第12話 修羅場?

 アンナさんの元へと駆け寄った後のこと。


「アレン……説明して」

「アレンさん、これはどういうことですか?」


 現在、レインとアンナさん双方から問い詰められているアレン。


(……どうしてこうなる)


 アレンは内心で焦っていた。元々、アンナさんの元へと駆け寄ったのは"場の沈静化"を祈ってのこと。たしかに、他の冒険者達からの視線は消えたものの、状況はかんばしいとは言えなかった。


 千種色のシャープな瞳に紫紺の双眸そうぼうが自分を離してくれない……。

 それに加えて———。


「アレン、ちゃんと説明しなさいよ!」


 アンナさんの胸に圧倒されていたエクレシアも復活し問い詰めてきていた。男1人に対して女3人の構図が出来上がっている。

 うん……もう逃げたい。

 胃がキリキリと痛むアレンである。


「まぁ……みんな落ち着いてくれ」


 一言だけ言って、落ち着こうと深呼吸をする。場の状況だけ見れば、逃げ出したいぐらいには"最悪"であるが、これは同時に"好機"でもあった。


 そもそも、旨を誠意を込めて伝えるために今日ギルドにやってきたのだ。

 お世話になった方たちが今、ちょうど揃っている。エクレシアに、レインに、アンナさんに。そして、ギャラリーもいないため騒ぎが起きる可能性も低い。


(これは、チャンスではないか?)


 『ピンチはチャンス』という言葉もある。

 アレンは、そのことに気づき拳をぎゅっと握りしめた。自分の服装はスーツ姿であるし、今言えば昨日みたいにアンナさんから茶化される雰囲気もなくなるだろう。

 スーハー、スーハーと深呼吸をして言う決意をしたそのときだった。


「落ち着くもなにも、私は冷静。ただこのエルフは気に食わない」


 レインが尻尾をフリフリと揺らしながら、エクレシアを指差したのだ。


「なっ……こっちのセリフよ! この獣人女」

「そうやってすぐ突っかかってくるとこ嫌い」

「あ、あんたがふっかけてきたんでしょうが!」

「まぁでも……私はアレンとよくご飯食べてるから平気。許してもいいよ? エルフ」

「ふふっ。可愛いものね。私なんてアレンと旧知の仲だし、それに手だって繋いだことあるけど」

「…………やっぱり、許してあげない」


 頬を膨らませて『ぶぅ〜』と項垂れるレインである。そして、彼女は『このエルフとホントどういう関係?』と詰め寄ってきた。


「私もそれ気になってたんです。アレンさん、教えてください。このエルフとアレンさんはそのどういう関係なんですか?」


 アレンの担当受付嬢——アンナもまたその話題には興味深々な様である。エクレシアは一人勝ち誇った様に堂々としており、意味深な笑みを浮かべていた。


(全くみんなしてどうでもいい話題を気にするよなぁ……。俺とエクレシアの関係なんて、そこまで気にすることか?)


 アレンの返答を待ち望むアンナとレインを前に彼は不思議そうに首を傾げて答えた。


「まぁって感じだけど」


 思ったことを素直にそのまま口にすると、直後、エクレシアのピンッと尖った耳が萎れる。

 桜色の唇を尖らせてがっくりと肩を落とす。

 先ほどまでの勝ち誇った様な態度は示さなくなった。


(ん? なんでそんなに残念そうにするんだ? 別に普通のことだよ……な?)


 現にアレンは、お隣さんとしての関係をエクレシアと育んできたと思っていたため、エクレシアの態度には納得がいかなかった。


「ふっ……ちなみにだけどアレン私は、私とはどんな関係?」


 そこで、今度はレインが珍しく明るげに問うてくる。普段、眠たげなまなこをしているレインだが、なぜかこのときは期待を込めた瞳をしている様にアレンは感じた。


(レインもなんでそんなこと気にするんだか……)


 そうは思いながらも、一度エクレシアとの関係を話してしまっている手前、レインとの関係を言わないのは不自然だろう。

 不思議には感じつつも、アレンは正直に答える。


「っと、そうだなぁ。レインはって感じかな」

「……………アレン、嫌い」


 期待を込めた眼差しから一転。

 ぷいっとそっぽを向いて、不機嫌になるレイン。

 そして、何故だかエクレシアは『ふふん』と再び勝ち誇った様な笑みを浮かべた。


(………いや、意味がわからない)


 レインとエクレシアの反応を見てますます混乱するアレン。事実そうであるのを口にしただけで彼女たちを残念がらせてしまうのは不思議でならないようだ。


「ちなみにですけど、アレンさん。私はどうですか?」


 と、ここで自身の受付嬢アンナさんがもじもじと身体を揺らしながら、上目遣いをしてきた。紫紺の瞳は潤んでおり、うっすらと白い頬を赤く色づかせている。


(アンナさんとの関係かぁ……。まぁもうエクレシアとレインとの関係も言ってしまってるしな。言わないのはおかしいし、後が怖い……)


「アンナさんとの関係は、かなぁ」


 実際、冒険者と受付嬢は互いの信頼関係によって成り立つもの。言わば、"相棒"的な存在に近い。そのため、アレンの返答は間違ってはいないのだが、それをレイン、エクレシアが受け取れるかは別問題。アレンを色目に見ている彼女たちは異なる解釈をしてしまうのだ。


「「えっ?」」


 それぞれが、瞳を大きく見開かせ唖然とする。アンナさんは白い頬をますますに紅潮させて嬉しそうに下を俯いていた。


「不覚……まさか、アレン。胸に弱かったなんて」

 胸元が控えめなレインは悔しそうにアンナさんの胸を見る。


「………あ、あんなの反則でしょ」


 エクレシアもまた悔しげにアンナさんの胸を見て言ってみせた。


(……話が脱線しまくってるな。早く言わないと)


 彼女たちの反応は、アレンも不思議に感じるところはある。だが、そんなことを気にしていてはいつまで経っても本題に入れないと感じた様だ。

 アレンは話を折って、それぞれの反応を示している彼女たちに言った。


「悪い……。皆、単刀直入に言うけど俺、やめるから」

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