第五話「夢の証明」

 遥か遠くの過去の記憶。


 何も無い。あるのはレギオンによるありふれた死と砂の大地。

 そこに生まれた子供は幸運なら生き地獄を味わい、不運ならそこらで野垂れ死ぬだろう。

 ヒイロ・スパイクという男はそこに生まれ、幸運に囲われていた。

 死ねず、ただ地獄のような日々を送る。

 いつ死ぬか分からない恐怖に怯えながら、生きていく。

 夢も希望もそこにはない。




 メムメムの声が聞こえ、ヒイロの意識がはっきりする。


 お互いのエクソが起動し、まず先にヒイロが動く。

 両腕部のマウントに装備していた対レギオン用の徹甲砲を展開させる。

 それを見たアルヴァルトがヒイロを中心として円を描くように走り出し、距離を取る。


 続けざまに放たれる徹甲弾。


 レギオンの装甲にダメージを与えることが可能な術式刻印弾で、人が喰らえば一発でも即死。

 弾速はそこそこで、約100メートルまでなら弾着までの偏差測定も必要ない。


 しかし、その砲弾はアルヴァルトの動きに追いつくことはない。


 アルヴァルトが走る傍の地面が爆発し、砂が舞い上がる。

 それを見たヒイロが銃口を少し修正して逸らす。


 発射。


 それでも砲弾はアルヴァルトを捉えることが出来ていない。


(思ったより速ぇ。あのエクソ、出力パーツを少し弄ってやがるな。

 しかもこの距離なら狙って当てるのは無理か。なら――)


 再び発射。


 今度は砲弾の弾着痕がアルヴァルトの動きを捉え出す。

 眼で当てれないなら感覚で当てるしかない。指先の感覚をより集中させる。


「どうした!?躱すだけか!?クソガキ!?」


 見るからに相手は近接武器一つ。ヒイロが持つアドバンテージは明らか。

 それでも、ヒイロの額に脂汗が浮く。


 相手の動きを観察し、次を読む。


 砲弾をアルヴァルトの進行方向の少し先に撃つ。

 アルヴァルトがブレーキをかけ、足場の砂を抉る。

 僅かだが、慣性のおかげで素早いアルヴァルトの動きに遅れが生じる。


 どんな生物でも物理の法則には抗えない。


 狙いを澄ませた一撃が放たれ、同時にアルヴァルトが爆発に消える。


 当たったかに思われた。


 だが、その狙いがまずかった。


 さっきまで追えていたアルヴァルトの姿が砂煙に消えている。

 つまり、相手の状況が掴めないということだ。


 そのことにヒイロが気付くよりも速く、砂煙からアルヴァルトが直線でヒイロに突っ込んでくる。


「――!!」


 急いで徹甲砲を構えて、すぐさま撃つ。

 しかし、アルヴァルトがそれを横に躱しながら、踏み込んでくる。

 二人の距離があっという間に縮まり、アルヴァルトのスレイメイスが右側面からやってくる。


「チィ――ッ!!」


 響く轟音。両腕の装甲でそれを受け止めたヒイロの腕が火花と共に軋む。

 一瞬の判断でヒイロが後ろに重心を移動させ、背部に装着したスラスターを噴射。

 辺りにスラスターによる綺麗なエーテル粒子が舞う。

 僅かながらに衝撃を逃がしながら、空を飛び、アルヴァルトとの距離を十全に取る。


 砂を散らしながら、スラスターを吹かすヒイロの眉間には皺が寄っていた。


(どうなってる)


 着地した瞬間に、脚部のリパルサーが起動し、衝撃を吸収。

 ヒイロが自身の軽くへこんだ腕部装甲を見て、再びアルヴァルトのワーカーエクソを観察する。


(どっからどう見ても普通のワーカーエクソだ。

 いくら出力にブーストを掛けたってキュイラスの装甲を壊すなんざ――)


 考えられる内の答えをヒイロが導き出す。


「お前――そんな細身でどういう鍛え方してやがる……」

「別に」


 それはアルヴァルトの地力での膂力がずば抜けて高いということだ。


 キュイラスエクソの装甲は普通の銃弾なら傷もつけることが出来ない。

 レギオンの攻撃にも致命傷以外なら耐え得ることが出来る。

 それを防御の上から破壊し得る膂力。普通ではあり得ない話だ。


 まともに喰らえば――。


 考えたくもない思考に移ってしまう。


(焦るな。こっちにゃ戦闘距離の優位がある。

 近づけせなければ、俺が必ず勝つ。それにアイツはキュイラスのような装甲を持ち合わせてはいない。

 要は――)


 ヒイロが徹甲砲を構えて、撃つ。

 凄まじい反射でそれを躱すアルヴァルト。

 それを気にせずにヒイロは撃ち続ける。


 近づく隙を与えない弾幕。両腕の徹甲砲を交互に撃ちまくる。


 当たれば勝ちなら、当たるまで撃てばいい。


 それが最適だと感じたヒイロが動き続けるアルヴァルトを目で捉え続ける。


「――ちゃんとやろうと思ったけど、やっぱり面倒くさいな」


 一方で、そう呟くアルヴァルトがヒイロの構える徹甲砲の銃口に集中し続けていた。


「知ってる?弾って、当たらなかったら意味ないんだよ?」


 アルヴァルトの脚部が翠色にぼんやりと光る。

 エクソの機能は特定の部位にエーテルを集中させればさせる程、その部位の機能が底上げされる。

 アルヴァルトのワーカーエクソの場合、その筋力増強がさらに底上げされることになる。


 加速したアルヴァルトの動きをヒイロが目で追うが、それに指先が追いつかない。


 円を描いていたアルヴァルトの線が徐々にまるで這う蛇のような曲線を描いて、アルヴァルトが近づいてくる。

 二人の距離が近づいたことでヒイロが再び背中のスラスターを起動させ、回避の段取りをしながら、撃ちまくる。


 アルヴァルトがそれを見て、スレイメイスを地面に叩きつける。

 それだけで砂の地面が膨れ上がり、炸裂した砂の煙幕が風下にいたヒイロの視界の全てを覆う。


「視界を防いだつもりだろうが!」


 砂漠に位置するクロッカスでは視界が悪くなることなど日常茶飯事。

 そういった状況に対して、クロッカスで冒険者をやってきたヒイロが対策をしていない訳がない。


 ヒイロがスラスターにエーテルを集中させ、瞬間的に最大出力で噴射させ、後退すると同時に砂の煙幕が瞬く間に晴れる。

 前に構えた徹甲砲をアルヴァルトに向けようとする。

 しかし、晴れた視界には誰もいなかった。


 その代わりに高速で回転するスレイメイスがヒイロに向かって、とんでもない速さで飛来してきていた。

 ヒイロがそれに対して、スラスターを使ったステップでギリギリ横に躱す。


 間一髪。


 しかし、冷や汗が眉間を流れたヒイロの直感がアラートを鳴らす。

 まだ油断すべきではない、と。

 ヒイロの背後から感じる殺気はとても穏やかな物では無かっただろう。

 視線を背後に移すと、視界から消えたアルヴァルトが飛来していた筈のスレイメイスを掴んでそこにいた。


 無言で振り下ろされたスレイメイスを最後にヒイロの意識が再び、遥か遠くの過去に行く。




 とある男がいた。

 夢を見て、希望を抱いて、でも男には相応の力が無かった。

 故に何も成し遂げないまま死んでいった。


 男の名前はフレッド・マーキュリー。


 冒険者に心を奪われ、命までも奪われてしまった者。

 力が無ければ何も成し遂げることなど出来ないというのに、まるで明るい未来が待っているかのように男は笑っていた。


(そうだ。力が無ければ何も出来ない。何も守れないし、何も成すことは出来ない)


 だから、鍛えた。あの男の二の舞にはなるまいと。

 あの男が己を助けたあの日、その命を夢の証明に使うことに誓った。

 それで、こんな地獄でも、夢を抱けることを証明したかったから。

 死んでいった多くの子供達の叶った筈の夢が確かにあったことをこのクソったれな世界に証明してみせたかったから。


 運命というモノが生かした自分に意味を見出す為に。


 だから、こんな始まりの場所でどこぞの知らないクソガキに負けている場合ではないのだ。




 ヒイロの意識がそこで覚醒する。夢から覚めたように、意識が現実に戻ってくる。

 気が付けば、血みどろの視界と共に砂煙がそこには広がっていた。岩に後頭部をぶつけて、少し意識を失っていたのだろう。背中には、ヒビが入った巨岩があった。


 腕が痺れる。アルヴァルトの渾身の一撃をモロに喰らってしまったが故に、キュイラスの腕部装甲が破損しているが脚はまだ動く。

 ヒイロはアルヴァルトに攻撃される直前に反射でスラスターと腕部装甲を使って後ろにぶっ飛びながら防御し、ダメージを最小限に抑えていたのだ。

 執念が成したこの状況。まだ負けてはいない。負ける訳には行かない。


「クソが……」


 ヒイロが気合で体を起こす。

 吹っ飛んだ衝撃でバックパックのバッテリーがイカレたのか、上手くエクソを動かすことが出来ないでいる。

 雲がかった頭で状況を確認する。


(スラスターは破損。腕部徹甲砲は装甲と一緒にへしゃげて使えねぇ。

 だったら――)


 腰部に拡張していたマウントを展開させ、三つ目の装備を手に取る。

 そして――。


 砂煙が再び舞い上がる。


 吹っ飛んだヒイロの様子を見ていたアルヴァルトが異変を感じ取る。

 新鮮な殺気。泥臭く、執念を含んだ殺気。

 スレイメイスを構えるアルヴァルト。


 砂煙から突っ込んでくる人影が見えたと共に、アルヴァルトがスレイメイスでその人影を止める。


 火花が散り、アルヴァルトの眼前には装甲がパージされたキュイラスを纏ったヒイロがそこにはいた。

 その手には、一つの武器が握られている。


「悪ぃが――こんなとこで止まってる訳には行かねんだよ」


 エーテルの隆起と共に、短剣を受け止めていたアルヴァルトのスレイメイスがギチギチと震えている。


 スパイクエッジ。

 短剣型の鈍器。ヒイロの名を表すその武器は、内部に『震動』の術式が刻印されており、術式を起動させた状態で振るわれるその刃は内部から物体を破壊する。


「――ッ!?」


 大地が震え、砂の一粒が空中でざわつく。


 アルヴァルトがヒイロの力に圧し負け、仰け反り、そこに追撃の刃がアルヴァルトに迫る。

 震える刃がスレイメイスを弾いて押し退ける。

 それの繰り返し。続けられる猛攻をアルヴァルトがいなす。


 さっきとは打って変わっての接近戦。その勢いは激しい。

 先ほどの一撃で体のいくつかが不能になっている筈なのに。

 幾つかの剣戟の中でアルヴァルトのスレイメイスがスパイクエッジに弾かれ、アルヴァルトの手から離れて空中に浮く。


 アルヴァルトが後ろに跳躍して後退する。それを見て、ヒイロが勝機を見出す。


 破損していたスラスターに残量エーテルを全て回し、無理矢理にでもスラスターを起動させる。


 翠色の線の一直線に伸び、突きを構えたヒイロがアルヴァルトの跳躍に追いつく。


「――そこだああああああああああああああッ!!!!」


 そして、繰り出される渾身の突き。使える全てを使ったヒイロの一撃だった。

 だが、それでもだ。


 戦闘センスにおいて、アルヴァルトの方がヒイロの一枚上を行っていた。

 後ろに下がっていたアルヴァルトが急ブレーキをかけて、ヒイロの前に出る。

 突きとは、点による攻撃。速さを重視したその攻撃は、見切ってしまえば、躱すのは容易い。

 この土壇場でその判断が出来るならの話ではあるのだが。


 頬を掠めたヒイロのスパイクエッジを無視して、アルヴァルトが拳を握る。

 超接近戦ならば、武器よりも拳が勝つ。


「悪いけど――こっちも死ぬ訳には行かなくてさ」


 振り切られる拳。エクソによって力が上乗せされたその拳は、満身創痍のヒイロの脳を揺らすには十分過ぎた。


 倒れて動かないヒイロ。その側にはアルヴァルトが立っていた。


『――け、決着〜~~〜~~~!!

 勝者はアルヴァルト・ダーウィーズ!!』


 ヒイロの夢の証明はそこで失敗に終わる。


「死んでないよね?」


 アルヴァルトが倒れたヒイロの顔を覗き込んでそう問う。ヒイロが不満そうな視線をアルヴァルトに向け、口を開く。


「……お前、最後加減しただろ。なんでだ」


 エクソの力が乗った拳。岩をも砕くその威力を防御のない顔面に叩き込めば、人の頭蓋など容易く割れる。

 しかし、ヒイロの傷で言えば顎の骨に少しヒビが入った程度だろう。

 それはアルヴァルトが死なないように力を加減したという根拠に他ならない。


「アンタにはマックスに謝ってもらわなきゃいけない。死んでもらったら、俺が困る」

「俺を生かしてたら、またお前に噛みつくかも知れねぇぞ」

「その時はまた俺が勝つ」

「ヘッ、そうかよ。大した自信だ」


 この戦闘を通して、ヒイロは感じ取っただろう。

 アルヴァルトという男の持つ力を。


「……なぁ、アルヴァルト。お前には自分自身で叶えたいと思う夢があるか」


 ヒイロが視線の上に無限に広がる空を見て、そうつぶやいた。


「あるよ。俺は『楽園』に行ってみたい」

「――そうか。俺にもお前と同じ夢があった。とても馬鹿みたいな夢で、馬鹿みたいな人の受け売りに過ぎなかったけどな」

「馬鹿みたいな夢じゃないよ。少なくとも俺は本気だから。アンタも本気なんだろ?」

「なんでそう思う」

「?そうなのかなって、思ったから」


 不思議そうに頭を傾げるアルヴァルトを見て、ヒイロが軽く吹き出す。


「ックハ、道理でお前がめちゃくちゃ強ぇ訳だ」

「なんで急に笑うんだよ」

「納得したぜ、アルヴァルト。この闘い――俺の完敗だ」


 こうして、砂漠で燻る夢は新たに種を落とし、芽吹き始めようとしていた。

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