第18話 レインのターン①

「いや、"迷宮祭"って1ヶ月後のことかよ……」


 【冒険者ギルド】を後にしてから、アレンは外壁に張り出されているとある紙を見つめていた。

 その紙というのは、"迷宮祭"の開催日時が記されているもの。直近で"迷宮祭"が開催されると思い込んでいたアレンにとっては、肩を落とさざるを得ない情報である。


(……1ヶ月か。まぁいいんだけど……ちょっと長いなぁ)


 てっきり、あと数日で冒険者を辞められるものと考え込んでいたアレン。自身の計画がずれてしまうことに少し落胆してしまう。


 肩を落としてとぼとぼと帰路につこうとしたところで、自身の袖が何度か引っ張られていたことに気づいた。

 誰かと思って確認すると、よく見知った顔であったため、強張っていた頬が緩む。


「……もう。アレン、さっきから無視しないで」

「あっ、あぁレインか。って……今日は一体どうしたんだ?」


 『どうしたんだ?』とアレンが問うたのも自然なこと。よくよく彼女の容姿を見やれば、普段とは服装が違っていたのだから。

 さらしを巻き、露出の高い服を普段着ているレインだが、何故かこのときは清楚な格好をしていたのだ。

 ファッションに疎いアレンでも、レインが着飾っていることには気づけたようである。


(レインのやつ白のワンピースなんか着て………誰かとデートでもするのかなぁ)


 レインのお洒落な格好を始めて見たものだから、アレンは邪推をしてしまう。


(大方、デートのお相手はAランクのルキスあたりだろうか。ふっ、彼女の財布役を抜け出せるのなら凄く俺としてもありがたいことだから歓迎ものだな)


 恐らく、もうレインに奢らされることはなくなるだろう。きっと彼女には素敵なお相手が出来たに違いないのだから。それはそれはおめでたいことだ。レインとの付き合いはそれなりに長いため、お相手が出来たことは祝っていいだろう。


 強い日差しが差し込み、暑さで思考が鈍っていたのかアレンはレインに向き合って言う。


「おめでとうレイン。今日は彼氏とデートか?」

「………むっ、彼氏なんかいない」


 頬を膨らませ、ジト目を向けてくるレイン。

 彼氏がいると思い込まれたことに呆れた様である。


「えっ? なら、なんでそんな格好してんだ?」

「か、彼氏がいなくても私だってお洒落はする」

「そういうものなのか」


 納得はしきれないものの、首を縦に振って理解は示す。


「アレン、私のこの格好似合ってるかな?」

「あぁ、うん。凄く似合ってると思う」

「………っ」


 思ったことをそのまま口に出しただけなのに、レインは白いワンピースの裾をぎゅっと握り込んで俯いた。暫くの間、顔を俯けたままのレインであったが、顔を上げると、僅かに頬を紅潮させ動揺が伺えた。

 アレンはそんなレインの態度に違和感を覚えながらも、暑さからその場を後にしようとする。


(正直なところ、レインにも聞きたいことは山ほどあるけど、全部の仕業に違いないはずだからな)

 なんて、そんなことを胸中で思いながら。


「じゃあ、俺はそろそろ———」

「ま、待って」

「ん?」

「アレン、このあと暇……でしょ?」

「まぁ、予定はないけど」

「だ、だったら……ちょっと付き合ってくれない?」

 千種色の瞳を潤ませ上目遣いでこちらを見つめてくる。日差しの影響なのか、彼女の顔はやけに赤く染まっている様にアレンは感じる。


(……また何か奢らされそうだが、"迷宮祭"まで残り1ヶ月。それっきりで冒険者を辞められるのなら、まぁいいか)


 甘い様な気もするが、レインの過去を知るだけに彼女に悲しい顔はさせたくなかったアレン。


「分かった。まぁたまにはいいか」

「………うっ、うん」


 返答すると、満足そうに口角を上げたレイン。

 ご機嫌なのか尻尾をゆらゆらと上下に揺らしていた。


「今日は私がアレンをエスコートするから……」

「ははっ、それは頼もしいな」


 子供っぽいところがよく目立つレイン。そのため、エスコートしてくれる姿が中々想像つかず思わずアレンは笑ってしまう。

 レインはムカついたのか、頬を『むぅ』と膨らませて華奢な手でアレンの手を握ってみせた。

 獣人族は元来、艶々の肌を持ち合わせているからか、新鮮な感覚にアレンは背筋を伸ばす。


(レインの手って……こ、こんなにすべすべなのか)


 あまりの滑らかさに率直にそう感じるアレン。

 驚くアレンを見てレインは小悪魔っぽい笑みを向けてこう言ってみせるのだ。


「………ほら、行くよ。アレン」


 ニッと笑って見えた白い八重歯と彼女の笑顔を前に何故か心臓が高鳴る。


(こ、これは……きっと、外が暑いからだ。あぁそうに違いない……)

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