた生徒の絶望のこもった視線を気にする素振りも見せず、ヘルシング先生はサッと教室を出て行った。

 しょもしょも顔のアンドロメダに声をかける。

「大丈夫? アンドロメダ。捨てられた子犬みたいな顔になってるけど」

「レポート……」

「そんな泣きそうな顔しないでよ、手伝うから。ね?」

「俺も手伝うよ。ひとりでやるより三人でやった方が気持ち的に楽だしね。放課後、図書館で資料を探しながらレポートをしようか」

 ヨシュアの提案にアンドロメダは小さく頷いた。

「誰についてのレポートにする?」

「そうね……フランツィスカ・セドレーラ・クライブリンクについてのレポートにしようかしら」

「ふぅん。ヨシュアは誰にするの?」

「うーん、そうだね。四人の賢者の誰かにしようかと思ったけど……調べる人が多そうだからマイナーな偉人にしようかな。ジョナサン・ガドゥボワとかマデリン・ド・デマールとかね」

 マイナーって言っちゃったよ。にっこり笑顔でマイナーって。確かにマイナーだけども。マイナーだからこそ調べるのが大変そうだ。

「そういうあんたは誰にするのよ?」

「んー……、あとで適当に決める」

「あとでってあんたねぇ……!」

「まぁまぁ」

 眉根を寄せて小言を言い始めるアンドロメダを宥めるヨシュアをぼんやり見つめる。

 適当に決めたら図書館で資料集めをして、グランや72柱に擦り合わせをお願い、するのはやめておこう。また先生に詰め寄られることを考慮して、図書館で集めた資料だけでレポートを作成したほうがいいだろう。

 アンドロメダの小言に相槌を打ちながら、誰についてのレポートにしようかと頭を悩ませる。

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