第6話 獣人レインの想い
「アレンは……今頃何してるんだろう」
アレンと焼き鳥を食べ終えた後、ギルド内をうろつく獣人族のレイン。耳からはふさふさとした毛が生え、お尻からは同じくふさふさとした尻尾が生えている。
黒く艶やかな尻尾を揺らしながら、思案するのはたった一人の男。
普段、無表情なレインであるがこの男のことを考える時には思わず口角が上がってしまうもの。
(……狩り以外でこんなに気持ちが昂るのはアレンのことを考える時だけ)
アレンの笑う顔。
アレンが優しくしてくれること。
アレンが、私の甘えに恨み言を言いながらも付き合ってくれること。
普段そんなことばかりを頭に浮かべるレイン。
(……ふふっ。思い返してみると、アレンが私の側にいなきゃだめ……というのは違くて、私がアレンの側にいたいだけ)
それがレインの本音である。一人で行動しているとき。ギルドに足を運ばせたとき。
必ずレインはアレンのことを意識してしまうのだ。レインがギルドでアレンを見つけ絡みに行くのは、彼女にとっての密かな楽しみの一つ。
そう、だからこそ———彼に冒険者を辞めるって言われたときは、心臓が止まりかけたレインである。
(冗談だったから良かったけど……ホントだったら絶対にさせない)
レインは頬を膨らませてジト目になる。
彼女はソロで活動をしているBランク冒険者。
Bランクではパーティを自ら組むことは出来ないが、彼女はパーティを作ることをこっそりと夢見ている。
(………私とアレンのパーティ。すっごく楽しそう)
攻撃特化のレインとバランス型のアレン。
決して"強パーティ"と言えるほどの実力はないが、それなりに相性がいい編成だろう。
(アレンがモンスターの
アレンが自身に惚れているところを想像すると恍惚の表情しか浮かばないレイン。
上機嫌になったからか、耳は上下に揺れ、尻尾もゆらゆらと揺れ出した。
(アレン……そういえば、今日はゴブリン狩るって言ってたけどもう大丈夫。毎回"傷だらけ"になってヘトヘトで帰ってくるアレンだけど、私がAランクにさえ上がれば……)
小さな手をぎゅっと握りしめる。必ず『アレンとパーティを組む』という決意の現れだろう。千種色の瞳は覚悟に満ち溢れていた。
側から見ればAランクに上がりたい一般のBランク冒険者にしかレインは見えないが、実態は大きく違っていた。
『一人の男を惚れさせる』
その目的のために、レインはAランク冒険者を目指しているのだ。しかし、それは冒険者の心得としては、あまり関心できない不純な動機である。
(……でも、アレンが悪い。ぜんぜっん、私ののこと振り向いてくれないから)
————Cランク冒険者、アレン。
ギルド内では"最弱"と一部で揶揄される彼だが、レインがアレンを意識したのは半年ほど前のこと。
———当時、お金のなかった私は貧困で髪もボサボサ。両目が髪で隠れてしまい、私は自信のない少女だった。なので、【迷宮都市クラシス】で私はお店で余り捨てられた物を食べ漁る生活を送っていた。
さもしくて、暖かい食事が食べたくなった私は時に輝いて見えた裕福な冒険者に食べ物をねだることもあったかな。
今でも忘れられない忌々しい記憶………。
『……あっ………あの、その……食べもの分けてもらえない…………で………す……か?』
私の目の前には、暖かな食事をたんまりと食べているAランクの冒険者が。
こんな私でも、彼の名前は知っていた。
———Aランクのルキス。最近、【冒険者ギルド】で名を
多種族で溢れるこの町では、その噂は誰もが知っているものだ。
『優しくて強くてカッコいい——勇者』
そんな話を聞いていたから、私はこのとき彼にねだってしまった。そのAランクのルキスさんに。
けれど、返ってきた返答は私の期待を悪い意味で裏切った。
『薄汚い乞食って俺、嫌いなんだよね……。もっと最低限身なりを整えて俺に話しかけてくれないかな?』
『…………………え、え?』
『はぁ……正直言うとさ。可愛い子や、俺の益になる人には恵んで優しくするけど。君はどうみてもそうは見えないから』
そう言い不快を表す表情で私を見やるルキスさん。
『優しくて強くてカッコいい——勇者』
そのとき、私の中でそのイメージが完全に覆ってしまった。
(あぁ……輝いてカッコよく見えた冒険者は、聖人……善人なんかじゃなかった)
きっと、このルキスさんってヒトは私と二人きりの状況だからそう言い切ったのだろう。
失望する私。そして、何故だか悔しくなる私。気づけば私の身体は動いていて——足はこの町を駆けていた。
(………助けなんかない。あの優しいと噂のひとでさえ、そんなことなかったのだから)
私の暗い気持ちに応えるかのように、やがて空模様が変わり、雨が降り出した。
ザァーッと降り出す雨は、なぜか心地よくて、私は乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。
(私はきっと、乞食な生活をずっっとするしかない。助けなんかない。助けを求めても、みんな嫌そうな顔をする。同じ獣人族の人たちでさえ……だ。そう誰も助けてなんかくれない)
————そう悟り、世界に絶望したときだった。彼が現れたのは。
『なにしてるんだ? こんなところで』
『……………………?』
突如、雨に打たれなくなった私は思わず前を向いた。目の前には、冴えない風貌でボロボロな冒険者が。
(あぁ……また冒険者のひとか)
先程のやり取りを思い出し、目を伏せてしまう。どうせこのひとも……助けてなんかくれやしない。
だって、裕福な冒険者が助けてくれないのに、貧しそうな冒険者がどうして助けてくれようか。
傘で雨粒から私を守るこの冒険者から逃げ出そうとしたそのとき。
—————ぐぅ〜。ぐぅ〜。
……最悪。こんなタイミングでお腹が鳴るなんて。恐る恐る前を見ると、その冒険者はなぜか笑った。
『お腹空いてたんだ。よかったらこれ食べてくれない?』
『…………………え?』
彼はポーチから、つい先程どこかで買ってきたであろう、バーガーを彼は取り出す。そして、私に手渡した。湯気が出ている様子から、買ってきたばかりなのは私でも分かった。
困惑する私を前に冒険者は続ける。
『いや、その。これ俺食べ切れなくてさ。ちょうど食べてほしいと思ったんだ』
『…………そ、そうなん………で……す……か』
『うん……だから、遠慮なく食べてくれ』
『…………あ…………ありが………』
言い切る前に涙がポロリと流れる私。
久しくないことだった。誰かの優しさに触れたのは。目の前の彼からは暖かな匂いがする。
涙が流れる私になにも彼は言わずに、傘と食べものを置いて去ろうとする。
そのときだった。
————ぐぅ〜。ぐぅ〜。
腹の音が鳴った。それは、私のお腹から発せられたものではない。思わずはっとして前を見ると、恥ずかしそうに顔を赤らめる冒険者。
『……えっと、これは………その。とっ、とりあえず……俺いくから』
『……………』
彼は取り繕って、雨の中を全力疾走。
私は震える声で、けれど、大きな声で言った。
『………あ、あのっ………ありがとうございます!! わ、わたしっ……ぼ、ぼうけんしゃになりますっ! そして、そしてっ』
『あぁ……頑張ってくれ〜』
手を振りながら彼は去った。貧しくても助けてくれた冒険者がいる。自分よりも他人を優先する冒険者がいる。偽善ではなく、本当の善意で助けてくれる冒険者がいる。
—————彼のこと、もっと知りたい。
このとき、私に初めて目標ができた。
そして、冒険者を初めて半年後。
今に至ると言うわけである。
♦︎♢♦︎
アレンは私を助けてくれた恩人。唯一甘えさせてくれる冒険者。
そう………だからこそ。
「アレンには冒険者……やめさせない」
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