第14話
ディアとの付き合いは……ちょうど一週間くらいになるか。
俺のダンジョンで召喚し、一緒に王都までやってきて、今は協力してダンジョン攻略を進めている。言ってしまえば、それだけの仲だ。
主さま主さまと呼ばれてはいるが、自分がこいつの主人だという自覚はあまりない。
いちいち小生意気だし、どう考えても敬ってないだろって発言ばかりが飛んでくる。
だから、ちょくちょく殴りたくもなるし、デコピンして溜飲を下げることだって何度かあった。
しかし、それでも、「殺してくれ」と言われて、「はいわかりました」とはならない。
こいつはもう、ただのモンスターじゃなく、『ディア』っていう俺の仲間だ。仲間に手をかけるなんて、絶対にできない。
だが……一体どうすればこいつが助かるのか、その方法が全く思い浮かばない。
「……お願いします。早くしないと、あのデュラハンが……」
思考がぐるぐると回る。ディアの言葉が頭を素通りする。
「私のことは気にしないでください。……先ほどの言葉通り、私は、本心では自分のことしか考えてないんですよ。この呪いだって、その罰に違いありません」
「…………その呪いは、あの時、お前が俺を庇ったから――」
「主さまが死ねば、私も死んでしまうからです。……そうでなければ、あんな真似はしなかったでしょう」
ああ……いつだったか、ディアは言っていた。
マスターとモンスターは一蓮托生。
マスターが死んでしまえば、その支配下にあるモンスターも死んでしまう。
それは事実なんだろう。
しかし……あの時、ディアが言っていたのは、それだけだったか?
「……いや」
違う。モンスターがマスターと共倒れになるのは……マスターの命令権が残っている場合だ。
……俺が命令権を放棄さえすれば、俺が馬鹿をやって死んだとしても、ディアが死ぬことはなかったはずだ。
「…………お前は一度も、俺に命令権を放棄しろとは言わなかった」
「そ、れは……」
「本当に自分の命が惜しいだけなら、自分を解放してほしいと言えばいい。なのに、お前はそうしなかった」
そうだ。俺に命令権を放棄させて自由になれば、俺が死のうが関係なくなる。
ディアが本気で望んだら、俺はそれを叶えていたと思う。頭の良いこいつのことだ。そのくらい、分かっていたに違いない。
「…………」
黙り込んだディアを見て、確信する。
こいつは、俺を死なせないために、馬鹿な俺を止めるために、自ら悪者になっただけだ。
お為ごかしではなく、自分が死んでしまうからと。俺を説得するためには、そう言うのが最も効果的だと知っていたから。
そして今、俺が今後生き抜いていくために、その糧として――DPとなって消え去ろうとしている。
そんなこと……。
「……認められるわけがないだろうが」
「主さ、ま……?」
歩き出した俺の背中に、ディアの声がかかる。
しかし、足を止める気は毛頭なかった。
「まさか……や、やめてください!」
俺が何をしようとしているか悟ったんだろう。
追いすがろうとする音が聞こえるが……立つことすらままならないらしい。それだけ、呪いの効果が強いということだ。
「ッ……! 主さまの実力では、あのデュラハンにはどうやっても勝てません! それに……もし倒したとしても、この呪いは解除されません! 全くの無駄死にです……!」
そうかもな。だが、何もしないよりはマシだと思う。
ここで逃げるくらいなら、俺は……。
「……ああ、そうか」
ようやくわかった。
特別、正義感が強いわけでもないはずの俺が、なぜ自分の命を捨ててまで、他人を助けようと思ってしまうのか。
ディアにも、ちゃんと話したい。……二人で、生きてこのダンジョンを出られたら。
「主さま……!」
ディアの悲痛な叫びが響く。
俺は振り向かずに、ただ前だけを見て駆け出した。
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デュラハンは、先ほど出くわした広間の――岩を椅子にして鎮座していた。
まるで、俺が戻ってくることが分かっていたかのように。
「…………」
彼我の距離は二十メートルほど。
先ほど見た動きは遅かったが、もしかしたら手を抜いていた可能性もある。あの破壊力と呪いの剣だけに気を取られない方がいいだろう。
やがて、デュラハンは俺の方を向いて立ち上がる。大剣を片手で持って、一歩を踏み出したところで――
「おい」
「…………」
声をかけると、デュラハンは足を止めた。
「……お前は、俺を殺すために、ダンジョンマスターが送ってきた刺客なのか?」
……戦闘が始まってしまう前に、少しだけ対話を試みてみたかった。
ダンジョンマスターというワードを出すことにも、当然リスクはある。しかし、何か攻略の糸口になればと思って……。
「…………貴様が」
「ッ!」
正直、駄目元だったが……やつには口などないはずなのに、くぐもった重々しい声が返ってきた。
……ただのモンスターじゃないと思ったが、やはり人語を話せるくらいの知性は有しているらしい。ディアのように、召喚時に知性を引き上げられているのだとしたら、マスターによって特別な強化が施されているかもしれない。
デュラハンは一切感情の読めない声で告げる。
「……貴様が、示せなければ、死ぬ。……示せたのなら、生きる」
抽象的な言葉だ。一体何を示すというのか。
だが、言葉が通じると分かった以上、もう一つだけ訊きたいことがある。
「お前のその剣の……呪いはどうやったら解ける?」
「…………」
長い沈黙の後、デュラハンは「知らぬ」とだけ答えた。
そして、これ以上話すことはない、とばかりに大剣を構える。
どのみち、戦闘は避けられないか……。
まともな情報は得られなかったが、この問答も無駄じゃなかったと信じたい。
「……征く」
「……ああ」
まるで騎士のように宣言してくるデュラハンに、俺も頷いて応えた。
そして、俺とディアの生死を賭けた、戦いの火蓋は切って落とされたのだった。
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