第2話 受付嬢アンナ

「や、やめるだなんて……そ、そんな。アレンさん一体どうしてです?」

「お金も貯まってきましたし、自分の実力も知れてるので。そろそろ転職しようかなと思いまして」


 一言でいえば、"適性"がない。俺には"資質"がない。現に冒険者を初めてから二年。ランクがCの時点で向いてないことは明らかだ。


 冒険者には5つのランクがあり、上から順にS、A、B、C、Dとなっている。よって、俺は下から二番目のCランク。二年もやって未だに駆け出しのCランクなあたり、笑えない。

 うん、だから辞めたい。


「で、でも……」

「俺はソロ活動者ですからね。尚更ですよ。これ以上冒険者やってても将来性がありません」


 冒険者にはパーティ制度というものがある。Aランク以上の者をリーダーにパーティを組むことができ、大体の構成人数は5〜6人が主流とされる。


「でも、アレンさん。あの【氷姫】ルクシアさんからのお誘い断ってたじゃないですか」

「いや……それは」


 中々痛いところを突いてくる。とある件があって俺はSランク冒険者【氷姫】ルクシアと知り合いになり、彼女からパーティの勧誘を受けたことがあるのだが、その誘いを俺は断っていた。


「つい2ヶ月くらい前でしたよね。ルクシアさんにデレデレしちゃって……あの時のアレンさんだらしなかったです」


 頬を膨らませてなぜか不機嫌になるアンナさん。別にデレデレしてない。あの時は色んな意味で吐きそうだった。いや、ホントに。


「たしかに、Sランクパーティに入る恩恵は凄まじいとは思いましたけど……他のメンバーからのあの視線はキツすぎたので」


 【氷姫】ルクシアを筆頭とするギルド内最強パーティの一つ、『氷神の槍弓ヒンメル』。

 彼女以外のメンバーは皆、Sランクの男で構成されており、彼女のことを慕っているのだ。


 そんな中、どこぞの雑魚Cランクの俺がメンバー入りするのは客観的に見てどう考えてもまずかった。

 そもそも目立ちすぎる。それに、他のメンバーからの鬱陶しそうなあの目つき。

 思い出すだけで胃が痛い……。


「ふふっ、まぁ『氷神の槍弓ヒンメル』に加入されてしまえば、私の管轄外になっちゃうので、その意味では……その。嬉しかったんですけどね」


 アンナさんは、にへら笑いを隠すように口を手で覆う。


 ……また照れながらそういうことを……。ホントにこの人は。俺は騙されないが、他の男ならまじで騙されるだろうな。この表情を意図的に作れるあたり、アンナさんは相当な策士だ。


「はぁ……」

「言っときますけど本心ですよ? ルクシアさんじゃなくて私を選んでくださったのはホントに嬉しかったんですから」

「ちょ、ちょっと、待ってください。今の言い方には語弊が……」

「ふふっ。誤解なんて聞いてあげませ〜ん」


 ……くっ。絶対アンナさん、この状況を楽しんでるな。その憎めない無邪気な笑顔が余計に腹立ってくる。だが、我慢だ……ここで、平静を乱してはアンナさんの思うつぼだろう。


「でも、冒険者を辞める件。考えなおしてくれるなら検討しなくもないですよ?」


 いや、意味が分からない。アンナさん、ちょくちょく俺に意地悪をしてくるが今回もそれだろうか。はぁ。ため息しかでない。


「意見を変える気はないです。冒険者は辞めたいので辞めます」

「アレンさん……頑固ですね。私を選んでくださったのに、結局は捨てるんですか?」


 おい、まてまて。なんでそうなる。それに、瞳を潤ませないでくれ。この状況、側から見たら俺が悪いやつじゃないか。


「……はぁ。そんな訳はないんですが、冒険者辞退の紙をいただけませんか?」

「アレンさん、今日は意地悪なのでお話聞きません……っ!」


 腕を組んでアンナさんはそっぽを向いた。

 不機嫌全開のオーラを肌身で感じ取る。

 職務放棄されたんだが……俺悪いことしてないよな? そうだよな?

 自分に言い聞かせながら、しばらく沈黙が続くと彼女は声を震わせて言った。


「それに……」

「それに?」


 ボソリと呟き、顔を赤らめながらアンナさんはこちらへと振り返る。胸の膨らみを見せつけるかのように。


「………っ」

「この大胸筋がもうっ、もう……み、見られなくなるんですよ?」

「……………」


 消え入りそうなほど小さな声。

 恥じらいながら、こちらの様子をチラチラと上目遣いしてくる彼女。アレンは胸の膨らみに目を向けないように顔を背けた。

 ドクドク、と高鳴る心臓の音が頭に、全身に響いていく。アレンは必死に顔を赤らめない様に神経を研ぎ澄ました。


「………こ、こちらを見てください! アレンさん」

「お断りします」

「……む、むぅ。私……胸には自信があるんですよ? ほら、こんなに胸の膨らみが———ってあっ!?」


 キツキツに締め付けられた胸を誇示しようとしてしまったからであろう。

 パンっとスーツのボタンが、ギルド本部のロビーに設けられた小さな一室に弾け飛んだ。

 アレンは彼女の『あっ!?』という声に思わず反応して振り返ってしまい……。


「わ、わわ……」


 赤色のブラジャーが視界に映り込んだ。

 咄嗟にアレンは顔を背ける。


「……………」


 固まるアレン。対するアンナさんは目をぐるぐると回してぶつぶつと唸っていた。

 が、暫くするとアンナさんは恍惚の表情を浮かべる。


「………ふふっ。アレンさん、こちらを見てもいいんですよ?」

「………っ」

「アレンさんになら、見せてもいいですから」


 いや、何言ってんだ。この状況で揶揄ってくるとはアンナさん余裕だな。

だが、そんな痴女じみた行為に走られても俺は———。


「すみません、帰ります。服……新しいのを用意しといてくださいね」


 チキンでヘタレなアレンである。

 ふっ、ここは撤退が正解だろう。このあと、俺がボロを出せばアンナさんに揶揄いネタを提供する羽目になるのだから。


「あっ………えっ、ア、アレンさん?」


 背後から困惑するアンナさんの声が聞こえるが無視だ無視、うん。

 アレンは足早とギルド内の一室を出る。

 そして、外に足を運ぼうとしたところではっと気づくのである。


「あっ、冒険者辞めれてないじゃん……俺」


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