第5話 受付嬢アンナの想い

「もうっ、アレンさんは意地悪です」


 ダンジョンの運営管理を任される【冒険者ギルド】の窓口受付嬢、アンナは今日も今日とて作業を進めながら一人うなだれていた。


……が来てから約二年。


 受付嬢の仕事はいつも多忙であるため、ストレスばかりが溜まるのだが、彼が来てから今日にいたるまで。アンナ自身、受付嬢の仕事が楽しく思えていた。しかし、今現在。アンナの気分はどこか優れない様子。

 彼女の頭によぎるのは、本日。アレンが溢したとある発言である。


『あの、冒険者辞めにきたんですけど』


 事実上の引退宣言。冒険者を辞めるということは、受付嬢との関わりもなくなってしまうということ。

 それは、アンナにとって充分頭を悩ませる内容だった。


「……はぁ。私との交流なくなって、アレンさんは平気なんですよね」


 アンナは紫紺の瞳を細め、そして唇を尖らせてから『ぶぅ〜』と悪態をつく。


(アレンさん。私の胸にもアプローチにも全く見向きもしないですし……うぅ。私、女性としての魅力ないんですかね)


(……いや、そんなことはないはずなんですが)


 実際、アレンさん以外の男性冒険者は皆さん、私の胸を必ずチラ見してきます。そして、鼻の下を伸ばします。

 あれ、バレてないとでも思っているのでしょうか? 残念ながらバレバレです。

 基本的にいやらしい視線だったり、その……えっちぃものは嫌ですから、男性は苦手なのですが……だけは特別なんです。


 頬を朱に染め、うっすらと口角をあげるアンナ。彼女は臀部にいつも携えているある鉱石を手にとった。

 それは、小さくて、比較的に高価な鉱石。

 琥珀色に輝くこの石はアンナにとっては何よりの宝物である。


 アンナはその鉱石を丁重に扱い両手に乗せて、ゆっくりと瞳を閉じた。

 思い返すのは、アレンとの距離が縮まった日の出来事———。


『またまた、すみません……。私出来ない奴で。は、はは』


『アンナさん。俺も出来ない奴なので一緒に進んでいきましょう。それにほら? この鉱石。Cランクの俺でも取れたんですから、アンナさんならきっと頑張れます』


 優しい笑みで、彼はそう言いました。

 傷だらけの顔で、絆創膏だらけの手で。

 なのに……私の目を真っ直ぐに捕らえて、苦痛の表情を一切見せずに彼は笑ったのです。

 明らかに彼は私を励ますために、無理して鉱石を取ってきたのでした。

 もちろん、彼はそんなこと口には出さないですが。


 —————ふふっ。出会った頃は大外れの方を担当することになったな、と直感したのですが大当たりだったみたいです。


 思えば、彼との出会いは———。


♦︎♢♦︎


 私が受付嬢を始めてまもない頃。

 都会の生活に憧れて、この迷宮都市クラシスへとやってきた私は受付嬢という仕事に目をつけて、無事この仕事に就きました。


 ———出会い、友情、熱。


 そんな猛々しくも美しいものを求める冒険者の方たちと協力するお仕事はさぞ楽しいと思ってたのですが、実態は違いました……。


『アンナさん、その方の資料はこっちです』

『なにしてるんですか!? 個人情報ですよ? 丁重に扱ってください!』

『使えないですね……。胸で客引きしか出来ないなんて』

『冒険者の方に色目をあまり使わないでください』


 思った以上に、受付嬢の仕事はハードで、同業者の方によく叱られる日が多かったです。


 それに……私はその、胸が人並みよりも大きいため男性冒険者からいやらしい視線を向けられることも多くストレスばかりが募りました。


 日に日に、ダメ出しされるたびに私はダメな奴だと自分に言い聞かせる様にもなり、『こんなはずじゃなかった』と後悔ばかりを口にする様になります。


 そんな、ある日のことでした。


『最近、入った冒険者をアンナさんに担当してもらいます』

『………………は、はい』

『Cランクの冴えない冒険者です。名はアレンと言いましたか。田舎出の夢見る小僧ですね』

『………………』

『あなたと相性が良いと思いましたので、担当受付嬢として担当してもらいます』

『分かりました……』


 このときの私は【男性】というだけで嫌な感じがしました。なので冒険者ランクはそこまで気になりません。嫌だなぁ……と思いながら渋々受け入れる私です。


『えーっと、今日から俺の担当になってくださるアンナさんですか?』

『はい。よろしくお願いします、アンナさん』

『あの、アレンです。自分の名前を言ってどうするんですか……』

『す、すみません……』

『そんな謝らないでください』


 極力、冒険者の方と目を合わせない様にしようとしていたのですが彼はクスクスと笑っていました。

 彼の目線はいつもの冒険者の方達とは違って胸には向きません。でも、私は彼の目を直視できませんでした。不思議な方だな、と思う位でこの時は彼のことを意識などはしなかったです。


 ————ですが、彼を担当していくうちに。


『また間違えました。す、すみません……』

『———そんな謝らないでください』


『私、ポンコツで仕事全然できないので……』

『アンナさんは出来るひとです。受付嬢の仕事内容に冒険者を元気づけることもあったはずです。現に俺、アンナさんに元気もらってますから』


 彼は私が卑下したり、謝ったりする度に真っ直ぐ私を見て否定しました。

 毎度、『俺の方が……』と付け加えて。


 時間が経つごとに、私は彼を意識するようになります。ただ、の気持ちにまではいたりません。


 そんななか、私はまた資料を取り違えてしまいアレンさんに迷惑をかけてしまいます。


『またまた、すみません……。私出来ない奴で。は、はは』


 毎度毎度、私のミスを優しく受け止めてくれる彼を前に自分が情けなくなって思わず涙が出そうになりました。

 そのとき———彼は笑って。


『アンナさん。俺も出来ない奴なので一緒に進んでいきましょう。それにほら? この鉱石。Cランクの俺でも取れたんですから、アンナさんならきっと頑張れます』


 そう言って彼が差し出した鉱石はAランク相当とされる鉱石でした。Cランク冒険者が取れる代物ではありません。私は思わず目を疑いました。


(……どうりで、いつも以上にボロボロな訳です)


 爪はめくれ、皮膚は黒ずみ、絆創膏があちこちにつけられ、顔にもキズが多くボロボロ。

 それでも、彼は笑っていました。


『冒険者間ですげぇダメ出しされるこんな俺でも頑張れるんです。なので自分がダメだと思ったとき、俺でもやれたんだってことを思い返してください』


 売れば、かなりの価値になるはずの代物。

 そのはずなのに、彼は私にそれをプレゼントすると言い出します。


『一緒に進んでいきましょう』


 その言葉にようやくはっとする私です。

 彼、アレンさんはギルド内でも"最弱"と揶揄されていてよく私も耳に聞きます。

 けれど、この瞬間……私にとって彼は"光"になりました。

 私はここで初めて彼の目を直視します。

 するとそこには、屈託のない笑顔が。

 それは、いつも私に向けられていた笑顔です。


 目があった時————私は彼に恋したと気づいたのです。


♦︎♢♦︎


 そう………だから。


「冒険者を辞めるですって? アレンさん。絶対にさせませんっ!」


 だって、アレンさんは私が一番好きななのですから。

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