最終話

 私、シェリー・サイスは、今日という日を迎えて十五歳になった。


 自宅で行われた誕生日パーティーを一時抜け出して、近くの広場で夜風に当たりながら、物思いに耽る。


 今日のパーティーは本当に嬉しかったと、そう思う。


 今まで私に関わってきた多くの人々が、一人前になった、結婚できる年齢になった私を祝い、喜んでくれた。


 そんな風に祝ってもらえるのは本当に有難い事だし、私自身も、生まれてから十五年間、大きな病気やケガもなく、成人を迎えられたのは本当にめでたい事だと思っている。


 だから、今この瞬間の私の心は何時になく満たされていて、人生で一番幸せな時間を過ごしているはず…………なのに。


 どこか、私の心は乾き、ぽっかりと空いた大きな穴を埋められずにいた。


 いいや、今日だけじゃない。


 彼が、レイドが私の前から姿を消したあの日から、私の心はずうっと乾いたままで、レイドと一緒にどこか遠いところに行ってしまったみたいに満たされないでいた。




 レイドが行方不明になってから、三年の月日が経った。


 思い返してみれば、あの日のレイドは少し様子がおかしかったように思う。


 普段では有り得ないような時間に私の下を尋ねてきたり……


 おそらく、何か、私に相談したい、打ち明けたい事があったのだろう。


 ずうっと、レイドが同じ世代のクラスメイト達と上手くいっていないのは知っていた。


 助けたいと、どうにかしたいと、ずうっとそう思っていたけれど、レイドがそれを望まずに、自分でどうにかしたいと言っていたから、私もその気持ちやプライドを汲み取って尊重した。


 あの日だってそうだ。


 レイドが話したかったのは、私の許嫁に関する事なんかじゃないってことも知っていた。


 それについて聞きたかったのも確かだろう。


 けれど、レイドがその先にある本音を隠している事も、私は分かっていた。


 長い付き合いだ、隠し事をしている時のレイドの様子くらい、幼い頃から見飽きている。


 けれど、私はレイドの気持ちや自主性を優先して、聞かなかった。


 待っていれば、必ずレイドの方から打ち明けてくれると、そう信じていたから。


 レイドなら、本当に困った時は、最後の最後は私を頼ってくれると、そう自惚れていたから。


 その結果が、この様だ。




 こんな事になってしまうくらいなら、どんな手段を使ってでもレイドの心の闇を晴らし、障害を取り除いておくべきだった。


 レイドに煙たがられようと、嫌われようと関係ない。


 持てる全ての力を持って、レイドに寄り添い、レイドを虐げるありとあらゆる事象をこの世から消し去るべきだった。


 それができなかった私は、この世界で一番大切な存在だった彼を失ってしまった。
















 私は、レイドのことが好きだった。
















 ずっと、ずっと、レイドに悟られないように、心の奥深くに閉まってきたこの想い。


 その好意が明確に形作られたのは、私が十一歳の頃だったと思う。


 五歳の頃に目覚めた冷気を出す祝福が進化し、無から氷を物体として生み出すような強力な祝福へと変貌させた私は、周囲の大人達から”天才”と持て囃され、その結果、孤立した。


 何故かというと、同世代の子供達に嫉妬されたから。


 妬まれ、嫌われ、仲間はずれにされるのが日常茶飯時になった。


 別に、自分で望んでそうなったわけではないのに。


 それなのに、突然変わってしまった身の回りの環境に、私は大いに戸惑った。


 目の色を変えて私を賞賛する知らない大人、敵になった友達。


 全てが変わった世界で、私は何も信用できなくなった。


 信じたら、利用される。


 信じたら、裏切られる。


 仮に、もし私の祝福が突然なくなってしまったら、周りの人達はどう思うのだろう。


 また、私に対する評価をコロッと変えるのだろうか。


 そんな薄っぺらい人間しか、この世の中には存在しないのだろうか。


 誰もかれもが、私を祝福でしか判断してくれない。


 そんな世の中が、そんな人達が、私は怖くて怖くて仕方がなかった。


 ちょっとしたことで、皆が皆、反応を変えてその醜い本性を露わにする。


 そんな世界に、私は辟易として、絶望していた。


 信じられるのは自分だけなんだと、死ぬまで一人なんだと、そう塞ぎ込もうとしていた。


 けれど……


 けれど、そんな変化の激しい環境で、レイドは、レイドだけは変わらないでいてくれた。


 毎日部屋に閉じこもり、一人寂しく泣いている私に、レイドは言った。





『シェリーはシェリーだよ。他の何者でもない。たとえシェリーが何になったとしても、僕は君の味方だよ』




 レイドが言ったその言葉は、今でも鮮明に覚えている。


 その言葉が、どれだけ私の支えになったか。


 弟のように思っていた男の子から掛けられた、私の存在の全てを肯定してくれる言葉。


 それから、私はレイドの事をより大切に、いや、特別に思うようになった。


 地位も、名誉も、才能も、何もいらない。


 レイドさえいれば、それでよかった。


 レイドさえいてくれれば、私はこの孤独な世界を生きていけると、そう思っていた。


 それなのに、私は……




 誰もいない広場の中心で、私は一人寂しく彼の事を思い出し、涙を流した。


 私は馬鹿だ、大馬鹿だ。


 自分がレイドに嫌われるのを恐れて、自分の立場を過信して、肝心のレイド自身の気持ちを蔑ろにしてしまった。


 願う事ならば、あの日に戻って、彼に伝えたい。


 何でもするから、レイドを困らせるヤツがいるならどんな手を使ってでも排除するし、ほしいものは何でも用意するし、願いはなんでも叶えてあげるから、だから、私の側を離れないでと。


 もし、もう一度彼に会えるのなら、強い力で抱き着いて、一生離さない自信があった。


 でも、そんな願いが叶うはずもなくて、何度も何度も願いを捧げたけれど、現実では、レイドの目撃情報の一つですら得られなかった。


 レイドがいなくなってから、色々な事があったと思う。


 様々な男性に言い寄られたりもした。


 けれど、何を経験している時でも彼の笑った顔がチラついて、身が入らなかった。


 きっと、私はレイドの世話を焼いているようで、その実は、私がレイドに守られ支えられていたのだろう。


 現に、レイドがいなくなった私は、魂の抜けた屍のようだった。


 レイドのいない人生は、私にとって無意味だった。




 ……あぁ、レイド。


 あなたは、今どこで何をしているの。


 願いが叶うなら、もう一度あなたに会いたい。


 何度願っても叶わないことだって分かっているけれど。


 でも、それでも、願わずにはいられなかった。




「…………誰?」




 ふと、自分の背後に人の気配を感じた。


 感傷に浸るあまりに、油断した。


 若い女性が、深夜に一人で出歩くのは危険だ。


 私だって、それくらいは弁えている。


 だから、私は警戒して、祝福を放つ準備をした。


 そうして、威嚇をするように言う。




「変な事をする気なら、こちらも自己防衛させていただきますよ?」




 しかし、そう言っても、その人影は怯まずに、ゆっくりと私に近づいてくる。


 月明かりに照らされた姿が、私の目に映る。


 顔は……若い男の顔だ。


 ボサボサに伸びた髪の毛の間から覗く、傷だらけの素顔。


 ボロボロの衣服に包まれた、少し幼さを感じるみすぼらしい男の子。


 私に、こんな知り合いはいないはず。


 それなのに、何故か、私はその顔に見覚えがあった。


 むしろ、懐かしさすら感じる始末。


 この男の子は……一体……




「ホレイル!」




 しまった! 油断した!


 私がぼうっと眺めている隙に、男は祝福と思われる呪文を唱えた。


 グッと身構えて、体を守る。


 けれど、私の身に危害が加えられる事はなく、無事だった。


 不思議に思い、男の方に視線を向け、私は驚く。


 何故なら、倒れていたのは私ではなく、祝福を放った男の方だったからだ。




「どうして……どうして僕の祝福が効かないんだ……今までどんな生物にだって、魔王にだって効かなかった事なんてないのに……」




 そう言って、男は頭を抱えて項垂れている。


 泣きじゃくる男の顔は、より一層私の心を刺激した。


 その声、その泣き方、そのつむじの形。


 そして、「ホレイル」という言葉。


 その言葉を、私は人生で一度しか聞いたことがなかった。


 この子、まさか……




「あなた……もしかして……レイドですか?」


「…………」




 私が問うと、男は一瞬だけその顔をこちらに向けた。


 私と同じくらいの背丈、傷だらけの顔。


 かつてのレイドでは考えられないような風貌をしている男の子に、私の勘は一度揺らいだ。


 けれど、ちらっと胸の奥から見えた、きらりと光った何か。


 あれは、私がレイドにあげたロザリオ………




「レイド!」


「うっ!」




 確証を取る前に、私は男の……レイドの胸に飛び込んだ。


 そうして、私は彼にきつく抱きつき、わんわんと泣いた。




「ど、どうして……祝福は……効いていないはずなのに……」


「そんなことどうだっていいです! レイド……レイド……あぁ、もう一生会えないのかと思いました……もう、もう、もうもうもう! ほんっっっと、今までどこに行っていたのですか! あぁ……あぁ……本当に、本当に戻ってきてくれてよかった……」


「シェ、シェリー? ごめん、苦しいから一端離して……」


「嫌です! 絶対に離しません! 二度と私の側から離れる事は許しません! レイド……レイド……もう嫌です、あなたが居てくれないと、私は………レイド、お願いがあります……私と……」




 戸惑うレイドに構わず、更に強い力で、私は彼の手をぎゅっと掴んだ。


 二度と、この手を離さないように。


 そうして、私は言った。


 彼と、二度と離れ離れにならないように。


 万が一、その時が来ても。


 心は、永遠に共にあるように。


 彼を繋ぎとめるために、形だけでも、契りを結ぶために。


 私は、言った。




「私と、結婚しましょう」




 了

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【短編、3万字】いじめの標的にされているような落ちこぼれの僕だけど、ある日突然『異性を自分に惚れさせる』能力に目覚め、今まで僕を見下してきた奴らに復讐し、能力を使って年上幼馴染との結婚を目論む話。 村木友静 @mura1420

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