3の5

「ちょっと、意識しすぎだって。」


「だって……。」


「何もしないから、いつもの距離でいてよ?」


キスはされてないけど、近付いて来た弓弦の顔が凄くキレイというか、引き込まれるというか。

心臓がまだバクバクと音を立てている。

この音が止まらないと冷静になれない気もする。


「沙希?」


「……。」


「おーい、沙希!」


「……。」


「おいっ、大丈夫か?」


弓弦が私の右肩を揺さぶった。


「あっ、ごめん。

大丈夫。」


ボーッとしているように見えたかな。

私はただただ心臓が静まるのを待っていただけなのに。


「あのさ。」


「ん?」


「キャンプ、堺と同じ班だろ?」


「うん。」


「余計な事言ったらスルーしろよ。」


「え?」


「何が余計か分からないって言いたいんだろうけど、胸がザワザワしたり、イラッとしたりするような事ね。」


「……。」


「悪いヤツじゃないけど、余計な事するからなぁ。

あぁ、何で違うクラスなんだろう?」


「……。」


弓弦が冷静じゃない事は分かってる。

でも私だって冷静じゃないよ。

そういえば、さっき保健室に行くまで何を話してたんだっけ?

思い出せないや。

目の前の弓弦の表情だけが焼き付いている。


「沙希、もし俺が他の女子と付き合ったらどうする?」


「え?」


「実は告白されているんだよね、何人か。」


「え?」


「好きな人がいるというのは伝えたけど。

友達からって言い出す子も多くて、友達ならいいよってなるわけだよ。」


「いいんじゃない?」


「好きな人が出来たら、そのまま付き合うかもって言っても、沙希の気持ちはザワザワしないの?」


「分からないよ。」


「分からない?」


「そうなってみないと分からないよ。

ただ私が付き合うって約束を出来ないんだもん、ダメって言わないよ。

沙希がダメって言うからって言われたくない。」


「そっか。」


弓弦はちょっと寂しそうな表情をした。

その表情で胸がザワザワしたような気がした。


「あぁ、マジでしんどいな。」


「え?」


「好きな女を独占したいのに出来ないってさ。」


「……。」


「まぁ、惚れた方が負けってヤツだよ。

沙希は可愛すぎるし。」


惚れた方が負けなのは、私だって分かるよ。

本気で拓哉君を好きだった。

ううん、今も好き。

好きだけど……。

ずっと仲良しのイトコでいられたらって、そういう気持ちに切り替わりつつある。

それは弓弦には言わないけど。


「じゃ、またね。」


「うん、またね。

ありがとう!」


「どういたしまして。」


私の家の前まで弓弦が送ってくれた。

こういう時間を私が失ったら……どう思うんだろうね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る