第14話 とある提案

「アレン。聞きたいことは山ほどあるが、まず手始めに私との関係についても話してもらおうか」

「…………………」


 【氷姫】ルクシアが来訪してからのこと。

 早速、ルクシアからアレンは問い詰められる羽目にあっていた。エクレシア、レイン、アンナの三人は驚きのあまり、ぽかんと呆けた表情を浮かべている。


「ほら、どうした? なに、遠慮することはない。素直に思ったことを述べればよい」

「…………………」


 嗜虐的に細められた碧玉せいぎょくの瞳が、アレンを離さず、じっと向けられ続ける。

 有無を言わせぬ眼力。圧倒的なまでのオーラ。思わずチビリそうになり、より一層この場から逃げ出したくなるアレンである。


(……悪魔だ。ルクシアはうん……俺にとって悪魔的存在………)


 だが、そんなことを彼女に言えるはずもない。最強のSランク冒険者にCランク冒険者の自分が生意気な口を叩くなど許されることではないだろう。

 それに加えて———。


(『氷神の槍弓ヒンメル』の連中にそのことが知れたら、また俺は目をつけられて……うっ、想像しただけで胃が痛い……)


 ゴミを見るかの様なあの視線。ただでさえ、Sランク冒険者は貫禄が凄いのに、その人らに目をつけられる。どちらかと言えば目立ちたくアレンにとっては悩みの種でしかなかった。


 背中から嫌な汗を流しながら、沈黙を貫いていると、青髪を揺らしながら彼女は自分と肩を組んでくる。


「そんなに難しい問いか? アレン。私のことをそこまで考えてくれるのは嬉しいが、そろそろ言ってみせろ」

「………っ」


 耳元で発せられる彼女の低めの声に、思わず身体がぶるっと震える。まるで『今すぐ言え』と命令されている気分になるアレンである。

 あまりの貫禄とオーラで未だに何も言え出せないアンナ、エクレシア、レインの三人。


(……た、助けてくれ。三人とも……頭が真っ白でもう『悪魔』以外なにも頭に浮かんでこない……)


 助けを求めて眼力で訴えるものの、彼女たちは静観を決め込んでいた。もはや成す術がなく、口を開くしかなかった。


「俺にとって……ル、ルクシアは」


 そこで、一白置いて目を閉じるアレン。

 『悪魔』という単語が、脳内を支配していくがそれはこの状況と相まって出てきてしまっているもの。本来、アレンが彼女を形容するのに相応しい言葉ではなかったようである。

 思い返すのは———彼女、ルクシアと出会ったときのこと。ほんの短い時間であるが、彼女との思い出を振り返ったアレンは素直にこう述べたのだ。


「ルクシアは……俺にとって、って感じだ」


 震えていた口調から一転。真面目な声音で言ってみせたアレン。そこに、おふざけや茶化しは存在していなかった。


「「「…………っ」」」


 アレンの真剣なトーンを間近で感じ取ったからであろう。アンナ、エクレシア、レインの三人は同時に『はっ』と息を呑んだ。


「ふっ、生意気な奴め」

「………っ。い、いててて」


 少し沈黙があったと思えば、ルクシアから頬をつねられる。言葉と態度からは、不満そうに振る舞っているが、表情はどこか嬉しそう。口角をつりあげながら、白い歯を見せるルクシアである。


(ふぅ……な、なんとか助かったか?)


 つねられた頬をさすりながら、動向を伺うアレン。機嫌の良さそうなルクシアを見てほっと胸をなでおろす。


「さて、私との関係も言ってもらえたようだし……次だ。ようだな? アレン」


 ニヤリ、と口角を上げて彼女は話題を切り替える。思わず否定してこの場を逃げ出したくなるアレンであるが、何とか踏みとどまってルクシアを見据えた。


「そ、そのつもりだ」

「ほう? なるほどな」


(……い、意外と好感触……か? 余裕な態度は変わらないし……こ、これは冒険者辞められるぞ!)


 もしかしたら、ルクシアは自分の邪魔をしてくると思っていた。正真正銘のドSでよく俺を虐めては楽しんでいるルクシアのことだ。

 冒険者を辞めると言えば、辞めさせない様に意地悪をしてくるとアレンは踏んでいたのである。


「まぁ、辞めることはしてもいいと思うが、皆混乱しているだろう? アレン」


 ルクシアは余裕な態度は崩さずに、あたりを見回した。その口調には『もう少し落ち着いてから辞めてもいいだろ?』との意味が込められている。


「……要はな。今までアレンと関わってきた人たちが混乱しているから、それが落ち着くまでは辞めるなと言っているんだ」

「たしかに、それは一理あるな……」


 現にアレンが『冒険者を辞める』と言い出したのはここ最近、いや二日くらいのこと。

 あまりに突然のことで周りが動揺して困るのは、納得できる話だった。


「だから、2〜3日待ってもらいたいんだ。私がギルドマスターに話を通しておくし、ここにいる皆も納得させてみせよう」


 いつもは虐めてくるルクシアであるが、この時はすごく頼もしくアレンの瞳には映る。


(ルクシアは、ギルドマスターと仲良いみたいだし、それにここにいる全員を納得させるのも彼女なら出来そうな気がするな)


 Sランク冒険者としての人脈や強さ。協力してくれるというなら、乗らない手はなかった。


「分かった……。ルクシアに任せるよ」

「ふっ。そうこなくては、な。では、ここにいる者たちをまず納得させるから、2日後、またギルドへとやってこい」

「うん、分かった」


 頷いてから、その場をルクシアに任せて一室を後にするアレン。


 ————だが、二日後。アレンは知ることになる。

 ルクシアに任せてしまった一件からことが出来なくなってしまうことに………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る