第10話 エクレシアの想い

(……アレンの後ろ姿、や、やっぱりカッコいいわね)


 アレンに手を引っ張られ、冒険者ギルドに向かう道中。エルフ族のエクレシアはアレンの後ろ姿を見て、紅玉ルビーの瞳を揺らしていた。

(……それに、なんか手もゴツゴツしてるし)


 ガチっと程よい力加減で握られた自身の手を見て悶絶しそうになるエクレシアである。

 ガタイも良くなく、お世辞にも冒険者と言える体格をしてないアレンの手。

 男性の手を握ったことのないエクレシアには、新鮮な感覚だったようだ。


(………うぅ。私はこんなに恥ずかしい想いをしてるのに、アレンのやつ……ほんっとに卑怯だわ)


 ドッドッドと、心拍数が上がっていくエクレシア。

 彼女は床に視線を落として、胸の高鳴りを抑えこもうと呼吸を整える。


 本当は自分がアレンのペースを乱したいのに、今思えばやられっぱなし……。


 ———————アレンは、ずっとそう。出会った時からそうだったわ。

 私の心をいつも乱して……そのくせ、本人はケロッとしてて、無自覚で……ほんっっとに生意気。


 くすっと口角を上げて、アレンの握る手に少し力を加える。


「………おい。痛いんだが」

「ふんっ、お仕置きよ」

「いや、何のだよ」

「………しらないわ。自分で考えることね」

「はぁ、やっぱり分からん」


 アレンは空いている手で後頭部をポリポリと掻きながら、首を傾げた。


(………女心ってものをアレンは分かってないんだから。ふふっ……されたら、好きになるに決まってるのにね)


 エクレシアの溢す

 それは、絶望に暮れていた彼女を一人の青年が救った日の出来事である。


 ——————二年前、故郷からこの【迷宮都市クラシス】にやってきたとある日の話よ。

 こちらに越してきた時の私は、今の私と違って陰鬱としていたわ。


『呪いの


 エルフの里……つまり、私の故郷ではある言い伝えがあったのよ。

 昔。赤髪のエルフがエルフ族を裏切って酷い目に合わせた過去があるから……そういう言い伝えが広まったらしいわ。


 赤毛のエルフなんて、珍しいにも程があるからかしらね。生まれた時から、両親を知らない私は故郷では酷い目にあい続けた。

 ————けど、時には仲良くしようとしてくれた娘もいたわ。


『呪いの赤毛なんか関係ないよ!』って。私はその言葉に救われたし、なにより嬉しかった。

 けど、ダメだったの……。

 ある日のこと。仲良くしてくれた娘は事故で崖から落ちて亡くなってしまったのよ。


 私の大切な友達。かけがえのない人。


 私のせいで……失くしてしまった。

 そう、私のせいで………。


 その一件以来、ますます私の当たりは強くなって誰も私と仲良くしてくれるひとは現れなかったわ。故郷の人たちからは、当然、邪険に振る舞われ、私は何のために生きているのか分からなくなる日もあった……。死ぬ勇気もなくて、無気力に全てに絶望して生きる毎日。

 そんな日を送り続けて、私は成人したわ。


 成人してからは故郷を離れて、多種族が行き交うとされる迷宮都市——クラシスにやってきたの。


 人口が多いところならきっと目をつけられることはないはずよね。つつましく誰にも迷惑をかけずに生きていこう。


 そんな想いから、ボロいアパートに住むことを決めた当時の私。けれど、どうやら私以外にもこのボロいアパートに住む人がいたようで……。


『お、お隣さんですか? 俺、冒険者やってるアレンといいます』


 最悪だと思った。まさか、私以外にもこんなボロアパートに住んでる人がいるなんて。


『………(関わったらだめだ)』


 きっとこの人も不幸な目に合わせてしまう。

 私のせいで………私のせいでっ!

 アレンと名乗る冒険者の方を無視して、私は逃げ出したわ。極力関わらない様に。

 どの人だってそう。無視し続ければ、関わらない様にし続ければ……向こうから距離を取るはず。

 —————そう、そのはずなのに。


『お隣さん、仲良くしてくれませんか? 冒険者やってるアレンです』

(うるさい………)


『お隣さん、今日も天気が良いですね』

(晴れてるんだから当たり前でしょ)


『お隣さん、今日はちょっと暑いですね』

(たしかに……暑い)


 アレンと名乗る冒険者はいつまで経っても、私に関わり続けたわ。どれだけ私が拒絶しても、無視しても———。

 暇な人だと思った。変な人だと思った。

 毎度毎度、話しかけてくる隣の冒険者を無視して2ヶ月ほど経った頃。

 私は、つい聞き返してしまったの。


『なんで、そこまで私に構うのよ……。気色悪いわ』

『お隣さんとは仲良くやっていきたいからな』

『………なんで、よ。私は呪われてるのに』

『ん?』

『いや、なんでもないわ』

(なに、私はペラペラと話してんのよ!)

 心はそう訴えるけれど、口は止まらなかった。きっと心のどこかで助けを求めていたのだろう。

 誰かと話したい、誰かと関わりたい。

 封印していたはずの気持ちが、隣の冒険者の人と話すことで開放されていく。


『………ど、どうして。そ、そこまで………わ、私に構う………のよ』


 気づけば私の瞳は潤み、声も震えていた。

 助けなんか求めちゃいけないのに。私は誰とも関わってはダメなのに……彼は照れ臭げに言ったのよ、こう。


『恥ずかしながら俺、まだこっち越してきたばっかで友達いないからさ……その友達が欲しくて』

『……え?』

『だから、俺と友達になって欲しいっていうか』

『………だっダメよ。私なんかといたら……』


 過去の亡くなった友人が脳裏によぎる。

 私は友達なんかを作っちゃ……。


『呪われてるからだったけ?』

『え、ええ』

『呪われてたら友達になるのダメなのか?』

『そんなのダメに決まってる』

『……残念。でも俺、お隣さんと話せるようになって今幸福だから、呪われてなんかいないな』


 照れ臭そうに笑って彼は言った。

 そして、続ける。


『空は青いし、太陽は眩しいし、冒険者活動は辛い』

『………?』

『こうやって、なんて事ない一日を笑える。俺と関わるのが嫌でも、お隣さんにはそうなって欲しいな』

『………………』


 彼はその日以来、私と無理に話すのはやめたわ。けれど、彼はたまにちょくちょく私に話しかけてきた。そんな日が続いて数ヶ月が経って、私は彼に甘える様になったのよ。


 ————今でも、アレンには言えないけど私は彼に甘えてるわ。今の私があるのはアレンのおかげ。


 …………アレン、本当に好き。


 なかなか素直にはなれないけど、いつかあなたを私の物にしてみせるわ。


 だって、貴方は私にとっての英雄ヒーローで最高のだもの。

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