第9話 ギルドの道中

 迷宮都市——クラシス。

 多種族の者達が行き交うこの都市は、喧騒が多く冒険者の街として有名であるが、同時に商人の街としても名高い一面がある。


 冒険者の街と同様に商人の街としてもクラシスは発展しているのだ。


 アレンは、エクレシアの横に立ち、そのことをまさに実感させられていた。


「アレン……わたし、あれ食べたいんだけど」


 【冒険者ギルド】へ向かう道中。大通りの脇で、沢山の店が営まれている中、エクレシアは俺の袖を引っ張ってくる。

 彼女が物欲しそうに見つめるさのはりんご飴。

 紅玉ルビーの瞳を見開きながら、ハイテンションでエクレシアは振る舞うのだ。


(……目的分かってんのかな……エクレシアのやつ)


 あくまで、この散歩は【冒険者ギルド】に向かうためのもの。エクレシアの財布にされるための散歩ではない。

 そのはずなのに、彼女は大通りに出た途端に子供の様にはしゃぎだしている……。


「りんご飴か……」

「アレンいいわよね? いいでしょ?」


 エルフ特有の尖った耳をピクピクとさせながら、エクレシアは姿勢を前傾させた。


(ぜっっったい、俺より金は稼いでいるはずだけどなぁ……)


 酒場の人気メイドとしがないCランク冒険者。

 稼ぎの違いなど、誰の目から見ても明らかだろう。


「……はぁ。りんご飴だけだぞ?」

「やった……感謝するわ、アレン」


 まぁ、彼女は"酒場のメイド"でランキング一位取ったって聞いたしな。お隣の都合で、ご褒美くらいは上げても問題ないだろう。


 そう判断したアレンは店主に声をかけ、りんご飴を一つ購入し、エクレシアに手渡した。

 真っ赤なりんご飴は、赤髪のエクレシアには

何故だか似合っている。


「………やっぱり、優しいわね。アレンは」


 ペロリ、ペロリと舌先でりんご飴を舐めながらエクレシアは上目遣いをしてきた。


「いや、昨日『ランキング一位取った』って聞いてたからな、特別だ」

「あ、えっと……そのこともそうなんだけど、ほら……私を守って威圧してくれてるみたいだし」

「あぁ……そのことか。獣人族とエルフ族は仲が悪いみたいだからな……これくらいの配慮は俺だってするさ」


 実にくだらない、とアレンは思う。

 商人の街とはいえど、種族間どうしの争いは絶えないようだ。現に、エルフと獣人の商人はバチバチとしていて仲が悪いのはよく分かる。

 片脇には、エルフ族が。

 片脇には、獣人族が。

 お互い関わり合わない様に、牽制しあっていた。


(………はぁ、ほんっとにしょうもない)


 そのため、エクレシアを敵視する獣人族から彼女を守るようにアレンはちょくちょく睨みを効かしていたのだ。


「……ううん、そんなことないわ。手を出してくる人はいないから、このちょっとした視線に気づけるひとってそんなにいないのよ」

「まぁ、こう見えても冒険者やってるからな。視線には敏感なのかもしれない」

「……ふふっ。Cランクなのによく言うわ」

「うっ……うるせぇ」

(まぁ……もう辞めるんだけど)


 ケラケラとご機嫌高くエクレシアは笑う。

 彼女はりんご飴を舐めながら、うっすらと頬を朱に染めていた。


「ねぇ……なんか獣人族の人たち多いからさ。ここから……はやくぬ、抜け出せる様に……て………手を繋ぎなさいよ!」

「は? なんで?」

「あっ……嫌ならいいのよ。私だって、仕方なくの提案なんだから」

「なるほど、な」


 たしかに、エクレシアの言う通り、獣人族の視線が多くなっているとアレンは感じる。


(俺は気にしないが、こういうの女子は苦手そうだもんなぁ)


 二年の冒険者活動を通じて、鋼のメンタルを手に入れたアレン。

 エクレシアは普段の態度から、メンタルは強そうに思えるが、乙女は乙女だもんな、うん。


「じゃあ繋ぐか(そのほうが早く冒険者ギルドに行けるしな)」

「………え? う、うん」


 確認をとり、エクレシアの絹の様な繊細な手を握る。


「よし、いくぞ。冒険者ギルドに」

「………っ、あ、あのさ。アレン……やっ、やっぱり手を繋ぐの辞めてくれない?」

「もう遅い。ほら早くいくぞ?」


 エクレシアの柔らかい手を引っ張って、雑踏を駆けていくアレン。

 彼女——エクレシアは自身から手を握る様に促したのだが、顔を真っ赤にさせていた。

 彼女が片手に握る"りんご飴"の様に。


(うぅ………こ、こんなに恥ずかしいだなんて思わなかったわ。アレンのやつ、平気そうだし……生意気よ)


 尖った耳をピクピクと何度も脈打ちながら、エクレシアは恨み言を言うのだった。

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