第15話

 動き出したのは同時。しかし、デュラハンの方はその場から動かず、剣を持つ方とは逆――左手を前に掲げる。その瞬間、前方に巨大な火球が発生し、真っすぐに俺に向かって飛んできた。


「ッ!」


 前に踏み出した足を急制動し、横っ飛びで回避する。

 とんでもない熱気が頬を撫で、背後の壁にぶつかって爆ぜる。壁は火球が当たった部分が赤熱し、融解していた。


 ……あんなもん食らったら、ただでは済まない。


 純戦士タイプだと思っていたが、どうやら魔法も使えるようだ。

 俺に遠距離の攻撃手段は一つもない。危険を承知で懐に潜り込む必要がある。


 続いて飛んできた火球を避け、全力で駆け出す。

 デュラハンはさらに火球を繰り出してくるが、左右に動きながら的を絞らせない。

 威力は桁外れだが、軌道は極めて直線的だ。集中すれば避けるのは難しくない。


 何とかの一つ覚えのように、デュラハンはまたもや火球を出す。反射的に回避体勢に入ったが、次の狙いは俺ではなく――俺の足元の地面だった。


「くっ!?」


 前方数メートル先の地面が爆ぜ、砂礫が舞い上がる。


 砂礫が晴れた頃、デュラハンは目の前にはおらず――


 チリ、と首筋が疼く。

 それが死の予感だと悟った瞬間、差し込むように、剣を身体の右側に立てた。 


 背後から振るわれる暴風じみた大剣。何とか防御には成功したが、当然ながら力は拮抗するはずもない。


「がっ!」


 防御など関係ないとばかりに剛腕で薙ぎ払われ、俺の身体はゴムまりのように吹き飛ばされた。


 そのまま壁に激突。頭を強く打ち、うつ伏せに倒れ込んだ。


 ……見れば、約六年間付き合ってきた俺の愛剣は半ばから折られ、剣の半分ほどの衝撃を引き受けた右腕も、肘のあたりでぽっきりと折れていた。


「……ははっ」


 ……笑えてくる。分かってはいたが、実力差は明白だった。身体能力には圧倒的な差があり、技能、駆け引きに関しても俺より上を行っている。


 ここまで叩きのめされたのは、ダンジョンに初めて入って、レア個体のゴブリンに手酷くやられた時以来だ。今の俺とデュラハンの実力差は、あの時のゴブリンと俺以上だろう。

 あの時も完全に死を覚悟していたが、なぜか……そうだ。なぜかゴブリンは追撃してこなかったんだ。ゴブリンは追撃せず、這いつくばった死に体の俺に背を向けたんだ。


 他の探索者がきたから? いや、違う。他の探索者と出会い、治療院まで連れていかれたのは、這う這うの体で入口まで戻った後だ。

 あの時のゴブリンが俺を見逃した理由。それが、何か重要な意味を持っているような気がして――


「……ぅ」


 ゴツゴツと、近づいてくるデュラハンの重い足音で、意識が現実に引き戻される。

 起きなければ。起きて、戦わなければ。そうしなければ、俺もディアも死んでしまう。


 折れた剣を支えにして、何とか立ち上がる。


「……くっ」


 ……どうする。どうすれば勝てる?


 刻一刻と迫る死の足音。全く見えない勝利の糸口を見つけるため、必死で考えを巡らせて……。


「…………違う」


 ……勝つんじゃない。それが戦いの目的じゃない。

 どうすれば、ディアの呪いを解除することができるのか、だ。


 解呪不能。解けることのない呪い。デュラハン自身も知らないと言ったそれは、おそらくデュラハンを倒したり、あの大剣を壊したりすることでは解決しない。それなら……。


「ッ――!」


 足を止めたデュラハンが手を翳し、再び火球が出現する。

 今度は、先ほどよりも小ぶりな火球が四つ同時に射出される。


 全力で疾駆し、四本の斜線上から何とか逃げる。大地を踏みしめるたび、折れた右腕の痛みで意識が飛びかける。


 考えろ。考えろ。考えろ。


 あの呪いを解くには……。


「……いや」


 それは、一瞬の閃き。

 天啓のように、考えが頭に浮かぶ。


 呪いを解く?


 そうじゃない。普通のやり方じゃ救えない。

 Z氏の好きなゲームのセリフでもあっただろうが。


 ……発想を逆転させろ。


 呪いは解けない。だから呪いを解くんじゃない。


 ――ディアが、呪いの効かない身体になればいいんだ。


 無数の火球を全力で避け、それが止んだ瞬間を見計らってメニュー画面を起動する。

 アイテム生成でスキルオーブをソート。目当てのアイテムをリストから探す。


 …………あった。


 目当てのアイテム……『呪い無効』のスキルオーブだ。詳細を見れば、呪いの効果を無効化するスキルであり、すでに発動している呪いにも効果を発揮するとある。


 問題の消費DPは……18万DP。良かった。もっと高ければリストにも表示されていなかった。

 当然所持DPは全く足りていないが――今はおあつらえ向きの、とんでもない剣が目の前にある。


「…………やってやる」


 隙を見て、あの剣を吸収してDPにする。

 そのまま逃走して、あとはディアにオーブを使えばミッションクリアだ。


 戦力差は変わらないのに、やることが定まってしまえば、不思議と心は軽くなった。


「シッ――!」


 再度、疾走。

 デュラハンは火球を飛ばして牽制してくる。……近接戦闘でも俺より上手なのに、用心深く頭が良い。厄介なことこの上ない。


 緩急のついた三つの火球を必死で掻い潜り、二十メートル弱あった距離を十メートルまで縮める。

 続いて放たれた巨大な火球は、斜め前に飛び込むようにして回避。掠った左肩が灼けるが無視だ。

 デュラハンは既に目と鼻の先にいる。正面に立つ俺に、唐竹割りのように振り下ろされる大剣。


 ……ここだ!


 魔眼に全魔力を注ぎ込み、未来のデュラハンの剣筋――そこにあえて右手を差し込む。

 触れた瞬間に吸収してやる。最悪右腕が飛んでもいい。


 そう考えて、大剣が右腕に触れる瞬間を待ったが……。


「……は?」


 俺の眼前、右腕に触れる直前で、大剣はピタッと止まっていた。


「ぐはっ!?」


 デュラハンの巨大な足が腹に叩き込まれ、無情にも、縮めた距離以上に吹き飛ばされる。


「な、んで……」


「……何か、企みがあった。故に、剣を止めた」


 端的に告げるデュラハン。

 対人経験など碌に積んでいない俺の考えを、百戦錬磨のデュラハンは看破していた。


「……剣は、使わぬ。そのまま、燃え尽きろ」


 デュラハンの持っていた剣は虚空に消え、両手を掲げて火球を出現させる。

 その数は先ほどまでの比ではなく……数十の火球がデュラハンの周囲に浮かんでいた。


 …………どうやら、随分と手加減をされていたらしい。


 デュラハンが手を振るえば、数十の火球が俺に向かって殺到してくる。

 どう考えても助からない。絶望的という言葉すら生ぬるい状況だ。


 だが、それでも――


「『瞬間強化』……!!」


 死ねない。絶対に死ねない。


 残された最後の手段――『瞬間強化』を発動し、向かってくる火球を、避けて、避けて、避けまくる。

 スキル効果後の反動のことは考えない。あいつを倒してDPにして、スキルオーブを生成して、死ぬ気で意識を保って、絶対にディアのところまで戻ってやる。


「あああああああああああああ!!」



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



 ……一体、どれほどの火球を避けただろうか。


 気が付けば、身体中の至るところに火傷があり、言うことの効かない右腕は一度火球に触れてしまい、完全に炭化してしまっている。


 もう死にかけもいいところで、今なら普通のゴブリンにだって殺されてしまうだろう。

 ……それでも、諦める気にはならなかった。


 デュラハンは、俺がなぜ死なないのか、なぜ諦めてしまわないのか、不思議に思っているようだ。

 一度頭を振り、視認できるほどの大きな魔力が、デュラハンの中で渦巻いた。


「……終わりだ」


 その一言と共に、ひときわ大きな漆黒の火球が顕現する。


「…………ッ!」


 あれはヤバい。一目見ただけでわかる。そいつがもう少しで、俺めがけて飛んでくる。

 足はもう動かない。瞬間強化の反動か、意識だって失われる寸前だ。


 それでも、何か逆転のための糸口を、俺とディアが生き残るための糸口を探して。


 何か、何か、何か……何か。


 そして、火球は放たれる。

 数秒後には、俺は消し炭になって死に絶える。


 それが分かっていながらも、心が、魂が、運命を受け入れるのを拒んでいる。


 ああ、俺は、絶対に――




『もうよい』




 その瞬間、誰とも知らない声が、俺の頭の中に響いた。


 眼前に迫っていた黒い火球は消え去り、デュラハンは俺に背を向け、背後にいた誰かに傅く。見れば、デュラハンだけでなく、隣にいる人型のモンスター二体と、猛々しい銀狼もその人物に首を垂れている。


 その人物――聖衣を纏った女性に見える人物は、真っすぐ俺のところに歩み寄ってきた。


 ダンジョンで、モンスターを従える絶対の存在。それは、おそらく、俺と同じく――


「…………ダンジョン、マスター……?」


 そこで、俺の身体は限界を迎え、辛うじて保っていた意識は――ついに、深い深い闇へと落ちていった。


 最後に思い浮かんだのは、ディアの小憎たらしい笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る