第2話

 ガラン銀行で現金が突然消えるという、能力使用強盗事件から10日が経ちました……。


 セレフィたちの調査は、今の所その全てがハズレでした。いろいろしたことはいちいち書きませんが、蜂の巣も探して刺されかけたし、下水道にも入って捜査して体が臭くなったりしてます。

 

 何も犯人につながらない結果に終わっています。でも、そんなの珍しい事ではありません。調査というものはそんなに簡単には行きません。調査には何より根気がいるのです。


 そして11日目、セレフィはキアラさんと一緒に第10居住区クパキオ通り沿いにある、共同住宅の一室に足を運びました。


 犯行当時、反対側の道路で子供を轢きそうになったという辻馬車の御者と会うためです。


「子供を轢きそうになった時の事を話してください」


 御者の部屋の玄関先で、キアラさんは御者を睨みつけ訊ねました。セレフィは後ろに居て邪魔にならないようにします。


「はい、猫が飛び出してきて、それから追いかけるように子供が目の前に飛び出してきたので、間違いなく轢いたと思ったんですが、運よく大丈夫でした」


 御者の白髪のおじさんが言いました。


「子供の前で、急停車したと、そう言うわけね……」

「いえ、止まれませんでした」

「……それは、どういう事?」

「女の子が脇に避けたんです。猫も同じく。それで轢かずに済みました」

「……そう、身軽な子だったのかしら……」

「はい、素早い子だ」


 キアラさんは唇を舐めるのを、やはりセレフィは見逃しませんでした。キアラさんは、ついに何かを掴んだのです。


「セレフィ」


 キアラさんはセレフィを呼びます。


「轢かれそうになった女の子を探す、セレフィ、私は他にやることがある。必ず見つけてきて」

「了解いたしましたっ」


 セレフィは手帳にメモします。そしてその昼から、女の子探しを開始します。


 ……轢かれそうになった女の子を探すのには苦労しました。


 セレフィが長女でなかったら、逃げていた事でしょう……。


 セレフィは頑張りました。言われてから7日間、轢きそうになったというポジツィオネ大通りの現場に張り込み、それらしい女の子に片っ端から声をかけていったのです。


 真夏の7日連続の快晴の、人が死ぬほどの暑さで、倒れそうでした。


 キアラさんにはご飯代にするようにとお金は貰っていましたが、全部ジュースとアイスに消えました。とっても美味しかったです。皆さんも食べに来てみてください。セレフィがお勧めの店に連れて行ってあげます。


 おっと――でです、キアラさんに轢かれそうになった女の子を見つけたことを報告しますと、すぐにキアラさんは女の子の元へ向かいました。


「轢かれそうになったけど、助かったんだよね」


 キアラはにこやかに、見つけた女の子に睨みつけ話しかけます。さすがに子ども相手には、無作法に睨みつけることはしません。


 ……気を使ってやってるのですが、キアラさんのにこやかに、目だけ笑わず睨みつけるその顔は、逆に怖いものになっていますので、女の子はのけぞっていました。


「うん……お兄いちゃんがね、助けてくれたの……」


 5才の女の子が答えました。セレフィは後ろに下がって邪魔しないようにします。


「お兄ちゃんっていうのは?」

「うん、助けてくれたの……」


 女の子は3段のソフトクリームを舐めていました。お母さんと買い物に来る時はいつも買ってもらえるらしいです。羨ましいです。


 お母さんか……。


「どういう事かな? 轢かれそうになった時はお嬢ちゃんひとりだったって聞いてるよ」

「ううん、轢かれそうになったときね、お金をいっぱい持ったお兄ちゃんが居てね、私をお馬さんに踏まれそうだったのを助けてくれた後、すぐいなくなったの」

「……そのお金を持ったお兄ちゃんは、どうやって助けてくれたの?」

「えっとね、何にも聞こえなくなって、まわりが真っ暗になって何も見えなくなってね、お馬さんの脚だけが浮いててね、それでその間に横にどいたの」


 女の子がアイスを舐めながらそんなことを言いました。キアラさんは首をひねっていました。


「どういうこと? 昼間に買い物に来たんだよね。急に真っ暗になったの?」

「うん、お兄ちゃんはランプ持っててね、それで見えたの。でもお兄ちゃんと一緒に歩いたら昼に戻ったよ」

「……?」


 セレフィも、女の子の言ってることに首をかしげていました。


 キアラさんが何度も聞いてみても、女の事はこれと同じことしか言いませんでした。


 なので、キアラさんは女の子にお礼を言って別れました。


 強いの日差しの下、活気あふれるポジツィオネ大通りを歩きながら、


「キアラさん、どういう事なんでしょうか。嘘じゃないんですもんね、女の子の言ってる事は」


 セレフィは言いました。


「そうよホントの事しか言えないからね」

「でもキアラさんっ、間違いなく犯人は女の子を助けた男ですよ、お金持ってたんですから決まりですっ」

「そうね。でもずいぶん余裕じゃない、逃げる最中にそんなことしてるなんて」

「実は良い人なのかも知れませんねっ」

「あれ以来、何かが一瞬で消える事件なんて起こってない。つまり何の事件を起こしてないのよ……それもなぜかわからないわ……まったく、一体何の能力なの……? 何がしたいの……?」


 キアラさんは黙り込んでしまいました。誰も話しかけてくれるなという、厳しい雰囲気を醸し出してきたので、セレフィは沈黙します。


 長い沈黙でした。


 キアラさんの頭の中ではきっと高速で推理がされているのでしょう。


 セレフィも暇だし考えてみました。


 女の子の言ってたキテレツな事は、犯人の能力が発動してできたものでしょう。


 何も聞こえなくなって……馬の脚だけが浮いてて……回りが真っ暗……でも一緒に歩くと昼に戻る……。


 女の子の言っていた言葉が、セレフィの頭の中で繰り返されます。


 で、結果、まったくわかりません。


 あと、支配人と警備兵の腕の痺れ……間を通っていったとかいうやつです……。


 なにより白昼堂々の中、一瞬で盗むという犯行です……。


 まったく何が何だかわかりません。


「セレフィ、少し食べてから帰りましょうか」

「ええっ?」


 セレフィは話しかけられて、驚きました。


 キアラさんの顔が、すごく晴れやかになっていたからです。


「食べますっ食べますっ」


 セレフィは、とりあえず顔が晴れやかになっているのは置いといて、何か食えるというのに力強く頷きました。


 そして近くのケーキ店に入って行って、席に着いて、注文をし終えると、


「キアラさんっ、何の能力か分かったんですねっ」


 目をキラキラさせ、尊敬の眼差しでキアラさんを見つめ尋ねます。


 キアラさんは、


「しかし、あなたはホントによくやってくれたね。女の子をよく見つけてくれたわ。セレフィ、やっぱり君は最高の相棒」


 セレフィに微笑み言いました。


 それがあまりに嬉しくて、宙に浮いていた足を激しくブラブラさせてしまいました。だからキアラさんに注意されてしまいました。


 セレフィは、でも嬉しさが止まらず、


「で何なんです!? どんな能力です!? どうやって捕まえに行きますのですか!?」


 キアラさんが落ち着けと、セレフィのおでこをツッツキました。


 そんで、


「私のちょっとした推測が正しいか勝負よ。これから犯人を罠にかける、君の鼻が頼りだよ」


 って言いました。


「……はいっ、セレフィがんばりますっ!」


 セレフィは気合を入れて敬礼します。


 そこへ頼んだチーズケーキがやって来ました。


 ついでにですが、ここのケーキはとっても美味しかったので、今度お土産に持っていきますね。


 あとママ先生や皆には、犯人の能力が何なのか、まだ黙っておきます。うしし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る