第23話 レインのターン⑥

「……魔獣の子供ってこんなに可愛いんだな」

「うん、可愛い……」


 視線の先に映るのは低級モンスターである犬人コボルドの子供。成長すれば少々厄介な敵となるのだが、その子供は愛らしく母性をくすぐられる見た目をしている。

 ピンク色で可愛らしく装飾された店の雰囲気が、魔獣の子供をより可愛くさせているのだろう。

 獣カフェに辿り着いた二人は、店内に入って早々、癒されてしまっていた。


「こんな可愛い子供がゆくゆくあの犬人コボルドになるなんて……ちょっと考えたくないな」

「アレン、それ禁句……」


 恐らく、レインも同じことを考えていたのだろう。むむむ、と唸りながら複雑そうに犬人の子供を抱いていた。


「あぁ……ごめんごめん。でも何で獣カフェをチョイスしたんだ?」

「……アレン、疲れてそうだったから」

「え、どういうことだ?」

「そ、その……冒険者辞めたいって……言うから疲れてるのかなって思って」

「……っ」


 レインは指摘してくる。冒険者を辞めたいほどに、ストレスを抱えているのではないか、と。普段のレインらしくない言動に、思わず固まってしまうアレンである。


「……アレンが、もしストレス抱えてるならこの場所で和んでもらったらいいなって……そう思って」


 誰にも明かしてはいないが、実はレイン、アレンのことを思いに思ってデートのプランを立てていた。感情の起伏が乏しかったり、不器用な面が目立つため伝わりづらくはあるが本人なりに思い遣ってのデートプランを練っていたのである。


 アレンに冒険者は辞めさせたくない———。

 でも、アレンに迷惑はかけたくない———。


 葛藤する思いが常にレインの中では渦巻いていたのだ。アレンにそれを察することは出来ないものの、レインの真剣さは伝わったのだろう。アレンは『ふぅ』とひと息つくと口を開く。


「そうだな、確かに俺は疲れてる……」

「………っ」


 瞬間、きゅっと白いワンピースの裾が握られ、耳をしゅんっと萎えさせるレイン。

 アレンは『悪いこと言ってるな』と良心が痛んだものの、その後、ニッと口角を上げていってみせた。


「だから、レインの言う様に……盛大に癒されることにする」

「えっ………?」

「俺って結構、ケモミミ好きだからさ」

「…………」


 遠慮していたところがあるのだが、レインに心配かけられる様ではもはやその必要はない。

 アレンは人目をはばからず、可愛い獣たちを手に抱いては、わしゃわしゃっと頭を撫でていく。


「ほらお前も可愛いな……え、この子もモフモフじゃん」

「…………っ」


 演技などではない。アレンは小さな子供の様にはしゃいではレインを手招きする。


「……ほら、レインもこっち来たらどうだ? みんなめちゃ可愛いぞ」


 優しい声音で、向けられた笑みを前にレインの心はときめいていく。幸いなことに現在、店内の利用客はアレン達以外には見受けられない。普段、はっちゃけたりするのは苦手なレインだが心底楽しんでいるアレンを見ると、自分もその輪に入りたいと強く望んでしまうもの。

 レインはきゅっと口を結んではアレンの元へと向かっていく。


「アレン………ありがとう」

「ん? なにが?」

「………何でもない」

「変な奴だな」

「……へへ、そうかも」


 レインは耳と尻尾、両方をゆらゆらと揺らして微笑んでいた。

 獣人族の耳と尻尾———両方が上下に同時に動くのにはこんな隠喩があり、隠された意味が込められているのだ。アレンはそのことを知りもしないが、レインはひっそりと自身の溶けた笑顔の前で、伝えていた。


『————大好き』


 耳と尻尾を上下に、そして同時に動かすこのポーズ。それは、獣人族の中で求婚をする者が取る動きである。

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