第十四話「世界震撼」
場面は少し変わり、クロッカスに移る。
夕暮れよりも少し前。クロッカスの街にある店という店が閉まっていたが、一つだけ明かりが灯っていた店があった。
リキッド。静かになったクロッカスの街で唯一未だに開かれている居酒屋である。
「なんか……今日は静か……だな?」
店前で掃除をしていたルノが街の異変に気付いてそう呟く。
「なんだぁ?ルノちゃん知らねぇのかぁ?」
「わ、なになにモヒカンさん」
店の中でカードで賭け事をしていた一人のモヒカンの男がそう大きな声で言う。
「ヒイロのアニキが大勢連れて、大仕事しにいってんだよ。
だから、今日のクロッカスはほとんどが家を空けてる。
今だったら空き巣しまくりかもな~」
「別に空き巣をしたっていいが、現場を抑えたら俺も黙っちゃいねぇぞ。
ほい、おかわりだ」
はしゃぐテーブルに酒を持ってくるグローがそう注意した。
「大仕事って?」
「なんか、箱かなんかを探しに行ったらしいよ。
それが凄い貴重な宝物で、クロッカスが裕福になれるぐらい凄い物なんだってよ」
「へぇ~」
「アルヴァルトってヤツがよ、めっちゃ強いらしくてな、もう敵無しだってヒイロのアニキが言ってたらしいぜ?」
「ほう」
その言葉にグローとルノがピクリと反応する。
「だからさ、ルノちゃんもマスターも、明日には、良い生活が送れるようになんじゃねぇの?
そうなったらマジでいいよなぁ……」
「アホか。そんなことになるなんて想像つくか?奇跡なんて起きっこねぇよ」
夢を見る男が手札から一枚テーブルに放り投げる。
だが、それを待っていたと言わんばかりにもう一人が手札からテーブルに、一枚叩きつける。
「じゃあなにか?お前はヒイロのアニキを信用してないって?」
「信用なんて、ねぇだろ。所詮人だ。奇跡は神が起こすモン。人は神にはなれやしない」
「人は奇跡を起こせないって?」
そういった男がニヤリと笑って最後の手札をテーブルに出す。
「ほらよ、上がりだ」
「はぁ~~~~!??ふざけんなよ!?」
「カッハハッ!これで俺の勝ち越しだ」
「納得いかねぇ!もう一回だ!」
二人の喧騒を余所に、掃除を終えたルノが店内へと戻ってきて、グローの待つカウンターへと座る。
「父さん?アル達が……」
「ああ、まぁ行くだろうな。あそこはフレッドが最期に行った場所だから。
血は争えないってこった」
「行かなくていいの?」
「バカ言え。俺は現役を退いた身だ。
それに、これでも、俺はアイツらを買ってるんだ。どうせ、明日には帰ってくるさ」
「ふふ、知ってる」
「お前こそ、行かなくていいのか?」
「それこそ、ナンセンスだよ。また、どうせ、怪我して帰ってくるんだから。
その時、誰が傷を治すの?」
「ハハ、違ぇねぇ」
二人は笑う。ただ信じることが一番の讃歌だと知っているから。
◆
先ほどのリントブルムのアーツによって、アルヴァルトとマックス、そしてその他複数の冒険者が戦線を離脱した。
その中で、未だにレギオンの群れの中を踏破しようとするものがいる。
ヒイロだ。
しかし、既に装備は満身創痍。
エクソの装甲も既にボロボロになっている。
徹甲砲の残弾、エーテル残量も共に残り少ない。
「お前達の犠牲は無駄にはしない」
眼前に、砂漠が崩落した痕が見える。
目標の座標までおよそ500メートル。
スラスターを全力で吹かせて、ただひたすらに前進する。
そして、目標の座標に辿り着いたヒイロが足を止める。
「……なんだ……これは……」
その眼前に広がる光景に唖然とする。
崩落の穴。
そこに聳え立つ塔のような何かが下から迸る膨大なエーテル粒子によって覆われている。
綺麗だ。そして、同時に恐ろしく思う。
こんなものが世界に在っていい筈がないと本能が感じている。
「……良く分かんねぇが、行くしかねぇか」
穴は底が見えない程続いている。
全くの未知。だが、それでも足を止める訳には行かない。
そう決心したヒイロがその穴へと身を投じた。
深く、深く、深い穴。
辺りを舞うエーテルが仄かに穴を照らしており、行く先が僅かに見える。
「座標は確かにここだ。この下に本当に『ソロモンの匣』が?」
マップを見ながら下に降りるヒイロの暗くなった視界に一瞬、光る何かが映る。
「今のは――!?」
途端、横からの衝撃でヒイロが壁に飛ばされる。
壁にぶつかりそうになるのを背部のスラスターで耐えながら降下している。
光る何かは獲物を狙うかのように暗闇の中で蛍のように飛び跳ねながら、ヒイロへと近づいてくる。
それを見たヒイロが同時に徹甲砲を展開。
動きを読んで一発放つ。しかし、当たらない。
光は素早く、通常ではあり得ない軌道で、やって来ている。
「クソッ!?」
残弾が尽きた徹甲砲を外し、キュイラスの追加装甲をパージ。
腰に差していたスパイクエッジの二振りを前に構える。
光が直線的な動きで接近。
タイミングを読んで、スパイクエッジを振るう。
衝突したと同時にヒイロの体が一気に下降する。
ヒイロの耳に響くアラート。
障害物に衝突するのを防ぐために常設されるエクソの警戒音だ。
「
そして――凄まじい音と共に明るい場所へと出る。
スラスターを使った機動でヒイロが受け身を取り、辺りを見回す。
広い。そして、その中央には、小さい立方体のオブジェクトが飾られていた。
だが、それを守るように、土煙の中で何かが蠢いている。
「あっぶねぇなぁ。《震動》で壁を壊してなかったらお陀仏だった」
何かは土煙の中で仄かに光を発しており、その光はエーテルのそれに酷似している。
「ハッ。ったく、神ってのは人間に試練を与えるのが好きらしい」
首を鳴らしながら、この状況に笑うヒイロが見つめる先、土煙が晴れる。
そこからは人間が出てきた。二足歩行の人間だ。
だが、それは人と呼ぶにはあまりにも、異様な姿だった。
「グルルルルゥ…………」
獣のように唸っているそれの顔と背中は突出したエーテライトで覆われており、とても人とは思えない。
口からは涎が垂れ、体のいたるところが翠色にひび割れている。
まるで、水晶を纏った獣だ。
「喋れねぇんなら一先ず人間じゃねぇよな?
なら自己紹介は要らねぇか。
もうちょいなんだ。通させてもらうぜ、化物野郎」
先を見据えるヒイロがスパイクエッジを構えて宣う。
同時。
獣が翠色の軌跡を描いて、ヒイロの眼前に爪を掻き立てる。
瞬間。
ヒイロの体が後ろに吹き飛ばされる。
地面をボールのようにバウンドするヒイロの視界の天地がひっくり返る。
その視界には、獣が構えてそこにいた。
速過ぎる。
およそ生物の速度ではない。
「――グッ!!」
空中に飛ぶヒイロの脇腹が獣の回し蹴りによって、再び吹き飛ばされた。
破壊音と共に土煙が舞い、瓦礫がヒイロの体に降る。
「ルルルルルゥ……」
煙がキュイラスのスラスターの起動によって晴れ、エーテル粒子が舞いながら、ヒイロの体を獣に向かって押し出す。
スパイクエッジを前面に突き出した攻撃。
しかし、それは獣の片腕によって、いとも簡単に止められてしまう。
ヒイロはそれを見て、ニヤリと笑う。
獣が握っていたスパイクエッジが震える。
その振動が獣の腕にまで浸透し、内部から爆ぜて壊れる。
ヒイロがそれを確認した後、逆の手に持っていたもう一つのスパイクエッジを逆手で獣の腹にぶち込む。
「オラッ!!」
振動と衝撃による打撃。獣の腹部が爆ぜて裂ける。
肉が飛び散り、血が舞い散る。
攻撃は続く。
番いのスパイクエッジがひるむ獣の体を殴打し続け、エーテル結晶と血が混じり、爆ぜる。
「オラオラオラオラァ!!」
倒れるまで殴る。それが今取れる最善の、最高の一手。
が。
「ウガアァァァァァ!!!!」
獣から発せられる声、いや、雄叫びと言った方が正しいだろうか。
ヒイロの体が止まり、後ろへと吹き飛ばされてしまう。
不意の攻撃によって、もろに壁にぶつかったヒイロの肺から空気が漏れ出る。
「ッッカハッ!?」
目を閉じて、見開く。
その時には、獣が眼の前まで詰めていた。
「!?」
そのまま追撃を貰ってしまう。獣の腕によってヒイロの顔面が壁に押し付けられていた。
顔面に掛けられた掌の隙間から獣がヒイロの瞳を見ている。
既に顔がエーテル結晶によって覆われて尚、それは人の顔の形を幾ばくか残していた。
ヒイロには、その顔に少し見覚えがあった。
「――、お前――デッドールか?」
「……ゥ?」
獣が首を傾げる。
ヒイロの言葉はそれにはもう届かない。
人ではもう無くなっているから。
だが、今はそんなことはヒイロには関係がない。
目の前の障害をどうにかしなければ、ヒイロの手は夢には届き得ないのだから。
スパイクエッジを握る手に力が入る。
エーテルによって動く機器。
一般的に爛器と呼ばれ、戦闘に用いられる武器は戦闘用爛器とも呼ばれる。
それらには、稀に『アーツ』が刻まれることもある。
アーツはNUTによるエーテル操作によって爛器を介してアーツを発動させることが可能。
そして、それらは肉体に刻まれるアーツと同様。
流し込まれるエーテルの量によって、その効力の強弱が変わる。
しかし、アーツは普通、全力で用いられることはない。
なぜなら、アーツを全力で用いることによって、身体に起こるエーテルの影響がより強くなる。
それが意味することは、綺晶癌の発病がより高く、及び、綺晶癌の進行がより速くなる。
つまり、死が近づくということ。
いわば、アーツとは諸刃の剣なのだ。
ヒイロのNUTが光る。
エーテルの流れがスパイクエッジ中心に渦巻く。
「
決死のアーツを今まさに使おうとしたヒイロの視界に――
途端、ヒイロが尻餅をついた。
「あ?」
眼前の獣が後ろを振り返って、ヒイロには既に興味を失くしている。
「ほう?
クラッカー。綺晶癌の末期状態の患者をいう。
だが、そのその存在自体が希有。綺晶癌は末期まで進行するまでに死に至るケースが多い。
それは体内に出来たエーテル結晶によって、脳や心臓が侵食され、生体機能が停止するからだ。
クラッカーが見やる先、そこには銀一色の甲冑に身を纏った顔の見えない剣士がいた。
見たこともないその姿の剣士は、背中に六尺ほどの太刀を背負っている。
「なん……だ?」
「グルルゥ……」
クラッカーが明らかに警戒しているような声を出す。
「……悲しい物だな。死ねもせず、まともに生きることも出来ない。
エーテルが生み出した世界の罅割れとも言える。
だが、安心しろ。俺が来たということはお前はここで死ぬ」
剣士はただ静かに歩みを進め、背の太刀に手をかける。
それを合図に、クラッカーが地面を蹴る。
翠色の光が剣士の眼前に。
しかし、その光に銀の光が相対す。
ヒイロの視点から見れば、それは一瞬にも満たないことだっただろう。
クラッカーの体が頭から垂直に真っ二つに切れている。
既に太刀は抜かれ、その刃は銀色の光を静かに放っていた。
抜いた瞬間すら見えなかった。
その刃には、血の一滴すら残っていなかった。
クラッカーが真っ二つになったまま、剣士の後ろで転がっていく。
屍となったその肉の断片に生い茂るエーテル結晶がその屍を覆い、砕け散った。
人であったものが塵が如き姿になり、綺麗な結晶の欠片になって舞う。
「――――。」
その様子を見ていたヒイロが言葉を絶つ。
剣士はこちらには一切、見向きもしない。
助かったのか。
それすらも確認する余地はない。
何故なら、ヒイロには分かっていたから、目の前の死神は味方というには殺気に塗れていたから。
「……ふむ、無駄足だったか」
銀の剣士は、中央に飾られていた立方体のオブジェクトを見て、そう呟く。
そこでようやく、ヒイロは気が付く。
そのオブジェクトがある位置、座標がフレッドが遺した座標データにドンピシャであること。
「『ソロモンの匣』は既に死んでいた……か。
長年にわたって眠っていたせいか、
これでは、起動もままならんか」
剣士がそのオブジェクトに手を伸ばす。
「だが、悪くはない。この動力があれば、もう一つ方舟が完成させることも出来る」
音が鳴る。
剣士の兜に影が落ちる。
そこにはスパイクエッジを振るおうとしていたヒイロがスラスターで剣士の背後に飛んで来ていた。
(渡すかよ!!)
振るわれるスパイクエッジ。
(
アーツの発動予兆。エーテルの動きが統一されて、ヒイロに集まる。
「……さっきのは忠告のつもりだったんだが……」
だがそれは、銀の剣士にとって、予測できた攻撃だった。
次の瞬間、剣士の背中から冷気が溢れ、風としてヒイロに襲い掛かる。
あっという間にヒイロの体が突然として出来た
「――ッ!?」
不可解な現象。理解にほんの少しの時間を要した。
ヒイロがそれをアーツによるものだと理解した。
理解したが、関係はない。指先すらも動かせはしない停止のアーツ。
絶体絶命の状態。
「ではな。死ね」
ヒイロの瞳に振るわれる太刀の軌跡だけが映る。
捉えることすら出来ないその太刀筋が、首の根元にただ迫り来るのだけが瀕死の中の永遠にも近い時間の中で分かる。
――ヒイロ。『LET'S ROCK』だ。
かつてのフレッドとの走馬灯が頭に過る。
「なんだよそれ。フレッドさん」
「俺も良くは分かんねぇんだがな、『吠え面かかす』って感じの言葉だな。
冒険者みたいなことしてるとな、馬鹿にされることもある。
でもよ、世界で俺が初めて見つけましたってモンを見つけたら、馬鹿にはされねぇ。
歴史に名を遺すほどの発見をしてぇんだよ俺は。
そうすりゃ、俺達が生きた証っていうのにもなる。俺らがここに生きてましたってよ。
それってさ、スゲェ事じゃねぇか?」
「――クッハハ、そうだな。そうなるといいな」
「馬鹿野郎。そうなるんだよ。だからお前も世界を震わせる程の発見をしろよ。
俺の相棒ならよ」
走り過ぎる数多の記憶の中、ある言葉が動かない手足を僅かに動かした。
――当たり前だ、バ~カ。
そこにはいない亡霊を見た気がした。
「ヴヴン」
空気が僅かに揺れる。
同時に爆発的なエーテルの流れがヒイロの周りで《震動》と化して、自分の体を捉えていた氷晶ごと砕く。
銀の剣士の刃は空気中を伝わる振動によって退く。
ヒイロの骨が砕ける音がする。
鼻から血が零れるのが見て取れる。
NUTを操作する脳神経に負担を掛けているのだ。無理もない。
「チッ」
アーツの波動によって後退を余儀なくされた銀の剣士は、態勢を立て直し、即座に突きの構えを取る。
ヒイロの視界にそれが映るが、自爆に等しいアーツの反動によって体中がダメージを負っている。
「ッカハ!?」
口から血が零れる。だが、笑っている。
音速の突きがやってくる。
その瞬間に、ヒイロが全神経を注ぎ込む。
頭蓋を目掛けて、放たれた銀の剣士の突きは、ヒイロの左こめかみを深く抉るに留まる。
最小限の体の揺らぎ。
突きとは、点による攻撃。速さを重視したその攻撃は、見切ってしまえば、躱すのは容易い。
「
スパイクエッジを逆手に構えた右の拳をそのまま剣士の腹に叩き込み、それと同時にアーツを発動。
渾身の《震動》を加えた正拳突き。
銀の剣士が吹き飛び、瓦礫の破壊音が轟いた。
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