第七話「最速の女」

 心地よい風。澄み渡る青い空。照り付ける太陽。見渡す限りの砂の海。


『緊急ニュースです。ドンドルド地方で大規模な――』

「――だぁかぁらぁッ!これで合ってるっつってんだろッ!」


 砂漠を豪快に限界速度で走るジープの中で、揺れるラジオの音よりも女の大声が響き渡る。

 その行く先には正に断崖絶壁の地面の裂け目があった。


「待て待て待て待て待て待て待て待て!アピス、お前正気かよ!?あの断崖絶壁が見えねぇのか!?

 ただのジープでアレを渡るバカが何処にいんだよ!?」


 彼女の名はアピス・クロージャ。

 炎を思わせる赤く波打った髪を後ろで結んでおり、その瞳はエーテル粒子を彷彿とさせる翠色をしている。

 ハンドルを持つその左腕は黒く、そして鈍く光っていた。

 レギオンの装甲素材であるマキシライトで構成されたその義手には、僅かだがエーテルの光が流れ込んでいるのが見て取れる。


「うるっせぇッ!!アタシがこうっつったらこうなんだよジャック!!」


 とてもうるさいアピスの後部座席で慌ててる男の名はジャック・サウダージ。

 フードを深く被って、目元から下を布で覆っている為、顔が全く見えずに見た目はかなりの不審者となっている。

 その傍らには細長いケースが大事そうに置かれていた。


「おい!外なんぞ見てねぇで、お前も何とか言えよ!?ドロシー!!」


 そして、慌てふためくジャックの傍で窓から顔を出して外の景色を見渡す三角帽子を被った少女がいた。

 名をドロシー・ドットハッピーという。

 星の輝きのように美しく長い銀髪。砂漠を見渡すその少女の藍色の瞳は夜空のようにキラキラと輝いていた。


「このままじゃ全員奈落の底だぞ!?聞いてんのか!?」

「うるっさいなぁ。よりも見てよアレ!でっかいレギオンの死骸!めちゃくちゃデカいよ!」

「は、ハァッ――――!?」

「ハッ!!そういうこったジャック!!大人しくシートベルトして、安全に配慮して掴まっときやがれ!!」

「どういうことだよ――!?」


 ガンッ!!という車内に響く衝撃と共に、三人の体がふわりと浮かぶ。

 そのジープは空を跳ぶ。下には暗闇の狭間。


「お――おぉ――」


 ジャックの腹から吐き出すような声が静かなジープを彩る。

 束の間にしては長かった無重力が終わり、再び衝撃がジープを襲う。

 地面を走るジープを見て、ジャックが唖然としていた。


「ほ――ほぉ――」

「ダッハッハッハ!!なんだその声!?」


 その様子を見ていたアピスが運転しながら腹を抱えながら、笑っている。


「お――お前なぁ……安全って言葉を辞書で一回調べて来やがれ」

「時にはショートカットが安全にもなんだよ!

 これで時間短縮だ!クロッカスまであともう少しだろうさ!」


 取り直したジャックが深く考え込むように窓際に肘をつく。


「クロッカス、ねぇ……。本当にこんなところに凄ぇ宝ってのがあんのかよ?」

「おいおい。アタシの情報網が信じられねぇか?」

「信じられるかよ。頭イカレキチガイのクソ女が。お前と出会って、まだ一週間だぞ」

「そんな暴言吐いて良いのかよ?こっちはアンタらの雇い主だぜ?

 給料無しにしてもいいんだが?」

「それ私も!?」


 窓の外を眺めていたドロシーがアピスに喰いつく。


「当たり前だろうが。冒険者ってのは信用が大事なんだ。

 尚更、アンタらみたいな商会ギルドからブラックリスト登録されたならず者は特にな」


 その言葉に顔の見えないジャックが何処か考え込むように外を眺める。


「ならず者っていうのはやめろ。こちとら問題を起こしただけだ」

「問題を起こすのが駄目なんだよバァカ。

 ま、金を餌にしたら寄って来るお前らも大概って話だ」

「アホ言え。冒険者は全員、金が欲しいからレギオンと戦ってるみたいなとこあるだろ」

「はいはいそうですか。ったく今どきの冒険者ってのは野心ってのが足りねぇ。

 昔はそうじゃなかったのにな」

「どういう意味だ?」


 そう聞くジャックにアピスが得意げな顔をして、喋り出す。


「冒険者っていや、それこそ冒険をするのが冒険者だった。

 『楽園』っつってな。全員がその場所を探してた。知ってるか?

 『楽園』に辿り着き、その後力尽きた『第一の男』の遺言いわく――"全てがそこにあった"そうだ」

「知ってるも何も、そんな場所は何処にもなかったんじゃなかったか?」


 『楽園』。約300年前にその存在が露になったとされる伝説の場所。冒険者という者達の先駆者『第一の男』が辿り着いた後、当時壊滅状態にあった世界を救うべく、『楽園』は探し求められた。

 しかし、遂にはその『楽園』に辿り着いた者は後にも先にも『第一の男』しか現れなかったという。

 このことから、『楽園』とは存在そのものが実在するのかどうかが怪しくなり、世界政府はこれの存在を否定したとされている。


「そうだ。あらゆる冒険者がその話を聞いてロマンを求めて『楽園』を探したが、結局見つからなかった。

 だから、今となっては御伽噺おとぎばなしにも等しい存在だ。

 冒険者は目的を失って、レギオンを討伐して金を稼ぐようになった。

 でもな、その話自体をアタシは信じてない」

「何故そう思う?」

「『楽園』の話が何処から出たと思う?『第一の男』がホラを吹いて噂話にしたってか?

 それにしては噂の規模がデカくなり過ぎだ」

「噂ってのは独り歩きするもんだ。デカくもなるだろ」

「歴史をちゃんと学べよ。『第一の男』は『楽園』に辿り着く前に、ありとあらゆる文明の進化を促した。エーテル粒子のエネルギー運用やアーツの発見。エクソを開発したのだってソイツの功績だ。

 そんな奴が死に際に嘘を吐くと思うか?

 アタシが思うに、だ。『楽園』は実在する」

「――お前、クロッカスにある宝ってまさか……」

「なんだ?今更気づいたか?アタシは『楽園』を未だに探している。

 そして、その鍵となる『ソロモンの匣』がクロッカスにあるっつー情報が入ったのさ」

「『ソロモンの匣』だ?」


『ソロモンの匣』。

 その単語に外を眺めていたドロシーが反応する。


「知らないの?モグリだねジャック」

「急に話したと思ったら、人を馬鹿にするなよお前は」

「『第一の男』が遺した手記に書かれた『楽園』までの道のり。

 そこには『ソロモンの匣』で『第一の男』は『楽園』に辿り着いたとされている。

 つまり、『ソロモンの匣』には『楽園』に辿り着く為のがあると見て間違いない」

「なるほど。じゃあアピスが冒険者を募集してたのって――」

「アタシは非力なもんでな、護衛を雇う必要があったってことだ」


 国壁の外を移動することはとても危険だ。一人で旅をするのも命懸け。

 何故ならこの世には普遍たる厄災が跋扈しているから。

 彼らは人間の敵であり、また人間も彼らの敵である。

 故に、ただの車で旅をするなど自殺行為に等しい。だから、冒険者の間でも護衛依頼は普遍に存在する。討伐依頼に比べたら、戦う可能性が100よりも少なく、その間の生活費が依頼主から出るので、人気も高く、初心者冒険者にも進めることが出来る依頼だ。


「フン。そんな仕事で金が貰えるなら安いもんだ。ドロシー、お前みたいなガキもこなせるような仕事だぞ。良かったな。ガキの死に様なんざ見たくもないと思ってたところだ」


 そう煽るジャックをドロシーが半目にして睨む。


「――へぇ……私がどんなガキか知らないのに?」

「調子に乗るなよ。裏でちょっと名を上げた程度じゃ一人前になった訳じゃない。

 別に気を使わなくていい。御守りが一人増えても俺は気にしない」

「ふーん。じゃあ、競争しようよ」

「なんだと?」

「どっちが早くレギオンをぶち殺せるかっていう競争」

「ほう。良いだろう。興が乗った」


 運転するアピスの瞳にはルームミラーに映る笑うドロシーの顔と大気に漂うエーテルの震えが同時に見て取れた。


「二人共、どうやら仕事が向こうから来たみたいだ。

 言っておくが、アタシのモットーは『早い者勝ち』だ。ブレーキなんぞ踏ませたら減給だからな。 

 注意するように、諸君」


 そして、前方。ヒュドラレギオンが地中から這い出てくるのが見える。

 加えて、ジープの上空にグリフォンレギオンが飛んでいるのが見えた。


「「誰に物を言ってる」のかな」


 アピスの忠告に二人の声が重なる。

 途端、ジープの後部座席から二人の姿が消える。代わりにジープの開かれたドアがブラブラと揺れていた。


「ったく――戸締りぐらいしていけってんだ、クソ」


 そう言い残し、アピスは足元のアクセルペダルを全力で踏み込む。

 アピス・クロージャ。人は彼女を最速の女と呼ぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る