第3話

 さて、犯人を捕まえるための作戦が開始されました。


 セレフィはキアラさんに頼まれて、バルビエリ百貨店で売上金を銀行へ移動させるための現金詰め込み作業の事を、宣伝と悟られないよう細心の注意を払いながら王都中に知られるよう宣伝しました。


 セレフィはもう9才なのに、街中で大声で叫ぶのは恥ずかしかったです。


 でも、これで犯人にも伝わっているはずです。


 暑い暑いミエーレ大通りのバルビエリ百貨店前に、物々しい数の警備を敷かれます。でも犯人から守る気なんてありません。これは罠ですから。


 キアラさんは、ついに始まる作戦に緊張しながら、作戦の最終チェックに入っていきました。


 荷台に乗り込み、床の下に仕込んだ噴射装置から延びる管を愛らしそうに撫でます。


 管は荷台の隅を通って、これから運ばれてくるギール札の真上まで伸びていました。これが作戦のキーとなるのです。


「良い、店長。心配しなくてもあなた方はちゃんと詰め込み作業をしているふりをしてれば良いから」

「はぁ……」


 店長さんが不服そうにキアラさんに返事をしてました。店長さんにとっては自分らのお金がお取りに使われているので、ずっとブーたれていました。


「警備兵、あなたは絶対に荷台中央の起動スイッチの床を踏まないよう、左脇に立って絶対その場から離れず作業している」

「了解いたしましたっ」


 警備兵さんがビシッと、キアラさんに敬礼します。

 

「よし、セレフィ、先に樽の中へ入っていましょ」

「了解でありますっ」


 キアラさんの命令に、セレフィも敬礼し、歩道脇に置かれた樽へと走っていきます。


 キアラさんもゆっくりセレフィの待つ、樽へと入ってきました。樽の中はギュウギュウしていて、キアラさんの大きなお尻でセレフィの顔がつぶれ大変苦しかったです。


 そして、キアラさんと樽の中で隠れて見守る中、予定通りバルビエリ百貨店の金庫から荷馬車へと大量のギール札がいくつもの袋に包まれ運ばれ始めました。


 百貨店から荷馬車前までは台車で、それから荷台の中にいる警備兵さんへ手渡していきます。


 その周りには剣や槍を持った警備兵さん達が囲んでいて、見た目はとても厳重な警備になってます。


 何も起きないまま……作業が始まって10分ほど経ったころです。ついにその時が来ました。


 荷台から、急に真っ青な液体が溢れだしたのです。


「――かかったぁ!」


 セレフィは思わず喜び叫び、隠れていた樽からどっかの海賊のごとく飛び出しました。


 同時に荷台の中にいる警備兵さんも、全身を青い液体でびしょびしょにして荷台から飛び降りてきました。


「金が!? 金が消えた!? いや、それより臭い!? ホブッ……なんですかこれ!? なっ何が起こったぁ!? 臭ぁい!? なんだこりゃぁ!? 能力かぁ!?」


 警備兵さんが体に掛かった青い液体の激臭に泣き叫んでいました。


 セレフィは、自分の仕事を分かっていますので、すでに鼻孔を膨らませ跡追求を開始しています。


 しかし、


「ブフッ、めっちゃ臭いであります!? なんですかこれ!? 臭ぁ!? なんだこりゃぁ!? いやあぁっ!? 臭ぁいぃぃ!?」


 あまりの臭さに、さすがのセレフィも涙が出てきて、跡追求どころではありませんでした。


「我慢して嗅ぐ!」


 キアラさんの怒号が飛んできたので、セレフィは男気を出して任務を遂行してゆきます。


「しゅいませんっ、ブフッゴホッ……」

「臭いはどうなの? わかるのよね?」

「わ、わかりま、しゅっ……あっちで、しゅ……」


 強烈な臭いは荷台から、ミエーレ大通りへと出て行って、西城門の方面へ続いていました。これは強烈な臭いの液体がかかった誰かが荷台から出て、西城門の方面へと行ったことを意味しているのです。


「追うわよ!」


 金はなくなってるわ、臭い液体浸しだわ、でパニックになっている店長さんや、警備兵さんらに目もくれず、キアラさんが馬に乗り込みました。


 店長さんや、警備兵さんらがちょっとかわいそうでしたが、セレフィはキアラさんの後ろに飛び乗って、強烈な臭いの後を追いかけて行ったのです。


 臭いはずっとジェント市内を出て、西に聳えるスーズ山の峠にまで続いていました。


 馬で駆けて1時間弱。やがて、臭いは峠の端にぽつんとあったレンガ造りの小さな家に行きつきます。


「キアラさん。こんな所まで、私達の馬より早く来たんでありましょうか? でもそんな事……」


 セレフィは、家の周りのどこにも馬も何もいないのに気づいていました。だからビックリしてました。


「……これはいよいよ、推測が当たってるわね……」


 キアラさんは厳しい顔つきになって、ぼそっとセレフィに言いました。


 そう言えば言うの忘れていましたが、犯人の能力と思われるものの事を考えると、馬で駆けるセレフィたちより、徒歩の犯人の方が圧倒的に早く移動できるのです。


「良い、犯人を見つけたら、隙をついて一目散に抱き着くの。良いね」

「抱き着く、わかっております、了解です!」

「犯人の元へ行くわよ」


 キアラさんは大股でズンズン歩いていって、小さな家の扉をバシバシ叩きました。セレフィもマネして大股で歩きました。こういうのは態度から行かないと気圧されるもんなのです。


 扉を叩いてしばらくして、ギギーと音を立てゆっくり扉が開いて、髪や顔が濡れた、体中から激しい匂いを発している男の人が、不機嫌な顔をして現れます。


 眉のキリッと上がった、カッコイイ男の人でした。やはり腰にランプを吊り下げていました。


「下着ドロッ! 死刑よ!」

「――えぇっ!?」


 キアラさんのいきなりセリフに男が驚いている隙を狙って、セレフィは男の人の左脚にしがみつきました。すごく臭かったです。


「なっ!?」


 男の人がセレフィの行動に驚いていました。で、その隙にキアラさんも、ぐっと男に、息がかかるほど近づきました。


「なっ!? 何を!?」


 驚いている男の人に、キアラさんは、


「私は能力者犯罪調査官の、キアラ・カラザグンデと言います」

「私は、ヘボッヘホッ、セレフィ・シュダーでありま、ゴホッヘホッ、臭いであります……」

「何でこんな近づく!?」


 男がセレフィ達から離れようと力を入れました。


「そうはさせない」


 キアラさんが男の奥襟をつかみ、強く引っ張ります。


 と、その時です。一瞬で辺りが真っ暗になったのです。


 同時に、音も全くしなくなりました。


 男の人は腰のランプを灯し片手に持って、大柄なキアラさんを見上げ、膝にしがみつくセレフィを見下ろすを繰り返していました。


 キアラさんに腕の間接をガッチリ極められたまま、男の人は身動きできなくなっていました。


 セレフィも、両脚も使いきつく左脚を抱きしめます。


 抱きしめながら周りを見渡すと、ランプの光だけの光の下で、男の人を中心に、回りが頭上も全部黒い壁で囲まれていて、セレフィ達は閉じ込められたようになっていました。


 一体何が起こったのかわかりませんでした。でも、あの女の子の話を思い出しました。それと同じことが起こったのです。


「この黒い壁みたいな部分は、外では光が止まってしまっていて真っ暗になっているからかしら?」


 キアラさんが男の人に尋ねました。


「くっ……」


 男の人は苦しそうな顔をして、


「……!? ……あの罠を仕掛けたのは、あんただな……」


 と聞く、男の人の、声がおどおどした弱いものになっていました。


「……なんでっ……わかるんだ……どうしてわかった? わかるはずがない……」

「辻馬車で轢かれそうな女の子を助けたわね、あなた。その子がね、その時の事を教えてくれたのよ」


 キアラさんは、戸惑っている男の人に言いました。


「……確かに、助けたな……しかし、女の子が何を言ったというんだ、見て分かるようなもんじゃないぞ……」

「もちろんそれだけじゃないわ、それが一番大きかったという事よ」

「くっ、他に見れた奴なんていないはずだ!」

「色々な状況を重ね合わせれば、理論が通るのが一つしか思い浮かばなかったよ、私の推理を聞きたい?」


 得意そうにキアラさんは言いました。

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