第十話「LET'S PLAY」

 ジャックが拳を握り、足を浮かせた。

 こちらを見るアルヴァルトの視線は中々に鋭い。


「遊んでやる。ついてこれるか?」


 ジャックの姿がアルヴァルトの視界から消える。


 アルヴァルトの背後、風を切る音が聞こえた。


 超絶の反応速度でアルヴァルトがスレイメイスを後ろに振り抜く。


 しかし、そこにいたジャックがその振りが加速する前に肘で止める。


 片手を封じた状態のアルヴァルトに向けて掌底を入れるが、それをアルヴァルトが片手でいなす。


 アルヴァルトがスレイメイスを手放し、裏拳をかますが、それを最小限の動きでジャックが躱す。

 後ろに進んだジャックを追い詰めるように、アルヴァルトが拳による連打を入れるが、その全てがジャックによって受け流される。


 双方の拳が交わる。実力は全くもって互角といっていいだろう。


 ジャックの拳を躱したアルヴァルトがその胸元を掴もうとするが、逆に腕を絡めとられてしまう。

 そのまま、アルヴァルトの勢いを利用したジャックのいなしにより、アルヴァルトの態勢が崩れる。


 そこにジャックの回し蹴りがアルヴァルトの顔面を捉えた。

 吹き飛ばされたアルヴァルトの体が砂の地面に弾む。

 崩れた態勢を空中で整えたアルヴァルトが砂の地面を踏み込んだ。


 跳び蹴り。


 上体を反らしてそれを躱したジャックの眼に映ったのはさっきアルヴァルトが手放したスレイメイス。

 地面に突き刺さった状態のスレイメイスにそのまま、アルヴァルトが足をかけ、跳躍と共にそれを引き抜く。


 頭上からの兜割りがジャックを襲う。

 全体重を乗せた高威力の攻撃。受ければ致命傷。

 ジャックがそれを後ろに飛んで躱す。


 息を整える暇も与えない。


 アルヴァルトが更にジャックへと攻撃を仕掛ける。

 しかし、ジャックがそれを躱し続ける。


 逃げるジャックをアルヴァルトが追う。


 その視界に何かが映る。


 およそ四尺の長い獲物。


 それは宙に浮いており、次第に重力に引かれて、ジャックの手元へと降りてきた。


 鞘と刃。剣ではあるが片刃。

 再歴以降、東亜大陸付近でのみ発掘された遺物。

『刀』。ジャックの持つその武器はそれに酷似した者だった。


 それは刃物の中では、凄まじい切味を持っており、

 中には妖刀とされ、人を魅了するものもあったとされるそうな。


「すらぁ……」という静かな音と共にその獲物がジャックの手によって鞘が引かれる。

 顔を覗かせる朱い刃が若干、火を纏っている様にも見えた。

 緩やかな動きで鞘を抜くジャック。


 瞬きの間。


 空を弾くような音と共に抜かれた刃がアルヴァルトが眼前に現れる。


 寸前。


 その刃をスレイメイスで弾く。


 だが不思議なことに、ジャックの立ち位置は変わっておらず、アルヴァルトの少し前。

 刀が届く距離ではない。


 少し逡巡したが、見据えるは敵。

 戦闘の最中に考え事など無用。


 ジャックの手には剥き出しになった朱い刀が握られている。


 アルヴァルトが更に踏み込み、ジャックの眼前に迫る。

 スレイメイスを構えたアルヴァルト。


 しかし、ジャックは微動だにせず。


「ふむ」


 アルヴァルトはそれを意に介さない。


「やめだやめ」


 ジャックからは先ほどの殺気が見て取れない。

 構えすらも取るのを辞めた。

 それでも無慈悲にアルヴァルトは進むことを止めない。


「ストップ!」


 正に今振るわれようとしているスレイメイスがその一言で止まる。

 声の方に振り返ると、そこにはマックスがいた。


「マックス?」


 そして、その隣にはいつしか見た覚えのあるヒイロが冒険者数名を連れて、アピスとドロシーに銃を向けていた。


「降参だ。主を人質に取られちゃぁ剣を振る理由もねぇ」


 ジャックが刀を落として、両手を上げている。

 しかし、アルはスレイメイスを構えるのを止めないでいる。


 ただ、目の前のジャックを見据え続けているのだ。


「アル、お前も武器を下ろせよ。これはもう決着ケリの着いた喧嘩だろ」

「……マックスがそういうなら……ま、いっか」


 アルヴァルトがそういって、渋々武器を下ろす。


「そう睨むな。言っただろ?遊ぶだけ。

 それにだ。別に戦おうなんて思っちゃいない。

 探し物をしに来ただけだ。お前の想像してるようなことはしねぇよ」


 ジャックが刀を仕舞い、肩をすくめて歩き出す。


「少しでも変な動きしたら殺すよ」

「すげぇ警戒するなおい。さっきの打ち合いで分かったろ?」

「……そうだね」


 アルヴァルトがそうして踵を返す。

 それを見ていたアピスが銃を頭に突きつけながら、後ろのヒイロを見やる。


「ってことだ。もういいだろ?」

「何がだ?」

「敵意はない。そっちも無意味な戦いってのは避けたいだろ?

 この惨状は、そこに倒れてる奴等が発端だ。アタシ達は観光に来ただけだしな」

「どう信用しろと?」

「そいつら、『ソロモンの匣』を探しに来たんだと……」


 傍で虫の息となっていた男がそういう。


「ほぉ……」

「クク、馬鹿みたいだろ?そんなもんある訳ねぇってのに、今どきそんなのガキでも分かるぜ?」


 男がそういって、言葉を羅列する。


「夢を見るのは子供の時だけにしろってかよ~、寝言は寝てから言えって――」


 そこで、銃声が響き、弾丸が男の頬を掠めていく。


「黙ってろ。クソが」


 ヒイロが男を睨みながら、その銃口を下げ、アピスを見やる。


「お前、何処からその話を聞いた?」

「いい反応だが、質問には答えられないな。企業秘密ってやつさ」

「答えろ」

「参ったなぁ、聞いてたより熱っぽいんだなお前」

「は?」

。悪いんだが、それは本当に教えられない」

「?なんで俺の事……」

「へぇ、やっぱそうだったか。勘は当ってたってことだな。

 いいことだ。幸先がいい」

「…………まぁいい。答えられないなら、それでいい。

 だが、こんなことをした相応の罰はある。付いてきてもらうぞ」

「ああいいぜ。丁度こっちも話がしたいって思ってたとこだ」


 アピスは笑う。不敵に、素敵に、無敵に。


 ◆


 クロッカスのとある空き家。

 何も無いそこには壊れた窓から砂風が吹いている。

 日の光が差し込み、カラスがボロボロになった布切れを啄んでいる。


「それで……現地民とは仲良く出来たか?」


 その光景を近くに、そこには手足を縛られ、三つの椅子に拘束されたアピス達がいた。


「おっかしいなぁ。普通、あそこから何も聞かずに縛るかよ」


 その言葉を聞いたジャックが呆れている。


「おかしいのはお前だ。あんなに暴れた奴らと向こうが楽しく対話してくれる訳がないだろう」

「はぁ……普通はあそこからな、アタシ達に興味を持ってくれたりするだろ」

「しねぇよ。バカか」

「お前らもお前らだ。何普通に拘束されてんだよ。

 何のために雇ったと思ってる」

「それはお前が流血沙汰がなんとかって言うからだろうが」

「お腹へったなぁ。何か携帯食ないの?ジャック」


 ドロシーが腹を鳴らしながら、空気の読めない言葉を吐く。


「……あ~、早くもこの仕事が嫌になってきた。今からでも解雇届出していいか?」

「駄目に決まってんだろ。脳みそカラスにでも食われたか?」

「カラスって美味いのかな?ジャック」

「おう。生で食ってみればいいんじゃねぇか。多分死ぬけどな」


 クソみたいな会話を続ける三人。それをただ見ている一人の少年がいた。


「んな話してる場合じゃねぇんだよ。この状況をなんとかしろよ」

「おいおい冗談だろ?アレがいる限り、そいつは無理な話だ。

 見ろよ。部屋の隅でこっちをいつでも殺しますって目で見てるぜ」


 暗い部屋の隅に青い光が二つ、アピス達を見つめている。

 アルヴァルトだ。傍らにスレイメイスを抱えて座っている。


「……あ~確かアルヴァルトっていったか?」

「何?」

「どうかアタシ達を見逃しちゃくれねぇか?」

「無理だよ」

「だろうな。じゃあさ、暇すぎて頭がおかしくなりそうなんだ。

 話し相手ぐらいはしてくれよ」

「別にいいけど」

「そうか。案外素直だな」

「俺も暇なだけだ」

「じゃあ、アルヴァルト。アタシらがどうなるか知ってるか?」

「知らない。まぁ、砂漠のどっかにそのまま放り出されんじゃないの?」

「なぁるほど。悪人の処遇は自然が決めるってか。ふざけやがって。

 こんなところで足踏みしてる暇はねぇってのによ」


 ぶつくさと喋るアピスを横目にアルヴァルトが口を開く。


「……なぁ、あんたら、外の冒険者だろ。ここに何の用で来たんだ?」

「あ?なんだ。ちゃんと自分から喋れんのかよ。

 まぁ、そうだな。さっきも言ったが、探しモンだ」

「こんなとこに?」

「ああそうだ。こんなとこだ。まぁでも、悪い場所じゃねぇ」

「なんで?」

「あ~、お前みたいなガキにゃ分かんねぇと思うがよ、世の中にゃ数々の絶景って言われる場所がある。

 満天の星空だとか、見渡す限りの花畑だとか、それこそは人生のワンシーンに欠かせないって場所。

 そこがどんなに危険な場所でも、それさえあれば心が満たされるような、そんな場所だ。

 冒険家ってのは、そういう唯一無二のモノってのが大好物なんだよ」

「ここが?」

「そういう場所になり得るってこった。

 お前にはありふれた景色かもしれないが、他の奴等からしたら、そうじゃないかもしれない。

 そこが自分の大事な物になるなんて、誰にも分からないだろ?

 アタシはそういう場所を探してる。誰も知らないような、最初に自分が見つけた自分だけの場所」

「……『楽園』みたいな?」

「そうだ。まるで『楽園』みたいな、そういう場所だ」

「そうか。俺もそういう場所が欲しい」

「ほぉ?案外ロマンチストだな。リアリスト寄りだと思ってたぜ」

「どういうことだ?」

「夢見がちってこった、アルヴァルト。そういうのは大事にした方がいい」

「うん。大事にしてる」

「さて、ちょうど話も盛り上がったとこだ。アルヴァルト、ちょっとこの縄解いてくれよ」

「なんでそうなるんだ?」

「バッカお前、ここは和解のシーンだろうが。こういう時は敵に塩を送るんだよ。分かんねぇか?」

「全然、分からない」


 アルヴァルトがアピスを突き放すと、アピスが唇を尖らせ、「ケチだなクソガキ」といって、そっぽを向いてしまう。


「アピス、頭が痛くなってきた。そろそろそのテンション止めてくれねぇか?」

「何がだ。現地民とは仲良くするって言っただろ」

「仲良くなっても、仕方がねぇって言ってんだよ。

 ちょっとは弁えろよ。今、俺達の命はコイツに握られてんだぞ」

「そうか?まぁそうかもな。ま、でも何とかなるだろ」


 アピスがそういうと同時に、アルヴァルトが耳元が光る。

 小さなノイズと共に、アルヴァルトが静かに頷く。


「アンタ達の行き先が決まった。縄を解くけど、絶対に逃げないでね。殺しちゃうから」

「ハァ、行先ってのは何処だよ」


 ジャックが溜息を吐いて、そう聞くと、アルヴァルトが立ち上がり答える。


「アンタ達の探し物があるかもしれない場所だってさ」


 その言葉にアピスがにやりと笑う。


「へっ、な?言っただろ?何とかなるって」

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