第3話 獣人(ケモミミ少女)レイン

 アレンが冒険者を辞めようと再度ギルドに足を運んだ際のことだった。


(全くアンナさんの揶揄い癖には困るな。特に今回のはやばかった。俺の理性がなくなったらどうするというんだ……)


 男女で二人きりの部屋。美女のブラジャー。

 ——ゴクリ、と思い返して固唾を飲みこむアレンである。女性経験の乏しいアレンにはいくらなんでも刺激が強すぎたのだ。


 未だに高鳴る心臓を押さえて、ギルド内を歩いていくと、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「……アレン。どこに行くの?」


(……っ。こ、この声は……)


 クール気質な声がする方向へ恐る恐る振り向くとそこには、あどけなくも凛々しさのある少女が。腕を組んでどこかミステリアスな雰囲気を漂わせているこの彼女は——獣人族のレインだ。


「……なに? その嫌そうな顔は」

「い、いや別に」


 ……くっ。なんでこのタイミングでレインと顔を合わせてしまうんだ。尻尾をフリフリと揺らしているあたりまた酒に付き合わされるのだろうか。まぁ今は昼だけど。


 獣人族という名の通り、レインの艶のある黒髪の頭上からは耳が生えており、お尻からは尻尾が生えている。

 あとこれはまぁ獣人族特有の風習なのだろうが、服装の露出度が高い。胸はさらしで巻いているし、お腹は丸出し。


 ふっ……胸がアンナさんとは違って残念なのは、助かるのだが。


「……アレン、私。焼き鳥が食べたい」

「食べてくればいいじゃないか」

「……お金ない」

「なんでだよ。お前は俺と違ってBランクだろ? 俺より金あるはずだが?」

「使った」

「なにに?」

「ご飯に」

「はぁ」


 ため息しかでない。いつものことだった。 

 薄々そんな感じはしたが、レインの大食いは健在のようだ。

 ねだる様にフリフリと尻尾を振る彼女。

 だが、奢る訳がない。ようやく冒険者を辞めてもいい額までお金を貯めれたからな。

 そう———奢るわけが……。


「ありがとう。アレン、助かった。焼き鳥美味しい」


 ギルド内部に設けられた、こじんまりとした焼き鳥屋。目の前でうっすらと口角を上げながら、レインは焼き鳥を頬張っている。


 くっ……焼き鳥の匂いに釣られて、俺まで焼き鳥を食べてしまっている。レインの良い様に使われてる気がしてならない……。


「アレン。ちなみに、今日は何を狩りにきたの?」

「ん? あぁ狩りにはでないぞ」

「えっ……それは困る」


 そっぽを向いては頬を膨らませるレイン。

 はぁ、一体何が困るというのだろうか。


「何が困るんだ?」

「……だってそれだとアレン。酒に付き合ってくれないもん」

「他のやつでいいだろ。他種族に寛容でそれも強いAランクのルキスとかさ。ルキスはイケメンだし強いし差別とかしないしさ」


 Aランクのルキス。

 人望も厚く、この冒険者ギルドではきっと彼の名前を知らぬ者は少ないだろう。俺とは違ってイケメンで。俺とは違ってモテて。俺とは違って金があって。俺とは違って……etc。


 うん。もうやめとこう。俺のライフが0になってしまう。


「ルキスさんよりはアレンの方がいい」

「なぜ?」

「アレンの方がいいから」

「…………」


 ダメだ。理由になってない。

 レインは基本的にクールじみてて普段から何考えてるかよく分からないからな。それに子供っぽいし。無邪気に焼き鳥を貪るレインを見つめるアレン。


 少し沈黙が続くと焼き鳥のタレを口周りにつけたまま、レインはビシッと人差し指を俺に向けて言った。


「とにかくアレンの方がいいから……。酒にも、食べる時にも私に付き合ってもらう」


「……はぁ。なんでそこまで俺に固執するかはよく分からんけど、俺もうダンジョンには潜らないからな」


 呑気に何気なく言ってみせると、レインはぽかんと呆けた表情を浮かべた。シャープで千種色の瞳が大きく見開かれる。


「えっ。それってどういう………」

「あぁ、もう冒険者辞めるってこと。ここのギルドに来ることももう———」


 ない、と言い切ろうとしたその時だった。

 レインの耳がふにゃっと萎れるのが目に映る。そして、レインの表情が悲しげなものになっていることにも気づいた。


「じょ、冗談……だよね?」


 顔を上げれば、目の端に涙を浮かべるレインの姿が。久方ぶりに見たレインの弱々しい顔を前に俺は思わず———


「えっ。あ……あぁ冗談冗談。だから、な。そんな落ち込まないでくれ」

「…………そ。ならいい」

「じゃあ、俺はゴブリンでも狩ってくることにするから……は、はは」

「うん、頑張って。アレン」


 よし、ここは撤退しよう。

 その場凌ぎの嘘をついて逃げようとする俺。


「………アレンは私の側にいなきゃだめだから」

「…………………」


 その場を去るタイミングで何やらそんな声が聞こえた気がしたが、俺は聞こえない振りをする。


 ……レイン、一体どうしたというんだろう。

 俺が冒険者辞めるのってそこまで嫌なことなのか?


「アンナさんといい、レインといい、はぁ。やっぱり意味が分からない」

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