第11話 修羅場の前兆

(……視線がなんか痛いな)


 周囲の目を気にしてアレンが胸中で思わずそう感じてしまった場所。それは血気盛んな【冒険者ギルド】の内部。


 白大理石の床に視線を落としながら、自身を担当する窓口受付嬢——アンナさんの元へと向かう。その際、チクリチクリと冒険者達から冷ややかな視線を浴びていることに気づいたのだった。


(やっぱり……スーツ着てるからかぁ)


 重装備や軽装備など。必ず防具を見に纏っている冒険者達がいるなか、自分だけがスーツ姿。

 目立つのも無理はないだろう。


(はぁ……)


 思わずため息が漏れるアレンである。が、アレンの目立っていた理由とは本人が思っていたこととは違うもの。


「アレン……。もう手離しなさいよ……」

「ん? あぁごめん。忘れてた」

「……もう。さっきから周りの視線が凄くて居心地最悪じゃないの」

「あっ、そっか……ごめん」


 赤髪エルフの美少女——エクレシアと手を繋いでいたから。

 嫉妬や羨望の目があったと言ってよかった。

 繊細で絹の様に白い彼女の手を離して、アレンはアンナさんの元へと足を運んでいく。


 そのときだった。

 見知った顔がアレンの目に映る。


「アレン……その女、誰?」


 クールで抑揚のない声音。ふさふさと揺れ動く耳に尻尾。千種色のシャープな瞳。

 この特徴から間違いようがなかった。

 獣人族のレインである。


(くっ……なんでこうタイミングの悪い時に限ってレインと鉢合わせてしまうんだ、俺は)


 普段、感情の起伏があまり感じられないレインであるがこのときは何故か頬を膨らませて唸っている。


「それに、アレン。スーツ着てるし……どういうこと? 説明して」

「アレン、この獣人女は誰よ!? ………なんか親しげそうなんだけど」

「……この野蛮なエルフはなに? それに、手繋いでたみたいだけどどういう関係?」


 一触即発。まさにこの四字熟語がピッタリな状況下。レインとエクレシア、二人から問い詰められるアレンである。


『おいおい。さっきエルフと手を繋いでたスーツの男、なんか修羅場ってるぞ』

『あいつ、二年も冒険者やってて未だにCランクのアレンだろ?』

『そうなのか? ……にしてはなんかモテてるみたいだけど』

『いやいやないだろ。あれは、ハニトラとかだぜ、きっと』

『なるほどな……』


 レインとエクレシアの二方向から詰問されているとき。再びアレンは冒険者達からたくさんの注目を浴びていた。


 その視線は好奇と嫉妬。

 先程よりも多くなった複数の視線にアレンは思わず、おどおどとしてしまう。


「アレン……説明して」

「説明しなさいよ!」


(あぁ……最悪だ。二人とも逃がさないって顔してるし同時になんか怒ってないか? エクレシアのやつには片足踏まれるし……あのエクレシアさん? 痛いです。レインはレインで俺から一つも視線を外さないのやめてくれ……なんか怖い)


 二人ともが姿勢を前傾させて『むむっ』と詰め寄ってくるこの状況。逃げ出せそうな気配は到底なかった。


「あぁ……分かったから。落ち着いてくれ二人とも」


 場の沈静化を図ろうと、アレンはエクレシア、レイン双方の手をそれぞれ握って駆け出す。

 目的地は受付嬢アンナさんの元。ギルドに設けられたロビーの小さな一室である。


「………アレン……大胆」

「こ、こんなんで言い逃れなんて許さないわよ!」


(とりあえず、今は黙ってくれ……周りの視線が痛いから……頼む)


 この時ばかりは、場の沈静化を祈るアレンであった。


♦︎♢♦︎


「はぁはぁ。ア、アンナさん……」

「アレン、ホントに大胆」

「もうっ、強引なのよ……」


 ダンジョンの運営管理を任されているギルドの受付嬢、アンナは手持ちの資料を整えながら三人の声がする方へと顔を向けた。


 一人は、自身が担当する冒険者かつ想い人のアレンさん。

 二人目は、"攻撃特化"のBランク冒険者レインさん。……そして、多分ですけど私のライバル。胸は勝ってますが油断は大敵です。


 そして、三人目は……誰でしょう。あのピンッと尖った耳を見る当たり、エルフなのは間違いないですけど……顔見知りではないですね。

 端正な顔立ちをされてますが、何か匂います。


「………アレン、獣人の次はきょ、巨乳だなんて……こ、これどういうことよ」


 エクレシアは顔を手でキョロキョロと隠しながら、恥ずかしげに言う。無理もないだろう。

 アンナさんの胸の大きさは常人を遥かに超えているからだ。初見であれば誰しもが驚くに違いなかった。


「で……でかけりゃいいってもんじゃないでしょうが」


 ボソボソと一人そう呟くエクレシアであるが、自身の受付嬢アンナさんとレインは気にも留めずにこう言うのだ。


「アレン説明して」

「アレンさん、これはどういうことですか?」


 ——そう。アレンのよかれと思ってした行為は修羅場要員をただ一人増やしただけに終わるのだった。


(………って言うしかないよなぁ)


 口角を引き攣らせながら、アレンはそう思うがこの先、知ることになるのだ。


 『冒険者を辞める』の一言でを"本気"にさせてしまうことを……。

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