第九話「遭遇」

「くっそ、あっちいな。なんでこんなに暑いんだよここは」

「おい新入り。口を動かす前に足を動かせ足を」


 ドンドルドの灼熱の砂漠を二人の人間が歩いていた。

 その二人が被る外套には商会ギルドを象徴する鼠のマークが刺繍されている。


「なぁ、先輩。もうかなり歩いただろ。ちょっと休憩しようぜ」


 顔が汗だくになっているカピバラが前を歩くムササビにそういう。


「バカ言うな。まだ十キロも歩いてねぇ。それに昨日の夜に十分寝ただろ」

「はぁ、ついこの間はアメリカで商人やってたってのに」

「それはお前がギルドに借金返さなかったからだろ?自業自得だ」

「そもそも、なんで俺達がこんな砂漠歩かなきゃなんねぇんだよ。

 不毛の土地だろ。儲けになんのか?」

「分かってねぇな。ここはレギオンの数だけで言えば、どの場所よりも狩場としては優秀だ。

 商会ギルドから出される依頼はこうやって、俺達探索隊キャタピラーがレギオンを自分の足で目撃・確認することで信憑性を増し、冒険者も狩りやすくなる。

 そんで、狩られたレギオンの死骸を市場に流通させることで、俺達は利益に貢献している。

 大事な仕事だぜ?新入り、頑張れよ」


 探索隊キャタピラー

 商会ギルドでは、レギオンを生息分布を調べる為にギルド自ら探索隊が派遣される。

 隠密行動に特化した装備を持つ彼らは世界のあらゆる場所に存在し、商会ギルドの目となり暗躍している。


「はえ~、本当に商会ギルドって気持ち悪いな。

 抜け目がねぇって言うか、なんというか」

「それでこそ商人だ。ラッテン・クーニッヒにとっちゃ俺達もただの道具ってとこだ」

「あのクソデカ鼠ジジイのことか?あいつのことはいけ好かねぇな」

「あんまりそういった口聞きをするなよ。

 何処で誰か聞いてるか分かったもんじゃねぇからな。

 あの人のことだ。俺達に盗聴器でもつけてても不思議じゃない」

「そういうもんかねぇ。

 っておいあれ……」

「あ?どうした?」


 カピバラが歩みを止める。何かを見つめている。

 ムササビがその目線の先を見ると、そこにはレギオンがいた。


「なんで、レーダーには……いや、あれは――」


 ムササビが端末を取り出して、レーダーを見るが、目の前にはなんの反応もない。

 こういうことは多々ある。キャタピラーが用いるレーダーは周囲のエーテル感応であるエーテルウェイブを同じエーテルウェイブをレーダーから出し、観測することで感知する。

 エーテルウェイブが感知できないということはレギオンの中でエーテルが動いていないということ。

 つまりは――。


「死骸か」


 少し歩くと、その全貌が見えてくる。

 綺麗に真っ二つになったレギオンの骸とコアが焦げ穴だらけになったレギオンの骸。


「こいつは多分……グリフォンとヒュドラか。 

 グリフォンに関しちゃ、断面以外に傷一つねぇな。

 ヒュドラは言うまでもねぇな。圧倒的な火力で殺されてやがる。

 こりゃ、手練れの仕業だろう」

「これどうすんだ?先輩」

「とりあえず報告だな。

 討伐者が名を上げないなら、多分俺達に追加で給料が出るだろうさ」

「マジか?」

「ああ、お手柄だ。カートリッジ出せ。座標を記録して提出する。あとは輸送隊クーリエの仕事だ」


 カピバラが背負っていたリュックの中から黒い薄板を取り出していると、砂風が吹く。

 外套がはためき、鼠のマークが揺らめく。


「なんか……涼しくないか?」

「ん?あぁ、そうだな。まぁ、日没が近いからだろ。

 さぁ、行くぞ。長居は無用だ。いつ他のレギオンが死体漁りに来るか分からんからな」


 カートリッジに座標を記録して、リュックを背負い直す。


「なんだ?レーダーが……反応している」


 そこにムササビの持つ端末から反応が出る。


「レギオンか?二時の方向だ。気を付けろ。ステルスユニットを起動させるぞ。動くなよ」


 二人が腰に着けていたベルトのスイッチを入れると、外套が透明になっていくのが見える。

 ステルスユニット。『透化』の術式を組み込んだ装備で、使用者が動かない限り反射させる筈の光を屈折させることによって接続した外套を光学迷彩に変える代物。


 およそ十メートル先の砂山で爆発が起こる。


「――ッ!?」


 砂煙が晴れ、そこから約7メートル程の体躯を持つレギオンが現れる。


(ベヒーモスだと!?)


 牙獣型の大型レギオン・ベヒーモス。丸太のように太い四脚を持ち、鋭い爪に、特徴的な太い尾。

 何かを警戒しているのか、唸り声を上げ、臨戦態勢を取っている。


 ベヒーモスが見据える先、そこには人がいた。


 全身が真っ白い甲冑に覆われており、背中に五尺ほどの太刀を背負っている。


(なんだアイツ。こんな砂漠を一人で……冒険者か?)

(さぁな。取り敢えずやり過ごす。

 戦闘用の装備もないし、あったとしてもあんな大型のレギオンとはまともに戦えんからな。

 面倒ごとは御免だ。アイツには悪いが、ここで死んでもらうしか――)


 小声で二人が会話をする。


 甲冑姿の剣士はただベヒーモスに向かって歩く。

 優雅に、眼前の獣を物ともしていない。


「まだ命が惜しいなら、そこを退け。見逃してやる」


 ベヒーモスが目の前の甲冑剣士を見て、明らかに震えながら後ずさりしている。


(嘘だろ……)


 ムササビがそう声を漏らす。


(どうしたんだ?)


 後ろを振り向いたカピバラが目にしたのはムササビが持つレーダーだった。

 レーダーには反応が二つ。

 一つはベヒーモスのもの。もう一つが甲冑剣士のものであった。

 エクソを着ている者もレーダーには引っ掛かる。

 しかし、だ。


(このエーテルウェイブ……有り得ない)


 レーダーが示すエーテルウェイブ指数が明らかに狂っていた。

 ベヒーモスを示す指数よりも、甲冑剣士のエーテルウェイブ指数がベヒーモスの五倍程の数値を示していたのだ。


 同時にベヒーモスが雄叫びを上げる。

 その四脚を踏み出し、甲冑剣士へと突撃する。


「仕方ない。では野生の掟に従うとしよう」


 甲冑剣士がそれを見て、しゃがみ込む。


「に、逃げるぞ」


 カピバラの声がうわずり、そこから逃げようと走り出す。

 甲冑剣士周辺のナノエーテルが輝きを放ち、その励起と共に青く光る。


「おい、動いたら迷彩が――」


 寒い。


 瞬時に、カピバラがそう感じるように。

 その前まで、照り付ける太陽がその身を焼いていたのに。

 今では、息が白く染まり、身震いするほどの寒さを感じる。


 風が吹く。


 カピバラがその風の方向を確認するために振り向いた。

 ベヒーモスの猛々しい足音を背景に、そのエーテルの美しい輝きにカピバラが目を奪われる。


「何してる!?アレはじゃない!!死ぬぞ!!」


 励起と共に青く光ったエーテルが銀色に染まる。


 昔に在った冬の景色をカピバラが思い出す。


 広がる銀世界。


 とても、この世のモノとは思えない程美しい景色。


 ムササビの声も届かぬほど、思わず見惚れしまう程に、美しい。


 甲冑剣士の地面に翳す掌に、収束された銀のエーテルがそれまで熱を持っていた大気を白く染め上げる。


 ベヒーモスが獲物を射程圏内に捉え、その鋭利な爪を高々と掲げ、振り下げる。

 必殺の一撃。喰らえば、どんなものだろうと潰すその一撃を甲冑の剣士は意に介さない。


「――追憶リコール


 甲冑剣士が放った星詠みの言葉を最後に、カピバラの視界を銀の光が全て覆う。


 それは、全てを久遠の時の中に閉じ込める光。


 ◆


 クロッカス・港にて。


「うぐ……ッ!」


 男たちが倒れる音がする。


「テメェら何様のつもりだ……ッ!?」


 ジャックによって首ごと壁に抑えつけられた男が苦しそうにそう言葉を吐いた。

 傍らには倒れた冒険者を椅子にして、座っているドロシーがいた。


「それはこっちの台詞だボケ。

 到着早々、喧嘩を吹っ掛けてくるなんざいい度胸してるぜ全く」


 男の目線の先には赤く燃え上がるような女が岩場に座っていた。

 アピスである。

 冒険者の一人から取り上げたナイフを片手に遊びながら、まだ意識のあるその男を睨みつけている。


「へっ、俺達なりの挨拶さ。ここは強いやつしか生き残れねぇ。

 弱肉強食の世界だ。それを教えてやろうとしただけだ」

「おおそうか。それはありがとう。気付かなかったよ。

 でも、大丈夫だ。別に弱くない。お前らほどな」

「こんのアマ……ッ!」


 圧倒的な差異で負けた男は未だに藻掻く。

 その藻掻きで自分の呼吸が苦しくなっていくことも知らずに。


「おいおい。止めとけ。いいか?」


 それを見て、アピスが人差し指を立てて制止する。


「別に取って食おうって訳じゃない。本当だ。だから、まぁ、その……なんだ。

 お前らがその気ならこっちもそうなる。

 戦おうとするな。お前を抑えてるアタシの部下がお前の首を捩じ切らないように。

 分かるだろ?大人なんだから」

「はぁ……はぁ……」


 相当ジャックの腕の締め付けが激しいのか目線が揺らいで、口から泡が吹いている。


「ん?どうだ?落ち着いてきたか?おいジャック。お前もちょっとやり過ぎだ」

「甘いんだな。こんな連中、全員殺してやってもいいが」

「やめろ。流血沙汰は御免だ。どんだけ狂暴でも現地民とは仲良くすんだよ。

 冒険の鉄則だぞ。ったく」

「チッ」


 アピスの言うことを渋々了承したジャックが男の首を絞めていた腕を下ろす。

 男は壁を背にもたれかかり、そこから沈むように座り込んだ。


「ガハッ……!ごほっ……!はぁ……はぁ……」


 ようやくまともな呼吸が可能になった男の顔色が元に戻りゆくのを見て、アピスが口を再び開く。


「よしよぉし、まだ死んでないな?

 眼ははっきり見えるか?これ何本に見える?」


 指をピースにして見せたアピスを見て、男が口を開く。


「はぁ……はぁ……クソビッチが……」


 血の混じった唾をアピスの足元に吐く男は未だにアピスを睨んでいる。


「へぇ、案外元気だ。さすがはクロッカスってとこだな。

 まるで世紀末のモヒカンだ。生命力が満ち溢れてる。羨ましいねぇ。あぁ、今の褒め言葉な」

「何しにこんなとこまで来やがった。

 自殺でもしに来たか?」

「モヒカンの癖にいい質問だ。丁度、その話題をしようとしてたとこだ。

 アタシ達は『ソロモンの匣』を求めてここに来た。

 お前みたいなやつでも何か知ってると嬉しいんだが……」

「そんな大層なモン知るかよ。もし知ってたしても他所モンのテメェに言う訳ねぇだろ」

「アピス。やっぱりこいつらが情報を知ってるとは思えん」

「そうだな。けど、案外こういうどうでもいい奴が良い情報持ってたりすんだよ。

 おい。本当に何で良いんだよ。なんか最近変なことがあったとか」

「……こっちにメリットがねぇだろうが」

「はぁ……お前……なんか勘違いしてないか?

 それとも、夏休みの宿題は期日ギリギリまでやらないタイプの人間か?」


 溜息を吐いたアピスが立ち上がり、男の下へと歩み寄る。


「いいか?こっちはお前がメリットを受けるかどうかなんざどうでもいいんだよ。

 アタシは情報が知りたくて、お前に聞いてんだ」


 男の目線までアピスが座り込み、持っていたナイフを素早くその首に当てる。

 首の薄皮が切れ、そこから血が滴る。


「ッ――!」

「まぁ簡単に言うと。

 “あなたの要望に応えるので、どうか殺さないでください”だ。分かるよな?」

「わ――分かった!言う!言うから!」


 血走った眼で命を懇願する男の頬に冷や汗が垂れる。


「ついこの前、お前達にやろうとしたことをガキ共にもやった。

 でも失敗に終わったんだ。

 それから、俺達の仲間の一人が、おかしくなった」

「おかしくなった?どんな風に?」


 ようやく喋るようになった男を見て、アピスが首元からナイフを外す。


「一度見かけただけだけどな。

 取り憑かれたように一人でブツブツ喋るようになってた。まるで幽霊と喋ってるみたいに。

 内容は聞き取れなかったけど、アンタの目当ての物かもな」

「そいつは今何処に?」

「さぁな。それは本当に知らない。

 ただ、一人で砂漠の何処かに消えていったのだけは知ってる。その後は知らねぇけどな」

「ほーう。な・る・ほ・ど・ね」

「何か分かったのか?」

「いや?ただ、『ソロモンの匣』関連だろう。アレはそういうものだからな」

「そういうものって……」

「常識が通じねぇってこった。じゃあ引き続きだ。

 情報収集と行こう。この街は暴れ甲斐がありそうだ」

「お前ら、ただじゃ済まないぞ」


 男がそういった。


「あ?お前は用済みだ。死にたくねぇなら黙ってな」


 ジャックがそう返す。


「あ~、二人共」


 その後ろでドロシーが他の冒険者から無線デバイスを取り出していた。


「どうしたドロシー」

「ちょっとマズいかも。そいつ、救難信号出してるよ。

 同じデバイス使ってる奴全員に自動送信されてる」

「――チッ」


 ジャックが男に振り向き、その腕を心の臓に突き立てようとしたその瞬間――。


 頭上。


 鋭い野生の如きが殺気がジャックを襲う。


 空気を裂いて、鉄の塊が落ちてくる。


 ジャックがそれを後ろに飛んで躱す。

 地面が割れる。

 ワーカーモデルのエクソを装着している鉄棍を持った少年がそこにはいた。


「なるほどな。弱ぇ癖に我慢強いわけだ。助けを呼んでたって訳か」

「アンタら、何?」


 殺気を纏う小麦色の髪の少年が問う。

 アピスが少年を見て、笑う。


「通りすがりの冒険者だ、ガキ。

 『ソロモンの匣』って知ってるか?」

「さぁ?何それ、美味いのか?」


 少年は鉄棍を構え、ジャックが手でドロシーとアピスを制止する。


「手を出すなよ。ドロシー。お前もだ。大人しくしとけ。

 このガキは俺の獲物だ」

「どういう訳か知らないけど、クロッカスに危害を加えるつもりなら殺すよ」

「おい!お前!名前は!?」

「俺?俺は、アルヴァルト。アルヴァルト・ダーウィーズ」

「そうか。俺はジャック。ジャック・サウダージ」


 アルヴァルトと名乗る少年の駆るエクソが駆動音を鳴らして、臨戦態勢に入る。


「ガキ。命ってのは大事にするもんだ」

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