追憶「14光年離れた君」

「――おっと先約がいたか」


 目を閉じ、風を感じ、微睡みの中で浮かんでいたら、女性の声がした。

 目を開ける。そこは、大きな木陰で春先だというのに涼しく感じた。

 目の前には太陽に照らされて、綺麗に輝く赤い髪の女性が白衣を纏ってそこにいた。


 女性は隣に座る。その瞳は吸い込まれるような翠で、周りに風でざわめく草木のように鮮やかだった。


「サボりかな?」

「失礼だな。サボりじゃない。考え事していただけだ」

「アハハ、そうかそうか。じゃあ、私と同じだ。

 丁度仕事が煮詰まっていてね。君もかな?」


 女性のその瞳の下には、鮮やかさとはかけ離れた深いクマが出来ていた。


「いや、仕事ってのは段取りが大事でね。プランを組んでるのさ。

 凡人には分かりはしないさ」

「ほぉ?そういうものか。段取りなぞ、既に済ませてあるのが天才だという者じゃないのか?

 デイヴィット・オーズ」


 女性は僕の名前をそう呼んだ。名乗った覚えはないのにだ。


「僕、君に自己紹介したか?」

「いや?」

「なら、なんで名前を知っている?」

「簡単だ」


 女性はそう言って、赤い横髪を指で耳にかけ、その綺麗な瞳を僕に向けた。


「ここからは第一棟が一番近い。私は第一所属。けれども君をそこで見た覚えはない。

 なら、次は第二棟だけど、君はエンジニアという風体じゃない」


 その瞳は僕が着ていた白衣に向けられている。


「じゃあ第三棟だろうか。これも違う。

 あまりにも遠すぎる。スリッパで来れるような場所ではないからね」


 次に足下を見てくる。


「残るは消去法で、無関係者か、第零棟の人間だ。

 君は無関係者というには、少し違い過ぎる。なんせ研究者特有の埃っぽい匂いがするからね。

 じゃあ、零棟の人間だ。零棟の人間といえば、一人しかいない。あそこはほとんどロボットしかいないからね。

 どうかな。当たっていたかな?」

「僕がロボットだという可能性がまだある」

「それは無理があるだろう?」

「どうかな。人とそっくりのロボットだってフィクションの中には存在するだろ」

「ハハ、君、フィクションと現実の区別すら付かないのかい?」

「フィクションとは想定上の物だ。人の思考上に存在する以上、それは実現可能な物だと僕は考えているけど?」

「無理問答をしに来た訳じゃないんだ。

 それで?結果は?」

「まぁ、概ね正解だ」

「そうか。お初お目にかかるよ。デイヴィット」

「それはどうも。じゃあ、僕は眠るとする。

 今度は邪魔をするなよ」

「おっとそうはいかない」

「なんだ」

「まだ、君は私の名前を知らないだろう?」

「そうだね」

「なら自己紹介をしなくてはね」

「勝手にしてくれ」


 僕は女性と反対側を向いたまま、再び目を閉じる。

 隣で人が横たわる音が聞こえた


「私の名前はエマ。エマ・ヴァレンタイン。

 ここにはよく来るんだ。君はどうかな?」

「そうだな。よく来ると言えるだろう」


 女性は自分をエマと名乗り、嬉しそうな声色で喋る。


「ちょうど話し相手がいなくて退屈していたんだ。

 話し相手になってくれるかな」

「こんなのが相手で良ければ」

「そうか。それは良かった。これからよろしく、デイヴィット」

「……ああ、よろしくだ。エマ・ヴァレンタイン」


 僕はそれだけを言い残して、再び思考の海に潜る。


 世界を救う為に。

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