第六話「THE LOST ARK」

「おい。いい加減に教えろ。一体どこに向かっているんだ」


 デッドールが砂漠の先をゆくサングラス男にそう聞いた。


「そんなに慌てるなよ。答えってのは然程重要じゃない。

 大事なのは、答えに辿り着くまでの過程だ。

 答えを出すまでに何をしたかが大事なんだよ。

 1+1が2ってのは誰でも知ってるでしょ?でも1+1がどうして2になるかを知ってる奴は少ない」

「いや、1と1が足されたらそりゃ2になるだろ?」

「ほらね?分かってない」

「は?」

「ところでデッドール君。君はこの世界がどうして存在しているか。分かるかな?」

「俺は勉強をしに来てる訳じゃないんだが?」

「勉学は大切だけれど、今の君に必要なのは学ぶことじゃない。

 さっきも言っただろう。過程が大事だって。要するに、体験することさ」


 二人が歩く地面が震えだす。


「!?」


 砂が震え、大気が震え、星が揺れる。


「何だ急に。地震か?」

「じゃあ、さっきの問題の答えだ。

 世界は確かに存在している。そして存在している全てには理由がある。

 草木が草食動物に食べられるように、草食動物が肉食動物に食べられるように、万物は何かに求められてそこにある。

 それは僕達がいるこの世界だって、例外じゃない」

「あ?それは当たり前だろう?」

「そうだよ。当たり前のことさ。ごくごく自然で、思わず忘れてしまいそうなくらい当たり前のこと。

 じゃあ、次の問題。この星を蝕むレギオンは一体、何に必要とされてこの世界に生まれ、存在している?」


 遠くで何かの音が聞こえる。

 それを聞いて、デッドールが目を見開いて汗を垂らす。


「おい……。そんな遊びをしている場合じゃない。

 この音は――」


 唸り声。まるで、星が怒っているようなそんな気さえしてくる。

 それは厄災。クロッカスを象徴する破滅の福音ふくいん


 慌てるデッドールに向かって、サングラス男は指を立てて、静かにするように合図する。

 そうして、唸り声が遠のいていき、大気の震えが止まる。


「助かった……のか?」

「大丈夫だよ。が君を襲うことはない。君は今、僕の親友だからね」


 サングラス男がデッドールの方を見て、静かに笑うと、再び歩を進める。

 そして――。


「おっとぉ、本当に君と遊ぶ時間が無くなった。

 凄いね、預言者の才能があるよ、君。やったね」


 周辺で一番高い砂丘。その頂点を見て、サングラス男がそういった。


「ここか?何も無いが……」

「ンフ、何も無いところにこそ、宝は眠っている物さ」


 砂丘の上、砂に埋もれて遠くからは観測できないが、確かに何かがそこに刺さっている。


「なんだ。これは――」

「女神デアエを知っているかい?」


 デッドールがそれの近くに行くと、それは無機物のようであった。


「あ――ああ、この世界の始まりを告げたっつー神話の……」

「そ、彼女はおよそ全能の神だった。彼女はその両腕におよそ八つの槍を持っていたと伝えられている。父であるソロモンにその槍で世界を引き裂けと言われた彼女は、その槍で世界を滅亡へと導いた。

 彼女は自身を責め、贖罪の旅へと出たという。

 長い旅の末、彼女の持つ槍は八つの内、七つが壊れ、残りの一振りが旅の終局地である『アーカディア』の地に突き刺された。

 そうして、『楽園』は生まれ、その槍は女神の涙と共にこの世界を創造した」

「急に神様の話なんてして、どういうつもりだ?」

「だから、急ぐなよ。今、話してあげるからさ。

 このドンドルドが何故こんなにも退廃してるか知ってる?」

「そりゃ、ここが『再生』が始まった土地だからで」

「そ、人類が生み出した文明の進化を0に戻した現象『再生』。

 未だにその仕組みが解明されていないエーテルによって引き起こされた超常現象さ。

 では、ここからが本題。エーテルとはそもそも一体何なのか」

「お前は学者かなんかか?」

「ンフ、勘が鋭いね。そうとも言える。世界の真実を探求する者は皆すべからく学者だろう。

 さってぇ、デッドール君。君は今、全てを変えてしまえそうな力が欲しい。

 文明という物をおよそ全て消し去ってしまう様な力の根源がここには眠ってると言ったら君はどうするべきだろう?」

「これが――?」

「『ソロモンの匣』。『彼方かなた』にある『楽園』と『此方こなた』を繋ぐ神代の遺物。

 君の足元にあるのは、そういった代物だ。

 今、この瞬間から、ここからが君の逆転劇の始まりになるだろう」

「何故、そんなものを教える?お前にはメリットが無いだろう?

 それに第一、スケールがデカすぎる。俺はあのガキを殺せればいいだけで――」


 理性という上っ面を被せた言葉にサングラス男が笑う。

 デッドールの瞳の奥に宿る好奇心を見て、サングラス男がデッドールの腰に差してあったナイフをその手で奪った。


「!?」

「僕にも君みたいな時代があった。貧しくて、常に敗者の気持ちを味わう日常。

 その時に分かった人生の秘訣というのを、一つ教えてあげよう。

 いいかい?」


 ナイフを奪ったサングラス男がそのナイフを捨て、デッドールへと歩み寄る。


「力ってのは、生まれ持った才能のように誰しもが最初から持っている物じゃない。

 力ってのはね、自分の野心や目的、又は快楽の為にどんなことでもヤるヤツの下に宿る物なんだよ」


 サングラス男がそう言いながらサングラスを外して、デッドールの瞳を覗き込む。

 深淵。底がない。サングラス男のその瞳に、デッドールが呑み込まれていく。


「…………。」

「ンフ、箱というのは開けられるべきだ。

 その中にどんな怪物が潜んでいたとしても、ね」


 デッドールが突然虚ろな目をして、露出したオブジェクトに手を触れる。

 それが物語の幕開けだと知らずに。


 地面が揺れる。何かが動いている。とても大きな何かが。


 しかし、デッドールがそれに相まみえることは決してない。

 それは命を対価として支払われる悪魔の門なのだから。


 周囲のエーテルが隆起し、励起し、膨れ上がる。

 翠色の粒子が無機物のオブジェクトを中心に渦巻き、デッドールの体に逆流していく。

 膨大な量の粒子に耐えられず、デッドールの体にヒビが入り、翠色の光に包まれていく。


 凝縮されたエーテル粒子は体内でエーテル結晶を生成。

 そのまま、デッドールの体を引き裂いていく。


「デッドール君。本当にお疲れ。

 君の役はここで終わりだけど、君の事を僕は生涯忘れることはないだろう」


 その激痛にデッドールの意識が無理矢理戻される。


「――お、オ、お前eッ――!!??」

「こんなこと言うのはおかしいかもしれないけどさ、楽しかったぜ。

 君も僕の事を忘れないでいてくれよ?」

「――な、na、なニを――しtaァ!!??」


 翠色の光にデッドールが包まれていく中、その視界に黒い霧となって消えるサングラス男の姿が映っていた。崩れ行く地面に落ちながら、デッドールがその視界に収めたその姿は正に悪魔の様だった。


「また、会いたいからさ」


 悪魔が笑う。子供のように無邪気に、純粋に、気味良く、不気味に。


 ◆


 同刻のイリュシオン連合王国・べレウス城・『星刻の間』。

 全ての星が煌めくその一室にてリオンが夢から目を覚ます。

 星の泉に浮かぶ椅子に腰かけるその手には大きく青い杖が握られていた。


「――『原初の方舟アークゼロ』が目を覚ました、か。

 どうやら、誰かが動いた。ユノの予言は正しかったようです」


 その眼の前に、太刀を背中に背負った真っ白の全身甲冑型のエクソを纏った誰かが立っていた。


「あなたはどう思いますか」


 顔までもが覆われており、その顔色は分からないが、リオンにとって、それは馴染みのある姿だった。


「セクト」

「ここに死神が立っているというのに、良く呑気に椅子で眠っていられるものだ」

「ユノの予言です。あなたがここに来ることは前から分かっていた」

記憶の紡ぎ手カーディナルの言うことを信じるなぞお前らしくないな、リオン。

 遺言はそれだけか?」


 セクトと言われた者が背中の太刀に手を掛ける。

 とてつもない殺気が部屋を満たしている。言葉一つ間違えば首が飛ぶような、そんな鋭い殺気だ。


「こちらには『剣聖』がいます。君も唯では済まないと思いますが」

程度に俺を止めれるとは思えないが?」


 空気が切れる。

 それは目で追える速度ではなく、光の如き太刀。

 リオンの眼前にセクトの太刀が迫っていた。


 だが、それは一人の男の剣によって届くことはなかった。


「無視は困るな。では試してみるか?失われた記憶ゴースト


 太刀を振るったセクトと座るリオンの間に藍色の甲冑型のエクソを身に纏った者が突如として現れた。


「思い上がるなよ。人の分際で」


 セクトが駆るエクソのエーテルが膨れ上がろうとしたその時――。


「ドンドルド砂漠のクロッカスより、『原初の方舟』が発掘されました」


 リオンが口を開く。

 その言葉にセクトが太刀を退ける。


「続けろ」

「当然、かの船には『楽園』に至る為の機能が備わっているでしょう。

 それを手に入れるかは、君次第ですが、あなたには必要だと思える」

「……いいだろう。乗ってやる。だが、覚えておくといい。

 俺という存在は気まぐれだ。『計画』の邪魔をするようなら、何処の誰だろうと殺す。

 何処の誰だろうと、だ。いいか?忘れるなよ」


 その言葉を最後にセクトがその場から瞬きの間に消える。


「追わなくていいのか?」

「構わないです。僕にとってこれは罪滅ぼしですから」


 藍色の剣士が剣を鞘に収める。


「あれは知り合いか?」

「ええ、古い――とても古い友人だった者です」


 リオンが見据える偽の星空には、古い記憶が映っていた。

 およそ、400年程前の――戦火の中の。

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