第7話

 ケラーの一言に、僕は驚嘆の声を上げた。


 ケラーの口からそんな言葉を聞くなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていたからだ。


 本当に、本当にどうしてしまったのだろう。


 突如豹変したケラーを前に、驚きを通り越して何だか気持ち悪くなってきた。




「すいませんレイド様……私、女の子なのにこんなはしたない真似をしてしまって……」


「レ、レイド……様!?」


「今更虫のいい話かもしれないのですが……その、私、レイド様の事を好きになってしまったみたいで……」


「僕の事が………好き!?」


「はい……でも、私がレイド様にしてきた仕打ちは到底許される事ではなくて……あぁ、レイド様! 私、レイド様の命令であれば何でもします! レイド様の下僕になっても構いません! 罪もしっかりと償います! だからどうか、過去を水に流して、私の好意を受け取ってください!」


「え、えぇ!? ケ、ケラー? 大丈夫? 僕だよ? レイドだよ? あの能無しのレイド……君が死ぬほど嫌っていたあの……」


「そ、そんな風に言わないでください! 嫌ですレイド様! そんな、突き放すような言葉を口にしないでください! どうか、どうか私を嫌いにならないで!」




 そう言って、泣きながら縋るケラーに、僕は言葉を失った。


 まるで人格が壊れてしまったみたいに、ケラーは豹変してしまった。


 それが何だか怖くなって、僕は縋るケラーを無理やり振り解いた。




「あぁ!レイド様!いや!私を置いていかないで!」




 ケラーの言葉を無視して、僕は人がいる街の方へと走り去った。




 一体、何がどうなっている?


 そんな疑問が、頭の中を巡った。


 何が、ケラーを豹変させたのか。


 もちろん、心当たりはあった。


 ケラーが拳を振りかぶった、あの瞬間。


 僕が絞り出した、あの言葉。




『ホレイル』




 という言葉が、ケラーの全てを変えてしまった。


 何度唱えても、何も起こらず、何の変化も起こさなかったこの呪文。


 それが、人に向けて使った瞬間にその効力を帯びた。


 つまり、それは……










 やはり、僕にも“祝福”が授けられたんだ。










 その事実を確信すると、ひどく心臓の音が大きくなり、頭の中がクラクラと揺れた。


 やった…………やったやったやったやったやったやったやったやったやったやった。


 ついに、ついについについに、僕にも、この僕にも“祝福”が授けられた。


 やっぱり、昨夜見たあのイメージは夢なんかじゃなかったんだ。


 何かの兆候か、はたまた祈りが神に届いたのか。


 どちらにせよ、僕は為すべくして祝福を授けられたんだ。


 しかも、あのケラーを打ち負かすくらいの強力な祝福だ。


 あの、かつての英雄と同じ、天才と称されたケラーの祝福を凌ぐ程の……


 その信じがたい事実を前に、僕は興奮を隠せなかった。


 浮かれながら、何度も何度もその祝福の名を叫ぶ。


 けれど、やっぱり何も起こらなくて、僕は困惑し、冷静さを取り戻す。


 そうして、考える。


 僕の祝福『ホレイル』は、一体どんな能力なのだろうか。


 効力を発動したその瞬間をよく思い出し、解決の糸口を探った。


 確か、あの時、ケラーの拳が僕の眉間を掠める寸前に、僕は『ホレイル』と唱えたはずだ。


 恐怖のあまりに瞑っていた目を恐る恐る開くと、そこには僕に攻撃するのを止めたケラーがいて、その様子を見て不審に思い、僕に危害を加えようとしたドンパスとライルを、何故かケラーが攻撃した。


 そうして、そのままケラーは僕に跪いて、人が変わったように媚を売るような態度を取った。


 この一連の騒動の中に、『ホレイル』という祝福の核心に迫る秘密が隠されている。


 試しにもう一度、空に向かって「ホレイル」と唱えてみる。


 しかし、やっぱり何も起こらない。


 その事実と、今までの結果から、『ホレイル』という祝福は、人、あるいは生物に対してしかその効力を発揮しないというのが推測できた。


 もしかしたら、『ホレイル』は一種の精神征服的な能力を持つ祝福なのだろか。


 そんな祝福、未だかつて聞いたことがない。


 それに、そうだと断言できる程、祝福を使用したわけでもないし……


 とにかく、仮説と検証、つまり、情報が必要だった。


 とにかく試行回数を増やす必要がある。


 僕の祝福の要になる、『人』が沢山いるところ…………よし、それなら学校だ。


 そう思った僕は、急いで学校の方へと走った。




 学校に向かう途中で、数人の男子のクラスメイトに遭遇した。


 何故、情報を集めるために学校に向かったのかというと、比較的に罪の意識を感じなくて済むと思ったからだ。


 このクラスメイトの男子達は、ケラーのように直接危害を加えてくるわけではなかったけれど、時々、僕を馬鹿にしてくるような奴らだった。


 そもそも、学校にいる同級生達の殆どが、僕を馬鹿にして、見下していたと思う。




 だから、祝福を試すのには丁度いい実験体だった。




 万が一、この子達に何かあったとしても。




 僕には、どうでも良かった。



「あ、レイド! お前、ケラーに何もされなかっ……」


「ホレイル!」




 相手の話も聞かずに、僕は祝福を唱える。


『ホレイル』が相手の精神を支配し、服従させるものであれば。


 彼らはケラーと同じように僕に跪き、媚を売るはず……




「……は? 何だよ突然……お前、ケラーにいじめられ過ぎて頭おかしくなったのか?」


「あ、あれ?」




 ……なのに、祝福を唱えた相手には、何の変化も見られなかった。




「ご、ごめん! 気にしないで!」




 すぐさま謝り、その場を離れた。


 おかしい。


 たしかに、ケラーにした時と同じように祝福を唱えた。


 それなのに、あの子には何の変化も起こらなかった。


 ど、どうしてだろう。


 もしかしたら、僕の見当違いで、『ホレイル』という祝福には全く違った効力があるのだろうか?


 それとも、『ホレイル』という祝福なんて本当は存在しなくて、たまたま運よくケラーの気が変わっただけとか……


 違う……違う違う違う。


 祝福を授かったのは勘違いだったのかもしれないというのを認めたくなかった僕は、すれ違う男子のクラスメイト達に片っ端から『ホレイル』と唱え続けた。


 けれど、やっぱり変化は起きなくて、誰もケラーのようにはならずに、憐れむような目で僕を見るだけだった。


 どうして……どうしてだ。


 やっぱり、僕には祝福なんて存在しないのか。


 期待させておいて、そんなの酷すぎる。


 天にも昇るような気分から、一瞬で現実と言う名の地獄に引きずり降ろされて、僕は思わず泣きそうになった。


 でも、やっぱり諦めきれなくて、丁度良く目の前にいた、学校に良く現れる番(夫婦)の猫に、半ば縋るような気持ちで『ホレイル』と唱えた。


 すると……




 オスとメス、二匹いた猫の内、メスの方だけが、ケラーと同じように猫なで声を上げて僕にすり寄ってきた。


 き、効いた……良かった、やっぱりまぐれなんかじゃなかったんだ。


 でも、どういうことだ。


 男子のクラスメイトやオスの猫には効かなくて、ケラーやメスの猫には効く。


 それが、何を意味するのか。


 一体、『ホレイル』という祝福はどんな能力で、どんな相手がその能力の対象とされるのだろうか。


 効果が出たケラーと猫に、一体どんな共通点が……




 ま、まさか……




 重要な共通点に気づいた僕は、急いで学校の中へと入り、教室に向かった。


 扉の端から中の様子を窺うと、クラスメイトの女子が三人いた。


 まるで僕を待っていたかのようなタイミングの良さに、思わず笑ってしまう。






「あれ? レイド君どうしたの? そんなに息切らして……」


「……わかった! あれでしょ? ケラーちゃんにいじめられて逃げてきたんでしょ?」


「えー! なにそれおもしろーい!」




 そう言ってケラケラと笑う三人に、僕ははぁはぁと息を切らしながら、絞り出すような声を出して、唱えた。



「ホレイル!」




 すると、僕が手をかざした真ん中の女子の様子が、徐々におかしくなっていく。


 その子は突然涙を流し、跪き、僕に抱きつくと、縋るようにして、そう言った。




「レ、レイド君! ご、ごめんなさいバカにするような事を言って…………どうか、どうか嫌いにならないで!」


「え……ちょ、ちょっと! どうしたの!?」


「だ、大丈夫!?」



 豹変した一人に驚き、残った二人が心配する。


 けれど、僕は構わずに、残りの二人にも祝福を唱えた。



「レイド様ぁ!」


「好きです!」



 二人とも狂ったように涙を流し、僕に抱きついてくる。


 三人に縋られながら、僕は確信する。


 そうだ、やっぱりそうだ……


 僕の祝福、『ホレイル』は……




 異性の生物を強制的に僕に惚れさせて、服従させる祝福だ……

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